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カテゴリー「のだめカンタービレの気に入った台詞」の6件の記事

きみは日本でいったいなにをするつもりだ!?

完全に管理人まで忘れかかっていたこのカテゴリー。

ちょっと思い出したので、書いてみます。

この言葉というよりは、その全体の流れでの言葉です。


まだ千秋が日本にいる頃、せっかく才能の煌めきを発揮しつつあったのに、飛行機恐怖症から海外に行くことが出来ない。それを音楽評論家が大変惜しみ、タイトルの言葉を言います。その時は反発していましたが、その言葉を聞いてからモヤモヤが取れません。そして、同じ言葉をのだめに言ったとき、彼ははたと気づくのです。

そうだ

海外に行けないことが問題じゃないんだ

もう


(きみは日本でいったいなにをするつもりだ!?)

それなんだよ

(コミック6巻p32)


人はいろいろな状況に対して、苛立ちを覚えます。

今回の震災に対してもそう。

菅総理は何をやっておる!

東京電力はどうにもならん官僚体質で隠蔽体質だ!

ACのCMの音が耳障りだ!

あいつは省エネを無視して、電気を好きなだけ使っている!

セ・リーグは一体何を考えているんだ!


確かに一つ一つには理があり、それは正しい意見だと思います。

でもそう言って苛立ちをぶつけることに目を囚われるより、

「こういった状況下において、自分はいったいなにをするつもりだ!?」

と自分に問いかけることが大事だと思うのです。

いくら雨が降ったからと言って天に唾してもどうにでもなるものでもありません。

自分が出来うることを、どうやって行っていくか。人の一生を一つの物語として考えれば、どんな物語にしていきたいのかを決めていくことこそが、自分の短い生涯を意義づけることとなるのだと思うのです。

自分もまだまだ出来ることがあるはずです。日々過ごしていきながら、出来ることを一つでも多く見つけていきたいと思います。

「僕の才能は神さまがくれたんだから ちゃんと世のため人のために使いなさいって言ってたよ!」

すっかり忘れ去られていたであろう、このカテゴリー。

実は書きたい言葉はたくさんあったのですが、きっかけが掴めずになかなか書けずにいましたもので・・・。

で、久しぶりの言葉ですが、冒頭の言葉はのだめのコンセルヴァトワールでの10代の友達であるリャカ(TV、映画版では出てこないですね)が、のだめに普通の人のように過ごさないでどうして音楽をやっているの?って聞かれた時に答えた言葉です。正確には

「・・・・・・おじいちゃんが
僕の才能は神さまがくれたんだから
ちゃんと世のため人のために使いなさいって言ってたよ!
それにまあ やっぱ音楽がいちばん好きだし!」

という言葉です。これは自分はその前の巻でのだめがお星様に向かって言った言葉と対になっているのだと思います。その言葉はミルヒーと独創的かつ感動的なショパンのピアノ協奏曲を演奏した後、千秋じゃない人と目指してきたものに到達してしまったように思えた後逃亡して、エジプトでたまたま仲良くなった友達と演奏について話した後に出た言葉です。

「そーですよ・・・・・・
のだめ ちゃんとやったもん・・・・・・
ちゃんと正面から向き合ったもん
だから もういいでしょ 神様・・・・・・」

のだめは音楽と正面から向き合えと千秋を始め色々な人から言われ、「彼と共演するという小さな目的」のためにそれを自分なりに一生懸命やってきた。そして意と反して違う人とそれを成し遂げてしまった。だからこそ「もういいでしょ 神様」と言いたくなるし、逃げ出したりもしたくなったのでしょう。

自分の悦びのためというのも勿論ありますが、それだと自分にその探求心が無くなってしまった時に、燃え尽きてしまうかもしれません。

しかし、そういうところから一歩視点を外に置いて、「僕の才能は神さまがくれたんだから、ちゃんと世のため人のために使わないと」と考えると、また違ったやる気や使命感も湧いてくると思うのです。

そういえば西洋音楽は、元々は1500年くらい前は、神の作った世界の調和を知るための学問だったわけですから、こうなるのも納得です。さすがキリスト教国。

仕事をしている時とか、なんで自分ばかりがこんな大変な目に遭うのだろうと思うことは人には多々あるかと思います。それは最初は小さな思いであっても段々鬱屈してきて、こんだけ頑張ってもまだまだ頑張らなければいけないのか!と途方に暮れることもあるかと思います。そんなとき、近くの小さな事ばかりを気にするのではなく、「神さまが与えてくれた才能を、世のため人のために使」って、仕事に取り組んでいるんだと思えば、気も晴れてくるのではないでしょうか。

なんだかそんなことを思いながらのだめの最終巻を読んでいました。

「もっと音楽に没頭しろと言ってマス!!」

3回で終わりか?と危ぶまれたこの企画も何とか4回目。

今回のお言葉は

「もっと音楽に没頭しろと言ってマス!!」

これは指揮者を目指している千秋が、師匠の世界的マエストロであるシュトレーゼマンの指揮のもと、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番のピアノを弾くというところで、その練習中にシュトレーゼマンが千秋に言った言葉です。
千秋は周りの人が、すでにとても上手い!と感心するような演奏をしたにも関わらず。
「もっともだえるように」「もっとクネクネと」みたいなことを言って、千秋が反発したところで、言った言葉です。

これはつまりは、表面的に曲を捉えるのではなく、その曲そのものに身を委ね、受け入れ、それを自分の持てるものを使い切って表現しようともっと努力しなさいといったことなのだと思います。

この意味を千秋はずっと考え続けて、本番直前に「でも俺は俺なりの演奏をしますから」と言ったところ、当の師匠は「あたりまえデショ」とつれない返事。「だってもだえろだの色気だせだのさんざん~」と反発するとシュトレーゼマンが「あ~、それはもういいデス。もう十分・・・」と言い、その後「さあ、行きますか 楽しい音楽の時間デス」と言って演奏に向かうのです。

準備段階、練習段階の時、これはある意味悩む時間、試行錯誤する時間だと思います。どうやればもっと上手く出来るんだ?どうやったらより効果的なんだ?どうやったらすごいことが出来るんだ?みたいな。そこでいかに深く考えて取り組むことが出来るか。いかに創意工夫を重ねることが出来るか。それを称して「もっと没頭しろと言ってマス」ということになるんでしょう。

で、本番になったら、もうそれそれまで。あとは自分の持っているものを出し切ることのみを考えればいいと思うのです。

塾高野球部も春の甲子園で優勝候補と騒がれながら、1回戦負け。その後いろいろと辛い時期も過ごしたでしょうし、入れ替わりの激しいメンバー構成の中苦労した人も多いことでしょう。でもそれは個人にとってもチームにとっても悩むべき時期だったから。没頭すべき時期だったからだと思います。

これからはいよいよ本番。もう難しいことをいろいろと考えること、「それはもういいデス。もう十分・・・。」
「さあ、楽しい野球の時間デス」といった風に思えるように、試合を迎えて欲しいですねhappy01

「作曲者の意志は絶対だ!」

企画として立ち上げたものの、なかなか次を書かずにいた「のだめカンタービレの気に入った台詞」ですが、こうして無事に3回目を書くことになりました。

さて、今回のこの言葉、物語の早い段階に登場する言葉です。

主人公の通称のだめは耳と記憶力が良いため、楽譜を見て弾く習慣がありません。しかし、指揮者志望の千秋にとって、楽譜通りに弾くのはとにかく基本中の基本。のだめの演奏の面白さには心惹かれるものの、そのデタラメぶりはとても許容できるものではなく、思わず言った言葉です。

その後のお話の展開でも、度々この類のお話は出てきます。これの発展版が次の言葉でしょう。

「シュベルトは本当に「気難しい人」なのか?自分の話ばかりしてないで、相手の話もちゃんと聴け!楽譜と正面から向き合えよ。」(千秋)

「・・・君がそうやって言いたいこといっぱいあるみたいに、他の作曲家だって言いたいこといっぱいあるのにネー。
君はその声を、本能的に感覚的にしかとらえない」
(オクレール先生)

つまり、自分のエゴを振り回すことが自由で楽しい演奏というわけではなく、相手の言いたいことを本能的感覚的のみならず、理屈としてもしっかり捉え、それを理解した上で自分の解釈を加えていくことこそが、本当の意味での「自由で楽しい演奏」なんだなと。

よく、建築の世界では、現場監督は指揮者に例えられます。最初はそんなものかなあくらいでしたが、これを読んでいくと、より納得のいくものになりました。建築における図面にある「建築士の意志」は絶対であり、まずそれをきちんと理解した上で、自分なりの監理をしていくことがどんなに重要か。それが、素晴らしい演奏を生むのと同じように、素晴らしい建物を生むのだと思います。

また、これは社会に出ている人全てにも言えると思います。各々には考えがあるわけですが、めいめい好き勝手に言うことが自由なのではなく、相手の意図をしっかりと理解することがまず先決で、その後に自分なりの意見を述べていかないと、チームとしての動きが出来ません。

「自由」と「規律」。これは背反するものでは無く、お互いに依存し合っている関係なんですね。

「さあ、行きますか 楽しい音楽の時間デス」

1回限りで終わってしまわないか心配だった企画も、おかげさまで2回目を迎えることが出来ましたhappy01

さて、この類の台詞はいろいろな場所で使われていますが、印象深かったのは、シュトレーゼマンが指揮で千秋がピアノ奏者でラフマニノフのピアノ協奏曲2番を始める前の、舞台に出る寸前にシュトレーゼマンが言った言葉が

「さあ、行きますか 楽しい音楽の時間デス」

でした。

この曲をやるぞ!と弟子の千秋に言ったシュトレーゼマン。指揮者を目指す自分がなぜ?と聞くと、ピアノ科の千秋が弾いて何がおかしい?と。自分の指揮のもとで、ピアノの演奏を出来るなんて、滅多に出来る経験・勉強ではない。半端は許しませんと言われます。
その後オーケストラと合わせて演奏したら、みんなは「さすがうまい!」と言っているのに、シュトレーゼマンは駄目出し。そんなわけでいろいろと厳しいやりとり(もうちょっと書こうと思ったら、そこで出てきた言葉が次に触れたかった言葉でしたcoldsweats01)を経て、いよいよ演奏当日。自分なりに魅せる演奏をしようとしている千秋に向かって言ったわけです。

準備段階では、もう死に物狂いで考え、悩み、試し、また迷いといったことを繰り返します。更には自分の身にふりかかるいろいろこともあります。
そんな段階を経て、いざ本番!という時には、あれこれ言わず、いろいろ苦労したら苦労した分だけ跳ね返ってくることを信じて、「楽しい音楽の時間」と言うのでしょう。

これを読んで以来、自分では何か大事なことをする直前には「さあ、行きますか。楽しい仕事の時間デス」とか考えるようになりました。これって、結構ポジティブな気分になるんですよね。昨年の試験直前にも

「さあ、行きますか。楽しい試験の時間デス」

と一人心の中で考えたことが、覚悟を決められた要因だと思います。

野球もそうですよね。練習では困難なことに取り組み,考え、悩み、迷いといった感情もたくさんでてくるでしょうが、実際の試合の時は、そんなことは忘れてポジティブにしていかないと。

「さあ、行きますか。楽しい野球の時間デス」

ってな感じで、夏の大会も臨んで欲しいですね。やはりエンジョイベースボールですね!

「音楽に正面から向き合わないと、心から音楽を楽しめまセンよ」

この前のDVDのお話でも、「のだめカンタービレ」がとてもいいですよ!ってお話ししました。

何がいいかって、基本はコメディーですが、とても真面目に、リアリティ溢れる音楽演奏シーンと、心を打つ台詞がちりばめられているからだと思っています。

そこで新企画として、「のだめカンタービレの気に入った台詞」といったカテゴリーを立ち上げてみました。

ほとんどの人にとっては興味が無い部分でしょうから、適当に読み飛ばしてくださいcoldsweats01

1回目はシュトレーゼマンという劇中に登場する世界的な有名な指揮者が、主人公の野田恵(通称のだめ)に言った言葉です。

「音楽に正面から向き合わないと、心から音楽を楽しめまセンよ」

この言葉は深い!と思います。表面的に楽しいと言うのは、簡単に出来ると思います。ここでも、主人公はとても自分らしく、それもすごいテクニックを持って、ピアノを楽しみながら演奏しています。そこで、この名指揮者がこの言葉を投げかけるのです。ただ、表面的に曲を捉えていればいいの?その曲の背景、作曲者の考え、自分の考えをどうやって表現するかとことんまで考え抜いて、そしてそれを思った通りに表現出来れば、もっともっとその曲を演奏すると言うことを楽しめるよ、そんなことを言いたかったのだろうと思います。

そして、この言葉、何かに通じると思いませんか?

そうです、「エンジョイベースボール」に通じるのです!!

こう言い換えてみましょう。

「野球に正面から向き合わないと、心から野球を楽しめまセンよ」

だからこそ、野球というスポーツに正面から向き合い、没頭し、突き詰めて考えていかないと、真の楽しさには到達出来ないと思うのです。だからこそ、慶應野球部のみなさんは、常に正面から向き合おうとしているのだろうし、またしなくてはならないと思うのです。

そして、これはこうも言い換えられます。

「仕事に正面から向き合わないと、心から仕事を楽しめまセンよ」

・・・、さあ、自分も自分の仕事にもっともっと向き合い、没頭し、突き詰めて考えていかないといけませんねcoldsweats01