カテゴリー「多事争論」の17件の記事

多事争論 -今度の総選挙と地方分権

なんだか定期的に書いているのですが、もう劣化が全く止まらない国政の場、衆議院。

それを防ぐどころが、煽って更に事態を悪化させている観のあるマスコミ。

そのマスコミがいいネタとばかりに取り上げている人気知事たち。

そしてその報道に乗って、最近にわかに脚光を浴びてきた「地方分権」。

でも自分としては、今の国政の喫緊の課題がそれかなあと思っていたのですが、今朝の朝ズバで元鳥取県知事の片山さんが、なるほど!と思うことを仰っていました。
要約すると以下の通りです。

1)地方分権の考え方が、全国の知事さんで統一されてない。

2)地方分権は誰のためにするのか?が、何となく地方の知事のため、権限を大きくして仕事をやりやすくするためのようにも見える。それは筋違いで、県民のためになるようにしなければならない。

3)地方に実権を渡すと言うことは、地方議会に権限を託すと言うこと。実際の県議会をみるとわかるが、文章の朗読だけの議員たちに権限が移譲されても大丈夫か?...地方議会の改革も必要。

なるほど。確かに地方分権の言葉はいいのですが、何をするのかという具体的なものがわからないです。そして地方議会の話しもその通り!と思います。都議選が近いことから今日の新聞の折り込みに各候補者の政見が印刷されたものが入っていましたが、かなり脱力できるものでした。

「まさにあきまさ」
「ヒーロー!ヒーロー!あきヒーロー!」

・・・、一度応援指導部に入部して鍛え直して貰うのもいいかもしれませんshock
他の内容も、要は補助のばらまきばかり。利益誘導型を露骨に出しているものばかり。

確かに3)の地方議会に任せて大丈夫か?というのは説得力あるお話だと再認識しました。まだ国会議員の方が、それなりにしっかりとしたことを言っている気がします。彼らはひとりひとりが話すと結構良いことを話されているように思うからです。もっとも、集団になるとどうして?と言いたくなる位、訳のわからない行動をとることがありますが。

やはり物事を単層的に見るのではなく、複層的に見ることが、特に政治の世界では大事だと思いました。

都議選であれば、自分はどうやって東京を活性化させ、住みやすい街にするのか、そのプランをもっとしっかりとした形で提示して欲しいものですね。


| | コメント (13) | トラックバック (0)

多事争論 -世論調査って・・・?

最近は麻生内閣の支持率が20%をきったとマスコミが報道しています。

また、種々の事について、マスコミ各社はそれぞれ世論調査をよく行っています。

その上下にみんなが右往左往。

でも、あの数字って一体何なんでしょう?

前に小沢さんが西松疑惑で辞めるべきなんて言われている時にも書きましたが、一時の感情論みたいな数字を出して成否の区別をつけること自体がおかしいのでは?

最近では、あの世論調査は、マスコミがあるニュース素材に対して誘導しようとした方向に向いたかどうかの効果測定のような気がしてならないのです。

実体の無い、いわばムードとしての数字。

アメリカでもブッシュさんがイラク戦争を起こした時は90%以上の支持率、辞める時は10%台の支持率。そんなにあの人の内面は変わったとでも言えるのでしょうか?

そのくせ大事な数字、例えば経済指標なんて通り一遍に触れるだけで、ちゃんと説明もしない。例えば小泉内閣時代、一人当たりの所得は確実に増えていました。世帯当たりの所得は減っていましたが、それは人口の年齢区分の変化であったわけです。それでもって格差社会とは・・・?ちょっと前までは竹中さんもよくテレビに出ては、情緒的な意見、市場原理主義だとか行きすぎた規制緩和がとか言われることに対して、いちいち反論し、その都度相手は論駁されていましたが、そういった問題ではなく、ただ悪者探しを今しているのだと悟るや否やそういった番組には顔を出さなくなりました。だって議論の行方がどうであれ、自分が悪者にされるのがわかってしまったから。

マスコミはなぜ、支持率といった一見数字だが情緒的なものばかりを取り上げ、実際の経済指標とかは議論の中に入れないのでしょうか・・・?

客観的な論戦をしようとするのであれば、是非恣意的に動かせるような支持率とか世論調査とかではなく、何らかの指標を元に、議論をしてもらいたいものです。

そして、政治が成果を出すにはそれなりの期間が必要でしょうから、どんな体制になるにせよ、衆議院の任期である4年間を全うして、一つの内閣でいってほしいものです。「なぜ解散しない?臆病だ!」と言っている論理そのものがおかしいと思うのです。だって政治は自らの政策を実現することなのだから。それこそ世論調査の数字に振り回されるのではなく、じっくりと腰を据えた国政運営をしてもらいたいのです。日本式経営の良さは株主を過度に意識することなく、長期的戦略が立てられているからとよく言う(言った?)ではないですか。なんで政治では逆のことをしなくていけないのでしょうか?

福澤諭吉先生が文明論之概略でおっしゃっているように、やはり一人一人が努力して勉強して民度を上げていかない限り、民主制というのは成り立たないと思うのです。そのためにも、一人一人の有権者の冷静な判断というのが求められていると思います。人気でなく政策実行力、危機管理能力。そういった眼で選挙に臨みたいものですね。

| | コメント (15) | トラックバック (1)

多事争論 -塾野球部の今後について考えてみる~コメント欄のご紹介を受けて

前回の記事で自分で最初にコメントを入れようとしながら、ちょっと忙しいのにかまけて、気付いてみたらこんなにたくさんのコメントを頂くことに。本当にありがたいことです。で、余り後ろにいってしまうのもなんだったので、新しく記事にしてしまいました。

さて、前回の記事に対してのコメントというか感じていたことです。

チームを強くすると以下の過程があると思います。

1)ストラテジー(部をどのようにして強化し、優勝できるようになるかの戦略)
2)スカウティング(勧誘・募集)
3)トレーニング(体力鍛錬、技術鍛錬、正確性鍛錬、精神力鍛錬)
4)セレクション(ベンチ入りメンバー選出)
5)タクティス(試合中における戦術の選択)

この中でお二方が提言されているのが2)スカウティングと4)のセレクションに関することだと思います。
私も物事は多様性の中からより多くのことが生まれてくると思っているので、限られた集団になってしまうことは良いとは思えません。なので塾高出身選手だけではなく、他校の出身者の活性化というのは大変大事だと思います。

但しそれを「有望選手のかき集め」によって行うのは、余り好きではありません(ここは好き嫌いの話しだと思います)。

実際に今季の塾野球部の戦いを見ていても、「こりゃあどうにもならんなあ・・・」と思う試合は無かったです。寧ろ「勝ってもおかしくはない試合だった」と思う方が多かったほどです。課題の打撃陣にしても、持っている身体能力が他校と比べて劣っているとも思えません。

問題点は3)のトレーニング、つまり大学に入ってから伸びていないんじゃないか?とか5)のタクティス、すなわちこういった作戦で行けばいいんじゃないか?といったところに思えるのです。

黄色と黒は勇気のしるし♪さんにご紹介いただいた最新号のナンバー「早稲田力」の中で自分が印象深く感じたのは、早稲田の前監督の野村さんについての記事です。

(前略)

 野球部の鮮やかな復活劇を忘れてはならない。こちらの仕掛け人もはっきりしている。
 野村徹。72歳。99年度からの6年間、野球部監督を務め、東京六大学リーグ4連覇を含む5度優勝の実績をもたらした。
 ’60年の有名な早慶6連戦の捕手。

(中略)

 野村は伝統を重んじる改革者でもあった。
 一例が「科学研究班」の創設である。
 人間科学部スポーツ科学科、のちにスポーツ科学部に属する部員が増えたのに「学問を実践にいかさぬのはおかしい」と考えた。ソフトバンクの和田毅が在学中に学生トレーナーと共同で投球フォームの研究に励み「あれだけのボールを得た」ことにも触発された。
 「情報が氾濫して朝からメジャーの試合を見られる。そんな環境にあって大学野球の使命はどこにあるのか。それは科学研究だろうと」
 経験則では追いつかぬ時代の到来。
 「科学研究班をOBも出入りできる部の外郭組織へ発展させる。そうすればトップ級こそプロ入りの前に早稲田で学ぼうという流れができるかもしれない。全国からいい選手を集めて強いというのは魅力ではない。精神野球の早稲田が科学的研究を先導する。それなら魅力になりうる」
 大学スポーツの理想を求め、しかし、あくまでも「一球の大切さ」という峻厳な勝負からは離れようとしない。104年前、日露戦争のさなかに米国遠征を敢行、本場の野球を先駆として学びながら、ただの追随に終わらせず、独自の精神野球へと凝縮させた。そのスピリットが再建を成功させた。

この流れこそ、塾野球部が目指してもいい方向ではないでしょうか?集めるのではなく、入りたいと思わせる部。そのためにも常に進取の精神で(しまった!学の独立とつなげてしまいそうです・・・coldsweats02)、結果も出す魅力的な組織作りを為すべきではないでしょうか?

「何をそんな難しいことを」となるかもしれません。

でも塾高は少なくともあれだけの大人数でありながら、激戦区の神奈川を勝ち抜く力を持ったではありませんか。素質だけなら他の高校の選手の方が上に見える場合が多いですが、そこに1年生の頃から繰り返し求められる理論-実践、自ら考える力、研究心、状況を言葉で表現する、メジャーとマイナーの関係といった試みが、この潮流を作ったと思います。ある意味、いいお手本になっているのではないでしょうか?

学生野球である以上スカウティングには限界があります。
そして、現在の塾野球部においても、素質溢れる選手はたくさんいると感じています。

なれば、1)3)4)5)を徹底的に頭を捻りこんで考えて実践していくことこそが一番大事だと思うのです。

「王道」と「覇道」。この2つの言葉の違いは敢えて述べません。で我らが応援歌の若き血は「陸の王者慶應」と歌い上げ、早稲田の応援歌は「覇者早稲田」と歌います。そこに大いなる妙を感じます。

学生スポーツの王道を歩み、そして栄冠を勝ち取る!そんな塾野球部になってくれたら、これほど嬉しいことはありません。


| | コメント (15) | トラックバック (0)

多事争論 -塾野球部の今後について考えてみる~コメント欄のご紹介

いつも拙ブログに熱心にコメントを書き込んでいただけるありがたい方々がいらっしゃいます。
勿論意見である限り、異論反論はいくらでもあると思いますし、自分も全てが全て賛成という訳ではありません。
でも、深くうなずける部分も多く、コメント欄にしまっておくのももったいないと思いますので、ご紹介させていただきます。
勿論、お二人とも実際の深い事情を知っているわけでもなく、ただ思うことをそのままおっしゃっているだけであり、今現場で実際に汗を流して頑張っている方々には当然及ぶべくもないことは言うまでもありません。
また、前述したようにお二人とも自分の思うところをおっしゃっているだけのことであり、他の方々をどうこう批判するつもりでないことも改めて申し上げておきます。

【法政戦第二戦後】~文武両道さん

先発の読み、間違え。
東大2戦目の上野先発は慶應の読みを外させるため?
上野を予想して右を並べた。
山口3番、松尾4番。
梶本は結果が出なかったから当然だが、伊藤を外したのには驚いた。
首位打者のかかっている伊藤への配慮が欲しかった。
途中出場した伊藤は法政の1年生投手、三嶋の153キロをクリーンヒットしたのだから。

「自分のピッチングをすれば法政に打たれない」
小室君のピッチングは見事。結果を恐れずストライクで勝負する。
四球を恐れるような投球に見える中林君より現時点では上だ。

とにかく初戦、中林君ですべて落としたこと、
日替わり4番に結果が出なかったこと、
8番捕手に全くヒットが出なかったこと。
ここまで強く印象に残っている。

法政の石川、早稲田の杉山を見ても打てる捕手の育成が必要だ。
さすがに今日は高橋君を4回で替えたが、伊場君の出番はなかった。

ショートの名守備、渕上、明治の上本に魅了された。
明治の荒木、法政の松本の勝負強さに驚嘆。

他大学は1年生が活躍。
なぜ塾高からの入学者が1年から出場できないのか。

名前は出せないが慶應を受験し落ちた選手が活躍しているのを見ると
「逃した魚は大きい」と毎年思う。

古くは江川、原から始まり、ソフトバンクの倉野、渡辺
阪神の江草、法政の萩原、早稲田の渡辺、そして昨日
登場した選手・・・高校時代から慶應で野球をしたいと
公言し夢を果たせなかった選手は数多い。

「藤沢組の補充が甘くいかない」
塾野球部OBの最大の悩みがあります。

合格の基準が不明確で合格指導が難しいということ
もあります。

さらにたとえ入学しても学業との両立が難しいと
いうことから、プロにな入れる選手も伸び悩む
という傾向が広く高校野球関係者に知れ渡り、
受験してくれる有望選手も少なくなっています。

松尾君や梶本君は新人戦のときの打球が一番
速かった。奥橋君は関西と死闘の決勝戦でホームラン
を打ちました。もちろん速球の切れは抜群!

ですから伊藤君のように野球の名門で
キャプテン、4番、学業も理数系でトップといった
選手には、ぜひ伸びて、プロに行ってほしい。

塾高の選手だけの場合、危惧するのは、
どうしても高校の学年で遠慮してしまうのでは・・・

伊場君は高橋君に、田村君は中林君に・・・
「先輩が卒業してからでいい・・・」

日吉で野球部OBが田村君に
「おまえはトンボかけばっかりやっている。
ブルペンで投げているのを見たことがない。
1年生だからと遠慮するな!」
と渇をいれていましたが、同じ危惧を感じていました。


昨日、同席した早稲田野球部OBは、
こんな提案をしてきました。

「大学院を出た桑田に大学の監督を頼む。
肩書きは教授。
そのあとは斎藤。

斎藤はプロでは長く通用しないが、教育者としては
素晴らしい人格だ。

慶應には高橋君を監督にしてほしい。

学生野球は早稲田と慶應で支えるという
使命感を学校も持ってほしい」

確かにマスコミも注目、そして難関に挑む
高校生も増えるかも?

智弁和歌山、青山学院は
入れ過ぎないよう推薦枠を頑固に守っています。
入学した選手は素質が高いので監督の指導が、
行き届くようにすること、選手が怠けられない、
出場機会が多い、逆にケガをするとチームに迷惑が
かかる。

早稲田も入れすぎたため、後藤前監督の秘蔵ッ子
だった尾藤君が巨人に今年入ることになった。
かなり今年は絞り込みました。

塾高から来た大学生、全くベンチ入りしていない
が全日本だった部員もいます。

宮田君はまだ推薦のない塾高の受験を勧められ、
合格する学力があったにもかかわらず、
東北高校に「野球留学」する道を選びました。
大学は慶應と最初から決めていたようです。

ラグビーのように幼稚者から大学まで上田総監督が見ている、というシステムは野球も入れてみたら?
前田総監督なら異論はないでしょう。

塾高の選手が1年から活躍する、
宮田選手のようにダルビッシュと準優勝した
野球脳を鍛えた選手が大学で1年から出場する、
その2つがないため、活力を生まない。

慶應3連覇のメンバー
萩野(土佐)、長谷部(岸和田)
松下(清水東)、山下(清水東)、吉沢(大宮工)、
池田(習志野)

吉沢は甲子園の優勝投手、慶應では内野手
池田は習志野時代、早稲田の谷沢とクリーンアップ。

なぜ、あの時期だけに野球推薦のない時代に
これだけのメンバーが合格したのか?

必ずしも甲子園メンバーでなくとも黄金期をつくった
立教の黄金時代(長島、杉浦)
法政の黄金時代(田淵、山本、山中)
その秘密も知りたい。

慶應から阪急に入った、衆樹、中田は、
神宮でいつも満員の状態でプレーしていたので、
阪急西宮球場の余りの観客の少なさに唖然としたとか。

私は当時小学校3年で西宮にいて、
阪急フアンでした。

当時は六大学全盛で、神宮に入れず、
やむなく後楽園に行ったとか・・・・

「早稲田がスポーツ推薦に本腰をいれたのは、
早慶戦を満員にしたいから」と早稲田の教授が
私に語ってくれました。

「ただ、早稲田が強くなっても慶應が弱ければ
神宮は満員にはならない。」

痛いところをつかれます。

もっとも早稲田がスポ選の推薦基準を全国大会
ベスト4ではなく実力を評価する、
と変えたのは、「全国ベスト4を入学させながら
慶應のAO入学の選手に活躍されて
慶應に負け続けたから」とは彼の話。

衆樹は湘南高校、中田は鳴尾高校ですから
公立出身ですから、当時から野球だけで
慶應に入学できるわけではなかったと思いますが。

【今後の野球部について】~黄色と黒は勇気のしるし♪さん

今年のリーグ戦初戦の立教戦、スタメンをを観て喜んでいるブログや掲示板を観ていいのかなと思いました。なぜなら塾高からしか入っていないのだから当然の結果ではないかと外部の人間から観た私の感想。逆に塾高は入れすぎによる指導者による指導ができずにいい芽も枯らしているのではという危惧すらもっています。7年間同じ“仲間”とやっているといくら競い合うといっても、いつかの○○内閣になってします。
立教も制度を変えて、今年は横浜の松本君などが入りました。今すぐは結果はでないでしょうが、法政みたく彼らが成長すれば結果がでるでしょう。このまま名だけの王者に終わってしまうのか、それとも。。。

~ここまでお読みいただき、ありがとうございました。ご覧になってみていかがでしたか?いろいろと気づかされることもありませんでしたか?最初はその後に自分のコメントも付けようとしていたのですが、そうするとなんだか趣旨に反する気もするので、後ほどコメント欄に自分のコメントを投稿してみようと思います。主客転倒企画みたいなものですねcatface

| | コメント (18) | トラックバック (0)

多事争論 -小沢一郎、ついに代表辞任

リンク: 小沢一郎、ついに代表辞任.(From ココログニュース)

民主党・小沢一郎代表が、ついに代表辞任を表明した。西松建設献金問題で公設秘書が逮捕・起訴されたことの責任を取っての辞任で、本人は「闘うための辞任」と語っているが、ネット上には様々な評価が寄せられている。

小沢代表は、11日の午後5時過ぎの記者会見で、「ここで勝たなければならない」と政権交代の必要性を訴え、党内の一致団結、挙党一致体制を呼びかけた。会見時間は20分余り。

小沢代表続投に納得できないとする国民は、読売新聞の世論調査によれば71%に上り、そうした世論を背景に党内からも辞任の声が強まっていた。ま た、先日の報道番組では菅直人代表代行が「選挙には代表辞任後、1か月半以上の期間が必要」とコメントしており、来るべき衆院選に配慮した辞任という見方 がマスコミの間でも強まっている。

一方、この小沢代表の辞任について、ネット上には「結局、政局のための辞任」「党首討論を避けたのでは?」「政権交代のためには良いこと」などの意見が寄せられていた。

う~ん、記事を書いた直後に小沢代表は代表を辞任してしまいましたね。しかも、何か悪いことをしたから辞任するというのではなく、このまま代表にいると叩かれるネタになるので退くと、堂々と話していましたね・・・。

そういえば福田さんも辞任するとき、状況を変えるためと称していました。自分を客観的に見ることが出来るからと名言を残して。

私はどうしても「それを言っちゃあ、おしまいよ」と思うのです。

結局は政策も政見も関係なく、選挙のために自ら辞任する。政治家が果たすべき義務とは「選挙に勝つ!」だと思っているとしか思えません。

政治家が果たすべき義務は、この国をより良い国にする。それも自分の力で。それしかないと思うのです。

結局はこの国の、いや世界の経済の一大事の時に、結局大事なことは政局なんだと、与党も野党もマスコミも思っているとしか思えません。

「選挙に勝つ!」ではなく、「俺がこの国を立て直し、より良い国にしていくんだ!」と気概を持った党首・有力者はいつになったら出てきてくれるのでしょうか・・・。こんなことばかりやっていると世界から取り残されるか、はたまた過激な言動を弄する政治家が突如人気を博し、この国を恐ろしい方向に導いていくかもしれませんよ・・・。ちょうど1930年代のドイツのように・・・。

なんて憂鬱になってしまう、この頃の政治情勢でした。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

多事争論 -「保守」「革新」、「現実主義」「教条主義」

web上でこういった記事を見つけました。ちょっと長文の引用ですが、掲載してみます。


『諸君!』で櫻田淳氏が喝破した、“自称”保守政治家のいかがわしさ
(From 週刊上杉隆

(前略)

 その『諸君!』の今月号(5月号)の巻頭鼎談「麻生太郎よ、保守の気骨を見せてくれ」(櫻井よしこ×櫻田淳×宮崎哲弥)は出色であった。保守の意味、その歴史的な役割、そして、真の保守とは何かということをテーマに遠慮なく論じている。

 とりわけ、ジャーナリストの櫻井よしこ氏と評論家の櫻田淳氏の「保守論争」は、久しぶりに読む者を興奮させるものであった。

〈櫻田 私が気持ち悪いと思うのは、近年、みずから「保守」と名乗る政治家が増えたことです。私が理解する限りは、保守主義政党としての自由民主党は、『立党宣言』(一九五五年)から『新綱領』(二〇〇五年)に至るまで、「保守」を謳ったことは一度もありません。吉田はもとより、鳩山一郎、岸信介、あるいは「三角大福中」に至るまで、歴代自民党総裁は明らかに保守主義者でしょうが、私は彼らが自ら「保守」とアピールした例は寡聞にして知らない。保守を叫ぶ政治家が目立つようになったのは一九九〇年代後半以降、つい最近のことですよ。そもそも「俺は◯◯主義者だ」と叫ぶような御仁に、本物がいた例がない(苦笑)。なんともいかがわしい現象です〉

〈櫻井 (略)私が考える保守の条件はもっとシンプルで、「国家としての日本の生存を第一に考える」というものです。これが唯一にして絶対の条件です。「日本の生存」という言葉には文化・文明、価値観における日本らしさの維持も、重要な要素として含まれる。日本らしさを保って、この国際社会の熾烈な闘いの中で、きっちりと生き残る。日本国民の安寧を守り、日本を素晴らしい国家として存続させ、国の将来を担保する。それが最終目的であり、その他はすべて手段にすぎない(略)。

櫻田 手段であるならばお伺いしたい。私が安倍氏を唯一評価しているのは、総理就任直後に中韓両国を歴訪したことです。小泉時代に滞っていた両国との関係を修復し、外交戦略の道具としてきちんと使える状態に戻した。これは大きな功績だと思うのですが。

櫻井 私は安倍氏の中韓歴訪は率直に言って失敗だったと思います。(略)安倍氏は靖国参拝を曖昧にしたまま訪中した。結果、日本の立場を貫くことは出来ず、尖閣問題も東シナ海ガス田問題も不問に付した。まさに中国の思う壺です。のちに安倍氏は保守政治家らしからぬ外交・内政政策で支持率を失っていきましたが、この訪中は支持率低下への序章だったのです〉

 こうした保守論壇の分断は、そもそも「保守」という言葉を、どう捉えるかという立場の相違に起因する。

 具体的に言えば、櫻井氏の指す「保守」は、現在の日本の政治、およびマスコミが想定している「保守」である。一方で、櫻田氏の語る「保守」とは、より大きな国家像で政治体制を眺めた場合に想定される「保守」である。

 じつは、言葉の意味のみを考えれば、どちらも正解なのである。「広辞苑」に当たってみよう。

【保守】
(1)たちまもること。正常な状態などを維持すること。「機械の―」
(2)旧来の風習・伝統を重んじ、それを保存しようとすること。⇔革新

 対中政策からみれば、櫻田氏の「保守」が(1)に該当し、櫻井氏のそれが(2)ということになるのだろう。どちらも「保守」である。

 だが、ここで国体の統治権から考えた場合の「保守」概念は、櫻田氏のそれに軍配を上げざるを得ない。

 現状の政治体制を維持するということが「保守」であるならば、中国との関係を改善し、日本政府の立場を安定させるという意味で、安倍氏の訪中もまた「保守」になる。

 つまり「保守」とは、政治体制、あるいは国家の主権を維持・保存するために変わることを許しているのだ。いや、変わらなければ、「保守」とはいえないのである。なぜなら、世界は常に変化し、現実社会は必ず変わるからだ。

 不変の思想に捉われるのは、じつは「革新」であり、それは現行の政治体制の否定につながる。現実社会が不変であるという概念から出発した「保守」は、結果、革新勢力と同根なのである。

『諸君!』の冒頭で、櫻田氏の語った次の言葉が真の「保守」を端的に表している。

〈私がイメージする保守政治家とは、複雑に変転する現実と予測不可能な未来を前にして、常に国民の幸福の総和が最大限になるよう、臨機応変に政策を打ち出す人々のことです。しかし、最近、保守を自称する政治家たちの言動を観察していると、彼らは「政治活動家」ではないかと思うことがあります。「政治活動家」とは、自分の頭の中に思い描いたビジョンに現実のほうを合わせようという行動原理の持ち主で、共産主義者がその典型例です。「北朝鮮と交渉する政治家は売国奴云々」といった狭溢な視座しか持てず、自ずと選択肢を狭めてしまう。また、自分の政治信条と少しでも違うところのある者を排除してしまう。安倍氏が自分と近しい者ばかりを集めて「お友達内閣」を形成したのは、その好例でしょう。これではイデオロギー先行型の左翼活動家とたいして変わらない。本来の保守政治家はもっとフレキシブルであるべきで、いざとなれば社民党と話ができるぐらいの腹がなければなりません〉

(後略)

自動車のハンドルと同じで、現実が変わっていく中で姿勢を保つには、絶え間ない修正と改善が必要だと思います。確かに理念は大事ですが、その理念を達成するためにも、手段は融通無碍でなくてはならないと思います。

ここ最近の政治関係のニュースは小沢代表の献金問題の後は特にクローズアップされることもなく、淡々と流されています。この筆者の最新記事で解散についての考察もありますが、そんな感じでまたムードをどうやって作るかによって、選挙の結果が出るんだろうなと思うと、こんな風でいいのかなあと思わされてしまいます。

そうではなく、今ある課題に誠実に取り組み、それこそ「骨太の方針」を定めていく事が必要でしょう。そういったことを争点化しない政治家とマスコミには、いつもながらどうかと思ってしまいます。

また、全然分野は違いますが、エンジョイベースボールをめぐった神学論争も同じように思います。

すなわち、これがエンジョイベースボールらしい、あのやり方はエンジョイベースボールではないと教条的に捉えるのではなく、どうやっていけばよりベースボールをエンジョイ出来るんだろうかと考えていくことの方が、自分としては性に合っています。

よく「保守」と「革新」と区分されることが多いですが、それより「現実主義」と「教条主義」に分けて見た方がよっぽど現実に即している分け方に見えます。もちろん理念も必要ですし、現実対応も必要です。そのバランス配分なわけですが、そうやって見ていく方がその方々の傾向が見える気がするのです。

うちの義父がちょうど10歳で終戦を迎えるのですが、小学校(当時は国民学校)の先生がそれこそ戦前は「お国のために力を尽くせ!貴様らはたるんどる!」と言い鉄拳制裁していたのに、戦後になると同じ口で「民主主義万歳!」と言ってしまう姿に大変幻滅したそうです。そこにはその先生が理念を咀嚼することなく教条化してしまっている姿が見えます。(時代の流れに沿っているという意味では現実主義ですが・・・)

自分はそう考えると、やはり現実主義の見方で、これからも物事に対応していきたいなあと思うわけです。なかなか難しいのでしょうけど。

そんなことを考えさせられた記事でした。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

多事争論 -これが100年に一度の経済危機の時代のマスコミ?

今日は前日が出勤だった日の日曜であるにもかかわらず、早起きをしていました。そう、大阪に行く為に。

ところが、残念ながら今日の日程が早々に雨で順延となり、試合は明後日に・・・。

なので、久しぶりにゆっくりとニュースサイトとか読めました。

そこで気になったことが。というか前回の多事争論でずっと言っていたことの良い例が展開されていました。

というのは、3月16日から3月21日まで「世界的な金融危機に端を発する我が国の景気の悪化を受け、内閣総理大臣が、今後の経済財政政策のあり方について、10のグループに分かれて、各分野を代表するような各界の有識者から総合的に意見を伺うための会議」ということで、経済危機克服のための「有識者会合」が開かれていました。

官邸のホームページには、それぞれの部会毎の動画も見ることが出来るようになっていました。

経済危機克服のための「有識者会合」のHPはこちら

錚々たるメンバーが集まり、持ち時間は少ないものの、いろいろな意見を開陳されたようです。国民の関心もそれなりに高く、日経新聞のサイトでの経済ニュースランキング (3/22 10時更新)での1位の記事は、『有識者会合が終了、追加策に反映へ 「脱霞が関」「成長力」を重視』でした。


ところが昨日~今日の主要マスコミサイトで、有識者会合の記事といったらこれ一色。

「株屋は信用されてない」「何となく怪しげよ」首相が失言?(YOMIURI ONLINE)

「株屋ってのは信用されていない」 首相、有識者会議で(asahi.com)

首相「株やると田舎では怪しい」 個人投資拡大の難しさ指摘?(NIKKEI NET)


首相、株取引「株屋信用されていない」「田舎では怪しい」(MSN産経ニュース)


麻生首相:また…「株屋ってのは信用されない。何となく怪しげよ」(毎日jp)

前後の言葉に触れているものすらほとんど無く、麻生首相の失言という形で捉えています。

では、実際に何が提言されていたかわかる記事はと言うと、途端に少なくなります。朝日・読売に至っては、自分の探す能力が低いのかも知れませんが、どこに掲載されているのかすらわからないほどです。

有識者会合:「84の知恵」経済危機克服へ反映未知数 (毎日jp)

経済有識者会合:橋下知事提案「電気自動車無料スタンド」(毎日jp)

経済有識者会合:「派遣村」湯浅氏、貧困対策を要望 (毎日jp)

環境への資本投入などが提言 有識者会合終了 首相「大変有意義」 (MSN産経ニュース)

経済危機克服へ「地方」「雇用」で東国原、橋下両知事らから意見聴取 (MSN産経ニュース)


研究開発に投資継続を 有識者会合で研究者ら (NIKKEI NET内の日経Ecolomy)

日経新聞も経済新聞を名乗りながら、エコのところでちょっと紹介しただけ(ちなみに新聞本紙ではそれなりに主な発言を紹介しています)。割と中堅どころの新聞がしっかりと伝えようとしていたのが、印象的です。

これが自分がいつも感じる、「政策をわかりやすく伝える」ことより、「人間模様をわかりやすく伝える」ことに終始している今の日本のマスコミの問題点なのです。

それでもって民○党のあの人も、

鳩山氏、首相の「株屋」発言を批判 「人を見下す癖」 (NIKKEI NET)

頼むからそんな揚げ足取りばかり言っているのではなく、我が党ならあんな意見ではなくこんな素晴らしい政策を採る!とでも言って欲しいです。

官邸も時間が足りないのかも知れませんが、あそこまでページを作っているのなら、議事録も一緒に早くアップして欲しかったですね。

つまり、どんなアイディアがあったのだろうと国民が思っても、どうやら根気よく官邸の動画を見続けるしかないようなのです・・・shock

官邸の情報発信も一つの問題ですが、それをわかりやすく伝えてくれるはずのマスコミが、こう言っては何ですが、どうでもいいことばかり報道して、この国の行く末を考える大事な情報を伝えてくれない。これで、民主政治だ!報道の自由だ!と言われても・・・。別に報道の自由をかざせば、どんなところに踏み込んでいいというものでもない。価値あることを報道するから、その自由が認められるわけです。

そこのところにマスコミの方々が気付いていただかないと、前にも述べましたが、金権政治はなくならないと思うのです・・・。


(追加 2009/03/22 )
その後、YOMIURI ONLINEに有識者会合の記事が掲載され、一通り誰がどんな発言がなされたのか掲載されましたので(14:53)、ご紹介しておきます。

熱気の有識者会合5日間、首相「意見を生かして…」と神妙に (YOMIURI ONLINE)

| | コメント (6) | トラックバック (0)

続々多事争論 -金権政治、癒着はなぜいけないのか?

この前投稿した記事の「続多事争論 -同じことを思う人はいるんですね」にて、げんきさんからいただいたコメントに返信していたら長くなりそうだったので、新しい記事にすることにしました。

最初に申し上げますが、これはあくまで個人的なブログの為、展開している主張もとても主観的なものです。決して「これが正義だ。これが正解だ。」とするようなものではけっしてないので、ご了承下さい。

げんきさん

コメントありがとうございます。

仰る通り、人間はどうしても主観的な動物であり、政治において恣意的な判断が往々にして為される事は避けられません。なので、政権に長く座るとどうしても癒着が生じがちです。

では、ちょっとこの記事でも書いたのですが、ではなぜ癒着がいけないのでしょうか?なぜ金権政治がいけないのでしょうか?

なんとなくお金というものにダーティな印象があるので、それだけで悪と思ってしまうこともありますが、そう言っていく為には自分たちが金銭にする欲を無くしていく必要があります。ただこの貨幣社会でそれは不可能です。実際、金銭というものが、自分の労働に対する正当な対価だと考えられれば、そんなに悪いものでも無いはずです。

では、なぜいけないのか?それは国にせよ都道府県にせよ会社などにせよ、そこにおける意志決定に於いて合理的な判断がなされない恐れが多分に出てくるからということに尽きると思っています。

例えばA業者さんがB大臣に賄賂で1万円(安っ!)を渡したとします。そしてB大臣は国として何かを発注する際、見積もりを取ったら本当はC業者さんの方が1億円安くその仕事をやってくれて、かつ仕事の内容が素晴らしいにも関わらず、A業者さんから1万円を受け取ったばっかりにA業者さんに発注します。当然国としてはB大臣が1万円を受け取ったばっかりに1億円の損をしてしまった!これは国民の払う税金から出て行ったのでした。となってしまうからです。癒着も同じですね。

つまり繰り返しになりますが、金権政治と癒着が問題だとすることは、すなわち政策決定に於いて合理的な判断がなされない恐れがあるからだと言うことに尽きるわけです。

その上で、この前の記事に書いたことですが、「金のかかる政治」になってしまっているのはなぜか?ということが繋がります。これは別に私腹を肥やす人ばかり(中にはいるでしょうが)だから問題というわけではないでしょう。今回の小沢さんも贅沢をしたいから西松建設から献金を受けていたわけではないでしょう。選挙に金がかかるから、これが諸悪の根源だと思います。

今の選挙において、じっくりと政策を判断して投票していると誰が言えるのでしょうか?普段のニュースを見て、未だされている法案のどこが問題で、各党はどう判断しているかということを主においているでしょうか?今であれば中川さんの酔っぱらいでもなく、小沢さんの献金問題でもなく、平成21年度予算をどう考えているか、海賊防止で出て行った海上自衛隊の法律的な仕組みをどう作るか、などの話をマスコミはすべきだと思いますが、やはりわかりやすい人間模様みたいな話ばかり。であれば、露出を増やし、イメージのみをよくするCMをたくさん出せる政党が優位に立ちます。これでは選挙にお金がいくらあっても足りないでしょう。でもそれが良い政治につながりますか?

選挙が政策本位で行われるように、マスコミもそれを中心に報道して、政治家もそれのみを訴えるような形にならない限り、または民主制政治体制でなくならない限り(選挙をしなければ金はかからない。でも違った意味で癒着の可能性が大きくなります。)、政治にお金はかかると思います。マスコミも判で押したように金権政治を憂うばかりではなく、自分たちのすべきこと、すなわち今の国の課題とそれに対する各党の見解、対案をわかりやすく説明することに力を注いでほしいものですね。政治の人間模様をわかりやすく、ではなく、各党の政策をわかりやすく説明してもらえることを切に祈ります。それこそが金権政治を防ぐ大きな一歩だと思います。

また、政治は権力闘争ですから、小沢さんが「はめられた!」と思うのも無理はないでしょう。何にせよ、偽メール問題で落ち込んだ党勢をここまで巻き返した(多分に敵失もありますが)のは、彼の豪腕の発揮以外の何者でもないと思います。

但しそこで主張したことが「生活第一」と銘打って農家の全戸補助を打ち出したり、高速道路無料を財源提示無しで行ったりした。一昨年の福田総理時代の国会の時、奥様の御尊父が大作家であることを途中から利用した国対委員長さんが「テロ特措法の審議を始めるのは自民党を利することになるから、まだ始めない。」とカメラの前で平然として言っていた姿に(国益を考えず政争優先をここまで露骨に表現するか?)と感じたことが重なり、今の民○党(一応伏せ字だったのでcoldsweats01)が、とても評価する気になれず、ネガティブな評価ばかりになっていました。まあその他にも労働貴族出身者やら、自説をかたくなに崩さず相手を攻撃ばかりする方々が目に付いたこともありますが。

でも岡田さんの時や、特に前原さんの時なんかは結構好きだったんですけどね。

今の民○党が、普通の判断、合理的な判断をしてくれると思えれば、当然支持したいと思います。特に今の○民党の体たらくを見ていると。

与謝野さんについてあそこまで書かせて頂いたのは、今の彼には経済問題の殆ど全てに対して閣僚としての責任を負っています。その彼が、もちろん職責を果たそうと一生懸命やっているのはわかりますが、根本的な考えに於いて首を傾げることが多い今の現状は、とても残念でなりません。本当に誰かに聞きたいのですが、彼のどの辺りが政策通と言えるんでしょうか?官僚に踊らされているいるだけではないですか?ちなみに総務大臣も。

兎にも角にも政治家の一番の使命は国民の生活を安定させ、国益にかなう行動を取り、導いていくこと。それを価値基準においてこれからも見ていきたいと思います。

なんて、とっても偉そうですがcoldsweats01


| | コメント (4) | トラックバック (1)

続多事争論 -同じことを思う人はいるんですね

前回の多事争論、多事争論 -これが100年に一度の経済危機の時代の政治?にて、自分はこんなことを書きました。

また、最近の与謝野財務・金融・経済産業大臣の発言も、首を傾げるを通り越して、憤りすら感じる内容です。 (中略) このお方は評論はたくさんするのですが、じゃあ一体どうするの?ということに対して寡聞ながら、明確な道筋を提示した印象がないのです。ここ最近で言ったことと言えばリーマン後に蜂に刺されたくらいだと言ってみたり、給付金で対象者に富裕層は含まれないと言ってみたり、外してばっかりじゃないかと思うのです。なぜ政策通ともてはやされるのかが、よくわかりません。 評論についても、じゃあどういったところが問題点で、どこら辺が順調に成長していくという前提の経済学だったというのかを示さず、規制緩和についての話も「間違った信心」と切り捨て、何が悪いのかがさっぱりわかりません。

で、今日ダイヤモンドオンラインにこんな記事が掲載されましたので、ご紹介します。

糾弾されるべき与謝野大臣の妄言+先週のテーマ「メディア再生のヒント」の補足 岸 博幸さん

 経済の混乱が深まる中、与謝野大臣がとんでもない発言を二つもしました。それがいかにおかしなものであるかをどのメディアも報道していないので、私が解説したいと思います。

(中略)

与謝野大臣の妄言

 さて、それでは今週の本題です。与謝野大臣がとんでもない発言を国会で連発しました。一つは、「(規制改革会議に関連して)規制緩和はすべて善という信心がはやったが、間違った信心だ」、もう一つは「(小泉内閣での政策金融改革は)世界が順調に成長していくという前提の経済学で、世界が同時に不況になることをまったく想定していなかった。間違いだった」という発言です。一体これらの発言は何なのでしょうか。

 与謝野大臣は小泉政権の後半に自民党政調会長、経済財政政策担当大臣といったポジションに就いていました。規制改革について言えば、その間も規制改革会議は活発に活動していたのに、何故そのときは何も言わず、今になって規制改革を非難するのでしょうか。
 また、政策金融について言えば、「政策金融改革の基本方針」が2005年に経済財政諮問会議で決定されたとき、与謝野大臣は諮問会議を仕切る経済財政政策担当大臣でした。おかしいと思うなら、なぜそのときに職権を賭して止めなかったのでしょうか。

 おそらく、小泉政権の間は怖い総理に逆らうのが恐ろしくて黙っていただけなのでしょう。それが、怖い小泉さんの重石がなくなったので、安心して好き勝手を言い出したとしか思えません。麻生総理が小泉政権の間は何も言わなかったのに今になって“実は郵政民営化に反対だった”と発言したのと全く同じです。冷静に考えると、その程度の人たちが国のトップと経済政策の司令塔を務めているというのは、恐ろしいことではないでしょうか。

 かつ、理解できないのは、与謝野大臣は現職の経済閣僚であるにも関わらず、出来の悪い評論家のような発言を平気でしていることです。無責任極まりないと言わざるを得ません。今の日本の景気後退は、欧米の金融危機の影響もありますが、政策の誤りと経済無策という日本固有の原因が大きく作用しています。経済政策の司令塔の立場にありながら、自分の政策の失敗も顧みずに守旧派に迎合するような評論的意見を言うべきではないと思います。外人投資家の日本に対する信頼が一層落ちるだけです。
ジャーナリズムも反省すべき

 そして、個人的に非常に気になっているのですが、この与謝野大臣の問題発言について、なぜすべてのマスメディアは事実を淡々と報道するだけで、上記のような問題点を指摘しないのでしょうか。おそらく、民主党小沢代表の政治資金などもっと大きな問題がある中で、この問題までしっかりフォローする余裕がないのでしょう。

 しかし、与謝野大臣の発言は二つとも、実は官僚が喜ぶ内容ばかりなのです。規制改革批判はすべての役所が喜びます。政策金融改革の逆行は、特に財務省は大歓迎でしょう。悪く考えれば、与謝野大臣の周囲の官僚が振りつけていてもおかしくないかもしれません。経済政策の司令塔がこのような発言をしたということは、景気悪化に悪乗りした官僚の影響力増大への布石ともなりかねないのです。

 もちろん、マスメディアの皆さんに、今の経済政策やそれを担当する布陣をとにかく批判しろなどと言うつもりはありません。ただ、このような重要なインプリケーションを持つ事象については、過去の事実なども含めてある程度分析した上で賛否両論を示すのが、ジャーナリズムの使命ではないでしょうか。

 マスメディアの報道については、記事内容がコンテンツであり、取材・調査分析能力はコンテンツの制作力に他なりません。マスメディアがビジネスモデルを進化させて再興を果たすに当たっては、そのこれからのコアコンピタンスとなる制作力の強化が不可欠なのですが、与謝野発言の報道ぶりを見る限りちょっと心配にならざるを得ません。政治の世界もマスメディアの収益も激動する中で本当に大変と思いますが、関係者の皆さんの一層の奮起を期待したいと思います。

指摘している言葉も、その内容もあまりにも似通っているので、びっくりしました。でもそう思う人もいるんだな~と思うと、それも自分よりよっぽど頭の良さそうな人がおっしゃっているのを見ると、なんだか嬉しくなります(←結局ミーハー?)

最近ニュースでは麻生さんと小沢さんを「究極の選択」扱いしていますが、その理由が「漢字が読めない総理」と「なんだか金権政治の小沢さん」みたなくくりですからね・・・。私も今の状態だと確かに「究極の選択」だと思いますが、その理由は共に日本の今後を切り開くビジョンがあまりにも見えないと言うところから感じます。

ちなみによく金権政治とか金のかかる政治はやめよう!みたいなことをやっていますが、ところでどんなイメージなんでしょう?お金をたくさん持っていて、大きな池に鯉が泳ぎ、サングラスをしたSPが見守る中、密談を繰り返す、みたいなイメージなんでしょうか。

私が思うに、これだけマスコミが各政治家、政党の政策を検証したり対比したりすることなく、わかりやすいイメージを伝えているだけの昨今の情勢であれば、自ずと露出が多く、イメージの良いCMを流した方が選挙の勝ちにつながると思います。まさに普通の商品と同じです。すなわち、広告宣伝費が今の時代かかりすぎる。それが金がかかる政治の根幹だ!ってマスコミは言わないのでしょうか?やっぱり自分の局の広告収入が減るのはまずいから?そういったことを指摘しないところも、おかなしなことだと思っています。

いずれにせよ、どうでもいい話を国会でしているような暇が今の日本にあるのでしょうか?政治家もマスコミも早く気づいてほしい物です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

多事争論 -これが100年に一度の経済危機の時代の政治?

昨年のリーマンブラザーズの破綻以来、世界経済も日本経済も危機的な状況に入っています。

平時ではなく有事であることに異論がある人は今となってはいないでしょう。

ところが現在見えている風景は、100年に一度の名を借りた既得権益側の巻き返しと、どうでもいいことの追究に終始する姿勢ばかり。この危機を打破する議論が為されないのが不思議でなりません。

今の状況は、まさに以下の文章に書かれている通りだと認識しています。

「かんぽの宿」騒動に見る“既得権死守”勢力の巧妙かつ公然たる反乱( From DIAMOND online プリズム+one)


 正論がまったく通じない。正論が通じなくなる議論の道筋に巧みに誘導されてしまった、と言い換えてもいい。では、誰に導かれて道を誤ったのか。既得権を死守したい人々によってである。

  「かんぽの宿」騒動の原点に立ち戻ってみたい。オリックス不動産への売却対象となったのは、全国約70か所のかんぽの宿と首都圏の社宅9物件で、売却総額は約109億円である。ところが売却物件の中に、300億円もの費用をかけた豪華施設などが混じっていたために、鳩山邦夫総務相が安売り批判の先陣を切り、次第にマスメデイア、世論に賛同者が増えていった。

 鳩山総務相が自らの権限で売却を止めたのは、

1.一括売却する必要はない。しかも、不況時に売却を急ぐ必要はない。
2.今回の売却物件は平均稼働率が70%であり、経営努力によって収益改善が見込める。
3.地元で買い手を探し、地域振興につなげるべきだった。
4.売却前に、自治体に説明がなかった。

といった理由からである。

 一方、日本郵政は、

1.一括売却しなければ、不採算施設だけが売れ残る。
2.そうなれば、従業員の雇用が守れない。雇用維持は法令で義務付けされている。
3.民営化から5年以内の廃止または売却という期限も、法令に明記されている。したがって、急がなければならない。

と反論する。

 いずれが正論だろうか。日本郵政の主張が、正論である。鳩山総務相に、理はない。

 不採算施設は、好採算施設とセットでなければ売れるはずがない。単純化して言えば、年間10億円の赤字が出る宿泊施設を売るには、10億円以上の利益が出る施設を組み合わせる必要がある。例えば、20億円の黒字の施設と組み合わせる。売却金額は差し引き10億円、あるいはそれ以上かそれ以下か、それは交渉次第である。
 
 重要なのは、全体最適である。今回の売却は、採算性の異なる施設79件がパッケージになっている。いわばその全体最適が109億円と評価された。そのなかの豪華施設一つを取り出して300億円で売れるはずだと主張したところで、それは部分最適に過ぎない。部分最適にこだわって一括売却しなければ、赤字施設が売れ残るのは自明である。

 したがって、平均稼働率が70%もあるという鳩山総務相の主張も、無意味である。平均稼働率以下の不採算施設こそが問題だからである。

 不況時に売却を急ぐ必要はないという批判も、的外れだ。確かに売却時期を遅らせれば、好況が巡ってきて、もっと高く売れるかもしれない。だが、さらに景況は悪化して、売却期限が近づくことも手伝って、買い叩かれるかもしれない。何より売却期間が伸びる間、赤字が垂れ流しになるのである。

 不良資産の処理は、一括売却が基本であり、スピード重視が鉄則である。このことは、1990年代後半以降の不良債権処理を手がけた金融機関関係者や2000年代に企業再生を手がけた人々――産業再生機構に関わった政府関係者も――には、身に染みた常識である。

 かんぽの宿売却は官業ビジネスとの決別であり、いわば不良債権処理なのである。できるだけ高く売れるのが望ましいが、損失を最小限に抑えるのが第一の目的である。そこを、鳩山総務相は理解していない、あるいは意図的に軽視している。

 鳩山総務相の3と4の主張にも、反論しておこう。かんぽの宿を、実は地元の同業者はこころよく思っていない。官業ゆえに赤字を垂れ流しながら営業を続け、民業を圧迫する存在だからである。では、地元のライバルたちは買い手になりうるだろうか。設備の維持費に加えて、従業員の賃金は同業他社比べて高い。旅館業の従業員のそれは他産業に比べて低いが、かんぽの宿の従業員は公務員給与に準じているのだから、格差は当然である。そうした高コスト体質の官業施設を個別購入する買い手が、全国に数多くいるとは到底思えない。

 このように、日本郵政の主張は、経済合理性に則った正論である。ところが、今や正論は通じない。世論は、鳩山総務相を正義の味方とすら評価しつつある。当初は鳩山総務相を社説で批判した大手新聞も、論調を修正しつつある。なぜか。

 鳩山総務相は「安売り批判」に加え、宮内義彦・オリックス会長が郵政民営化推進論者であったことを捉え、「オリックスへの売却は出来レース」と断じた。そして、この二つの批判を補強する材料がいくつも巧みに流れ始めた。例えば、安売り批判に関しては、旧郵政公社時代に178施設が一括売却されたなかに、買い手が1万円と評価して6000万円で転売された物件があったことが暴露された。

 一括売却は全体最適が優先される、と前述したことを思い出してほしい。まず、その178施設の売却総額の妥当性を論じるのが筋だろう。その前に、ある部分を取り出して批判するのはフェアではない。しかも、旧公社時代の事例であり、現経営陣に責任があるわけではない。

 ところが、こうした情報がマスメデイアに取り上げられると、人々は一括売却という手法がいかに不透明で恣意的かを強く印象付けられてしまう。何せ、6000万円で売れる施設を1万円で譲渡してしまったのだから。一事が万事である。そうして、世論は動いた。それが、意図的な情報操作ではないかと疑うのは、私だけだろうか。

 通常、霞ヶ関官僚は、国会質問をするための情報など野党には出さない。ところが、複数の野党議員によると、「今回の売却問題に関しては、電話一本で総務官僚から国会での追求材料が山ほど出てきた」と言う。

 ある自民党幹部によれば、「鳩山総務相と旧郵政官僚はスクラムを組み、日本郵政の人事に介入し始めている」。その実例かどうかは判断できないが、今回の売却凍結騒動の最中、旧郵政大物官僚の団宏明・郵便事業会社社長が持ち株会社の代表権を持つ副社長に就いた。ある経団連副会長は、「鳩山さんは、西川社長の首を切って団さんを昇格させたいのだろう」と見る。

 旧郵政官僚を排除し、世論の支持を背景に小泉政権が推進した郵政民営化を巻き返す動きが、郵政民営化によって既得権を失いかけた人々の手によって始まっている。既得権を死守したい人々――選挙を控えて特定郵便局長の票田が欲しい政治家(与党議員に限らない)、世襲の利権を守りたい特定郵便局長たち、郵政利権を失いたくない総務官僚、賃金が相対的に高いかんぽの宿の従業員すらその一員といえるだろう。

 権力関係の入り組む永田町と霞ヶ関に住み慣れた人々は、こうした既得権を巡る闘争に極めて通じている。銀行の頭取出身で旧大蔵省との関係しか知らぬ西川社長では、とても歯が立つまい。

 断っておきたいのだが、私は、竹中平蔵元総務相が設計した郵政民営化に賛成ではない。郵政改革は必要だと考えているが、現在の4分社方式は矛盾を内包しているし、そもそも郵便局の統廃合に手をつけない改革はまやかしだと思っている。また、竹中氏の改革手法は雑駁かつ近親者だけで遂行されるという印象も強く持っている。

 しかし、だからといって、巧妙かつ公然たる既得権を死守したい人々の巻き返しを見過ごすわけにはいかない。

 最後に、極めて重要な二つの点を挙げたい。

 第一に、鳩山総務相の売却差し止めが将来、日本郵政の損失を拡大させ、それが財務に響き、株式上場にマイナスとなれば、国庫に得られるべき利益が減ることになり、損失をこうむるのは国民である。さらに、郵政民営化が混迷し、旧国鉄のような事態になれば、税金を投入しなければならなくなる。既得権死守闘争は、国民負担となって跳ね返るのである。

 第二に、小泉政権の構造改革が格差を拡大させたという批判が高まっている。格差には二種類ある。一つは市場主義経済の歪みによる格差であり、政府は社会的弱者のためのセーフテイネットなどの対策を迫られる。だが、もう一つは、既得権者と非既得権者の格差である。小泉構造改革はこの格差を打ち壊した。その打撃を受けた既得権者たちが、社会的弱者の味方である振りをして、論理をすり替え、自己保身の反転攻勢に出ているのである。

 既得権者たちの巻き返しは、日本郵政に限ったことではない。次回は、薬のインターネット発売禁止に関して論じたい。自民党と結びついた医師会、薬剤師会の巻き返しである。

なぜ、こんな茶番みたいな話で鳩山総務大臣が正義の味方のようにならなくてはいけないのでしょうか?掲載した文章にもありましたが、これでダラダラと損失を垂れ流したら、どうやって責任を取るつもりなのでしょうか?少なくとも、この赤字を解消する方策はほとんど差し示していないのに。

また、最近の与謝野財務・金融・経済産業大臣の発言も、首を傾げるを通り越して、憤りすら感じる内容です。

・ 与謝野馨財務・金融・経済財政担当相は6日の参院予算委員会で、小泉内閣が推進した規制改革について「一時期、規制緩和はすべて善という信心がはやったが、これは間違った信心だ。何のためにどういう効果があるのかを考えながらやるべきだ」と批判した。

・ 与謝野馨財務・金融・経済財政相は10日の参院予算委員会で、小泉政権の経済政策に関して「世界が順調に成長していくという前提の経済学だった。その証拠に中小企業金融公庫や日本政策投資銀行などを民営化しようと、そういう政策金融機関は不要だ(と判断した)」と指摘した。その上で「不況が来ないことを前提とした経済学で、間違いだった」との認識を示した。
 小泉構造改革については「財政出動を手控えていたため、副作用が起きたのは間違いない」と表明。「やむを得ない側面があったにしろバブル(経済)の後始末の過程は日本社会につらいことで、その間に非正規雇用が生まれた」などと述べた。

このお方は評論はたくさんするのですが、じゃあ一体どうするの?ということに対して寡聞ながら、明確な道筋を提示した印象がないのです。ここ最近で言ったことと言えばリーマン後に蜂に刺されたくらいだと言ってみたり、給付金で対象者に富裕層は含まれないと言ってみたり、外してばっかりじゃないかと思うのです。なぜ政策通ともてはやされるのかが、よくわかりません。
評論についても、じゃあどういったところが問題点で、どこら辺が順調に成長していくという前提の経済学だったというのかを示さず、規制緩和についての話も「間違った信心」と切り捨て、何が悪いのかがさっぱりわかりません。

それに対して竹中氏はビル・エモットとの対談で、

【特別対談】竹中平蔵vsビル・エモット(1) 米国型資本主義の終焉を説く愚

(前略)

竹中:もうひとつ重要な論点を挙げれば、それは現在の深刻な不況といいますか、世界不況の基本的な性質、本質をどう見るかではないでしょうか。

 日本では今、少なからぬ人、特にメディアが、米国型の資本主義、米国型の金融・経済の崩壊という言葉を盛んに使っています。確かに、米国の経済は非常に深刻な問題を抱えている。その結果、世界の経済システムが非常に深刻な状態に陥っていることも事実です。しかし、本当に米国型の資本主義や金融・経済システムが崩壊したとまで言い切ることが正しいのでしょうか。私はそうは思いません。

 そもそも、今回問題を起こした国は米国だけではありません。米国の資本主義とは異なるシステムを持つ欧州諸国でも問題は起きているし、社会主義者がマーケットエコノミーを運営している中国でも問題は発生している。石油輸出国も例外ではありません。

 要するに、今回のことは、単なる米国のバブル崩壊ではない。正しくは、“マルチバブルの崩壊”とでも呼ぶべきものなのです。資源バブルしかり、円安バブルしかり、ユーロバブルしかり。もちろん米国の市場バブルもありましたが、この“マルチバブルの崩壊”こそが(現在の危機の)本質であると私は考えています。
「政府の失敗が招いたコンフィデンスの危機」(竹中平蔵)「唯一規制強化が必要なのは金融分野」(ビル・エモット)

エモット:同感です。今回のことは、われわれに何か国家と市場との間に存在する適正バランスについて情報を与えてくれるものではないと思っています。低金利政策の結果としてもたらされたチープマネーや金融規制の不備など複数の異なる要素が合わさって、多くの国で起きたクレジットバブルとその崩壊というのが、冷静に考えた場合の、今回の危機の最大の特徴ではないでしょうか。

 たとえば、住宅バブルが発生した国は、米国だけでなく、アイルランド、スペイン、フランス、英国など広範に及びます。小さな政府を標榜したレーガノミックス的な資本主義の国だけでなく、フランスのような介入主義的な資本主義の国でもクレジットバブルは起きて弾けた。何が共通かといえば、このことです。そして、バブルが崩壊したことで、家計セクターは今、負債を減らして、貯蓄を増やそうとしている。この動きがさらに経済を縮ませている。

 一方、この間、世界貿易の拡大やコモディティバブルの恩恵を受けていた国々もあります。(彼らからすれば)、現状はクレジットバブルの崩壊だけでなく、“貿易バブル崩壊”でもあり、“コモディティバブル崩壊”でもあります。ショックが何重にも重なっている。

 いずれにせよ、どの国もここ数年は、世界経済の成長を介して、グローバリゼーションの恩恵を受けてきました。われわれは皆、良い時に結ばれていたわけですから、悪い時にも一緒にダメージを受けるのは自明の理です。

 では、どれくらい長い危機になるのか。私は世界が貿易をオープンにしている限りは、悲観的になりすぎる必要はないと思っています。いくつかの国で成長が再び始まり、新しい投資が貿易の拡大を通じてやがて他の国・地域に伝播されていくはずです。この危機を乗り切る上での大切なことは、グローバリゼーションの流れを止めないこと。言い換えれば、オープンエコノミーを保つことであり、(経済運営に関して)基本的にリベラルなアプローチを続けることであるはずです。唯一規制強化が必要な分野があるすれば、金融システムでしょう。米国をはじめとして、明らかに多くの国で規制上の間違いが起きました。

どう読んでもこちらの方が、経済学になっているし、どういう点が問題だったのか、つまり金融システムが経済活動の根幹を担っている以上、適切な規制は必要で、その部分が至らなかったとしています。十分頷ける話です。

今はいろいろな情報が交錯する時代です。その中で単純なる感情に訴え、結果なんともならない方向に行ってしまいそうな話も多数あります。それが日本の中からよく聞こえてくるのが残念でなりません。

今、アメリカではこんな言葉が出ています。

米大手銀に「ゾンビ銀行」なし バーナンキFRB議長( From nikkei net)

 米連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ議長は3日、上院予算委員会での証言で「現時点で米大手銀行にゾンビ(死に体)金融機関があるとは思わない」と述べ、事実上破綻しながら市場で存続している大手銀はないとの認識を示した。

 ゾンビ銀行の定義を問われた議長は「(かつての)日本の状況に関連して度々使われた言葉だ」と指摘。「倒産した顧客を長期間抱え、新規融資をせず、資本調達など経営健全化に向けた努力を何もしない銀行が(日本には)あった」と説明した。

 その上で「米大手銀はすべて融資をしているし活動的で、存続可能だ」と強調。1990年代の不良債権問題の処理に関連し「日本の失敗は迅速かつ積極的に行動しなかったことだ」と述べ、「われわれはそうではない」と力説した。

日本は規制緩和だの市場原理主義だのをやったから今苦境に陥ったのではなく、「迅速かつ積極的に行動しなかった」から不況が長引いたと見られているのですよ。そこら辺を、現在の閣僚さんや首相はわかっているのでしょうか・・・?

でも、だからと言って政局しか興味が無さそうな現在の民主党も全くと言って良いほど、信用できません。

どうしてこんなことになってしまっているのでしょうか?

求む!真に日本経済と今後の日本の行く末を真剣に考えてくれる政治家と政治体制といったところです。

| | コメント (5) | トラックバック (1)

多事争論 -経済とグローバル化と日本の行く末

昨年の10月頃、リーマンショックがいよいよ本格的にやってきた頃、自分は日本の経済のファンダメンタルが落ち込んだわけでもなく、また金融機関もこのサブプライム関連の商品を余り扱っていなかったので自己資本を余り痛めることもなく、結果としてやるべきことをやれば案外早い回復もあるのではと思っていました。

しかし、今となってはこれはとても甘い見通しだったと言わざるを得ません。

これだけ経済がグローバル化しているということは、各国内の経済事情が独立しているわけでもなく、需要の変動も世界が大きな一つのトレンドによって動いてしまっている。つまりある国だけが需要が減るのではなく、世界中の需要がいっぺんに減るということが起こりやすい体制になってしまっていることに関する認識が甘かったわけです。

需要を創り出すには、資金が必要です。この資金は現金だけで動いていれば、そう大した量にはなりません。未来の収入を見込んだ資金を現状に足す、すなわち信用を付加して資金を増やすことが必要になります。これが金融における貸し出しに当たると思いますが、金融工学の発達により貨幣発行量の何倍いやもっと多くの資金が動いている状態に今の経済はあります。これは悪いことではなく、これによって経済は継続して成長していく裏付けとなるわけです。但し、余りに過大な信用に基づく資金は、将来の期待収入を余りにも無視した規模となり、ここにひとたび市場が不安を抱けば急速にその資金がしぼんでしまうのでしょう。

つまり、

1)金融工学等の発達とグローバル化により大きな資金が世界中を駆け巡り、全世界的に好景気を演出

2)それがさらなる期待を生み、過大な信用マネーを創出

3)サブプライムローン破綻に端を発した信用不安、金融システム不安が勃発

4)実体よりかなり過大となっていた資金が急速にしぼんでいく

5)それにより世界的に資金不足となり、需要も急速に減少

6)これにより、あらゆる分野での経済活動が支障を来し、各産業が軒並み苦境に陥る

といった流れをたどってしまっています。

そこに加えて日本の場合は、付加価値の高い商品をもって世界の市場で評価を受け、支持されてきていました。自動車しかり電気製品しかり。必要最低限のものではなく、多機能で便利で品質も高いといったものです。
余裕がある時はより良い物に購買意欲も湧きますが、余裕が無くなると必要最低限のものでなるべく節約しようとする行動がより多く見られるようになります。

更にはしばらく日本のみが他国と比較して低金利であったため、長期的な円安傾向にあったのですが、それが今回の経済危機で各国とも金利が下がりそれに伴い各通貨に対して円が独歩高となります。これは輸出する上で大きなマイナスとなる(同じ原価で作っていても、相手先で売る時には原価が自然と上がる)。更に相手国で同じ量が売れたとしても、円建てに直すと低くなってしまう(昨年アメリカで100ドル売り上げたとすると12,000円くらいになるが、今だと9,000円となり、3,000円も目減りしたことになる)ので、より苦境に陥っています。

なので日本の高付加価値路線がより大きな打撃を受け、それによって他産業を引っ張ってきた輸出産業がダメージを受けたことにより、全体的に悪くなっているのだと思います。

つまり

1)世界的な金融システム不安による信用縮小
2)高付加価値路線の行き詰まりと円高による輸出産業のダメージ

が今回の「百年に一度」と言われている景気後退の原因となっていると、私は考えます。これらの解決無くして、景気回復はなかなか難しいのでしょう。1)も2)も20世紀の爆発的な世界経済成長の源だけに、問題は深刻です。

どんな事象に於いても、原因追究→対策の立案→検討→実行→検証→さらなる対策の立案と軌道修正を繰り返していきながら問題解決にあたることが大事です。

世界各国も危機感を持って、様々な対策が為されています。

しかるに最近日本国内で大きく取り上げられている政治のニュースは

・麻生首相の漢字読み間違い
・派遣切りに端を発した正規労働者と非正規労働者の問題
・定額給付金
・かんぽの宿の売却問題
・麻生首相が郵政民営化に賛成だった反対だったか
・中川前財務兼金融担当大臣(これなら素直に大蔵大臣と呼びたくなりますね)の酩酊記者会見事件

といったところで、現在の苦境の原因を追究するわけでもない、対策を検討するわけでもないお話ばかりです。
確かに過去の問題を追及したり、現在苦境に陥ってしまっている人の生活保障も大事でしょうが、経済活動が収縮していけばもっと困る人が増えるわけで、いかにして経済活動を立て直すことこそが急務ではないですか?なぜ内向きの話ばかりをニュースで語るのでしょう?縮小していくパイをどうやって分配するかを話してもしょうがない、どうやってパイを増やすかを考えないのでしょうか?

与党も野党も口では「百年に一度の大不況なので」と言いますが、対策は結局は国のお金を使って直接需要を増やそうとするお話をもって、景気対策と言うばかり。あとは政争に終始しています。

「余裕がまだまだあるんですね、日本は。」と皮肉の一つでも言いたくなります。

今回の中川さんの問題も、中川さん個人の問題として日本では取り上げているきらいがありますが、世界からすれば今の日本全体の経済危機に対する鈍感さの象徴として見ているのではないでしょうか?
「サケ・プロブレム」各国メディア、中川財務相辞任を報道(from MSN産経ニュース)

マスコミから発する国民世論も、政治家も今回の経済危機は需要が一時的に減ったからではなく、世界的な大きな構造的問題と日本の経済成長モデルの問題点から起きている話だと言うことを踏まえて、抜本的な構造改革無くしてこの危機は乗り切れないことを自覚し、それに対する対策を真剣に討議するようにしてもらいたいものです。

| | コメント (14) | トラックバック (0)

多事争論 ~会議と国会

最近の国会論戦はなんだか見ていて情けなくなってきます。

民主の石井副代表が首相に漢字でかみつく 参院予算委 (from MSN産経ニュース

参院予算委員会で民主党の石井一氏の質問を聞きながら書類に目を通す麻生太郎首相=20日午後1時23分、国会・参院第一委員会室(酒巻俊介撮影)参院予算委員会で民主党の石井一氏の質問を聞きながら書類に目を通す麻生太郎首相=20日午後1時23分、国会・参院第一委員会室(酒巻俊介撮影)

 麻生太郎首相の漢字の使用、読み方をめぐり、20日の参院予算委員会で、民主党の石井一副代表が首相にかみつく一幕があった。

 石井氏は、月刊誌「文芸春秋」の昨年11月号に掲載された首相の手記で使われた「就中(なかんずく)」など12個の漢字を並べたボードを用意し、「相当高度な漢字だ。これを隠して、どれだけ読めるかやってみたかったが、先に渡してあるから今なら読めるだろう」と首相を挑発した。

 これに対し、首相は「多分、みなさんが読みにくいのは『窶し(やつし)』ぐらいではないか。後の漢字は普通、みなさん読める」と答えたが、さらに石井氏は「もしそうなら、なぜ未曾有を「みぞうゆう」、踏襲を『ふしゅう』と言うんだ。おかしい。強弁だ」と反論した。

しかし、さすがにこれを聞いていておかしいと思う人も多いらしく

民主・石井氏らに批判殺到 首相への「漢字テスト」(from MSN産経ニュース)

漢字のパネルを示しながら質問に立つ民主党の石井一氏=20日午後1時19分、国会・参院第一委員会室(酒巻俊介撮影)漢字のパネルを示しながら質問に立つ民主党の石井一氏=20日午後1時19分、国会・参院第一委員会室(酒巻俊介撮影)

 20日の参院予算委員会の質問で、民主党の石井一副代表が麻生太郎首相に「漢字テスト」をした直後から、石井氏や同党本部に苦情が相次いだ。

 関係者によると、21日までに電話や電子メールで寄せられた声は「経済が大変なときに税金を使って何をやっている」「何の目的があるのか」といった批判的な内容が大半。民主党支持者と名乗る人からは「そんなことで政権がとれるか」と厳しい注文がつけられたという。

 民主党本部はこの件については「答えられない」としているが、中堅議員は「失敗。党のイメージが悪くなる」と渋い表情だ。

 インターネットでも、ニュースブログサイトの「iZa(イザ)」では21日現在、このニュースに129件の意見が寄せられた。「国会でまともなことを話しなさい」「国会をバラエティー番組にしたのか」などでの内容で、「2ちゃんねる」にも同様の書き込みがあった。

 石井氏は20日の参院予算委で、首相が月刊誌に寄せた手記中から12の漢字・熟語を抜き出し「あなたの漢字力からして、誰かが書いたと思わざるを得ない」などと指摘した。

ここでの中堅議員の「失敗。党のイメージ~」の言葉に嘆息してしまいます。

今回の場所は予算委員会。来年度の国のお金の使い方を決める、国会としても最重要委員会と言っても過言では無いと思います。その大事な委員会でこんな下らないことを話すとは・・・。これだけ議事と関係ないことを、それも事前に質問趣意書まで出してするとは・・・。それが与党であれ野党であれ、国会議員としてこういった無駄なことを議論することをどう思っているのか。

今巷にはどうやったら、会議で成果を上げることが出来るのかといった類の本が溢れています。それだけ、会議は大事だが成果を出すことはなかなか難しいということでしょうが、なぜ国会という国権最高の府で、そもそも会議の体を為していない状態ばかりなのでしょうか?これが政治闘争というものなのでしょうか?

主義主張が異なるのは仕方のないことだし、寧ろそれを鮮明に出しながら議論することは民主国家として極めて重要だと思います。但し、議事と関係ないことばかりを話すことがどれだけ無駄かもまた考えるべきです。普通の会議であんな話を始めたら、それこそ大変です。

マスコミも国民も、そういった最低限の会議・議論のルールは守るべきだという意志を強く出すべきです。

今のままでは、国会よりもテレビの討論会の方がまだマシぐらいになってしまっていますので・・・。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

多事争論のコメントです

久方ぶりにブログを見て、溜まってしまったコメントの返信を打っていたら、なぜかその記事にアップできず、確かにもう既に18件のコメントとなっていたので、返信ではございますが、一つの記事にさせて頂きました。

-------------------------------------

文武両道さん

コメントありがとうございました。

現実を直視するということはとても大事です。
ただ人間は自分に都合の良い現実のみを取り上げてしまいます。自分もまさしくそういったところがあります。なので現実は一つにならず、本質とずれていってしまうことすらあるように思えます。

例えば派遣村のお話。ある人から見ればあんなにたくさんの人が年を越すこともままならず、ああいった状況に追い込まれたということを捉え、ある人から見れば運動のあり方が労働争議を彷彿とさせるように見え、ある人から見ればせっかく職を提供しようとして派遣村の人を対象に求職したものの、全く応募が無いことを嘆きといった具合です。

であればやはり虚心坦懐に討論をして、その中で本質をつかむ努力をするしかないと思います。

そういった場を拙ブログにご提供いただけて、本当に感謝しています。

お返事が遅れてしまって申し訳ございませんでした。今後ともよろしくお願いします。

-------------------------------------

げんきさん

コメントありがとうございます。

げんきさんのコメントによって、拙ブログも様々な分野の記事において、深みを与えていただけて、本当に感謝感謝です。

経営者というか、どんな組織のリーダーであれ自分の功名に走るのか利に走るのか、それとも部下の為に動くのか、それとも組織に殉じるのかによって違ってくると思います。

「先憂後楽」という言葉がありますが、リーダーはその気持ちを忘れてはならないと思います。

そうすれば自ずと取るべき行動は見えてくるものでしょう。

「仕事の報酬は仕事だ!」と、前の会社の時に言われたことがあります。

そのときは「なんやねん、それ!」と思いましたが、少なくとも今は自分に対してはそうだよなあと実感しながら、日々の仕事に取り組んでいますcoldsweats01

では、今後ともよろしくお願いします。

| | コメント (11) | トラックバック (0)

多事争論というだけあって、続いていきます -経済における金融とイノベーション

一度はコメントとしてアップしたものですが、またまたまた長文となってしまっており、やはり記事として掲出することにしました。

それにしても一時インドネシアについて話していたら、今日大地震が発生してビックリ!被災者の方々の無事を願い、今後の復興を祈らせていただきます。

------------------------------------------------------------------------

文武両道さん

コメントありがとうございます。

製造業に研究開発費が回っていかないとは由々しき事態ですね。シュムペーターではないですが、閉塞した状況を打破するには「イノベーション」が不可欠だと思います。その結果のブレークスルーが新たな産業を生み、雇用を作る。その流れになっていないことが、今の日本の大きな問題に思えます。

この「イノベーション」を起こして新産業の創出をはかるというのが竹中さんがやろうとしたことに見えますが、今は恐ろしいくらいに単純化した伝え方です。
某在京キー局の、元駒沢の暴れん坊が苦言を呈するコーナーが人気の今日の番組、あまりの内容に唖然としていました。どうやらお金儲けに走りすぎて、享楽主義のアメリカは問題だらけで、それを支えているのが軍事産業でと、前に見たことのある旧ソ連のプロパガンダ映画そのもののような内容でした。ご丁寧に宇宙開発問題でニクソンとフルシチョフがテレビの前でやりあった有名なシーンを、敢えてか宇宙開発の部分をカットし、フルシチョフが「あと7年もすればソ連はアメリカを追い越しますよ。そのときはこうやってサヨナラしますね。バイバイ~って。」と言っている部分だけを出し、資本主義の問題はと繋ぐ。一体何をしたいのでしょうか?革命でも起こしたいのでしょうか?

金融が自己論理の極大化によって多大なる影響を世界経済に与えているのは事実ですが、だからこそ金融の重要性というのは増すばかりです。それを正しい情報を伝えることなく、ただあいつらは金儲けを繰り返してきたと矮小化することの問題を考えていないのでしょうか?以前日本はいわゆる住専問題でなんでバブルで踊ったやつに税金を投入しなければいけないんだ!という情緒的な話に引きずられ、金融システムを正常化するタイミングを逸して、その後さらに5年以上を浪費したことを忘れたのでしょうか?

世代間の潤滑な資産移転というのも大事な問題ですが、後期高齢者問題ではひたすら「姥捨て山」「高齢者切り捨て」というだけ。問題があるにせよ、今の健康保険が成り立たなくなってきている以上、どうやって成り立たせるのが一番いいかと、そろそろ話してほしいです。考えないから、官僚発の案が通ってしまうのです。

つまり必要なところ(産業・世代)にお金がきちんと回り、その産業・世代の成長により国富を増していくという、なんともオーソドックスなことが大事だということを今一度思い出してほしいですね。

地デジは実はちょっと違う考えを持っています。あれは今のテレビ放送の周波数はアナログなのでどうしても帯域を広く取ってしまいます。でもデジタルは圧縮技術があるので、今より狭い帯域で大丈夫。ということは、電波が今までより大きく空くわけです。この空いた帯域に新しい産業を興そうとするものが地デジ問題の本質だと考えています。なので低所得者層の電波受信問題は対応すべきものの、推進していくことは理があると考えています。

裁判員制度は単純に自分の身の回りに来たら勘弁してほしいなあと思いますが、この制度の趣旨は法治を日本国中にすべからく行き渡らせるためとのこと。訴訟社会にさらに突入するような気もしますが、まだそこまで深くわかっていないので、コメントは控えます。

雇用延長義務は、確かに日本の人口構成が変化しているので必要なことなのかもしれません。ただ企業によってはさらなる圧迫を招き、やがて倒産となれば多くの雇用が失われるかもしれないので、どうなのでしょうか?これももう少し理解してからコメントしてみます。

マスコミも政党も前向きに、どうやってこの局面を打破していくべきか、そろそろ大討論をしてくれないかと、年末年始の番組を見ながらいつも思っていました。

文武両道さんの仰るように、今一度政策等を総点検し、改めるものは改め、今年が次の時代を見据えた新たな戦略が生まれる年になればいいですね!

| | コメント (16) | トラックバック (0)

続々 多事争論 -戦前戦中の日本で思うこと

相も変わらず文をまとめることが出来ず、多事争論系で今度は文武両道さんに返信していたら長文になったので、記事としてアップすることにしました。ご興味ある方はご覧ください。

--------------------------------------------------------

文武両道さん

コメントありがとうございます。

インドネシアの武士道を解した司令官とは、今村均中将(当時、後に大将)のことですよね。
インドネシアでの住民を大事にしたとされている数々の事蹟、その後のラバウルで採った自給自足の持久戦体制などを通じ、敵味方問わず尊敬され、また戦後は戦犯として巣鴨で服役していたところ、部下がもっと環境の悪い南方で服役しているとし、敢えて南方への移送をマッカーサーに申し出て、釈放後も庭に謹慎部屋を設け、そこに蟄居したという、清廉潔白な方ですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E6%9D%91%E5%9D%87

ただ続多事争論のコメントでも紹介したインドネシア政府の公式の歴史は、日本を侵略者として描いているのも事実です。今村中将は1943年にインドネシアを離任していますから、その後の軍政の問題かもしれませんが、こちらから見た風景と相手方の風景の違いというのはやはり大きいのでしょう。

昭和の日本の軍人、特に陸軍軍人をひとくくりに狂信的な戦争屋と見る向きがまだまだ強いですが、今村中将を始め、映画で有名になった硫黄島の栗林中将とか、山下中将とか人間味に溢れた将軍もいたように思えます。陸軍も海軍も青年期にそれぞれの士官学校、大学にてあれだけの厳しい教育を受け、またその際将帥には徳が必要みたいな東洋的なことも教えていますから、たぶん人格者はもっと多かったのだろうと思います。

また、特に昭和の陸軍の指導層は東北地方出身の人が比較的多いですね。東北地方は恐慌等で貧困にあえぎ、娘の身売りが相次ぐという悲惨な背景を持って陸軍に入営した人が多かったといいます。御尊父がそのような事情だったとお聞きし、さもありなんと思います。

なのである説によれば、陸軍の皇道派は共産主義のシンパが多かったと言われているほどです。突き詰めた論理に走ってしまう一面があったのでしょう。北一輝もそうですし、平沼騏一郎の神がかった思想もそうなのでしょう。(この点で今の平沼赳夫さんもあまり好きになれません。また戦前の政治行動という点で言えば、統帥権干犯を議会で言い、滝川事件も引き起こした鳩山一郎も好きになれません。なので鳩山兄弟が友愛と言われても素直に聞けません。)

よく陸軍はその国土着の文化、海軍は文明の力だと言われます。当時の陸軍は良くも悪くも、当時の日本そのものだったのでしょう。

そういった組織があれだけの国策の誤りを主導したわけです。つまり日本人そのものが引き起こしたのです。

この記事で言いたいことは、「日本がどのような戦略を立て、どのような理念のもと、これからの世界で生き抜いていこうとするのか、国民ひとりひとりが主体的に自分の頭で考え、判断すべきだ。」ということです。戦前の日本はとんでもない一部の人がいたから国策を誤ったのではなく、国民ひとりひとりが作り出したムード、そしてゆくべき道をしっかり考えなかった結果だと思っています。そして、それは今の世の中でも近いものを感じてしまうのです。

言論弾圧のあった戦前の時代ですら、斎藤隆夫のような硬骨漢もいたわけですが、現在の日本はどうでしょうか?

戦後生まれの自分が言うのも変ですが、戦争を知らない世代が政治を担う時代です。そこに希望とともに危うさも感じます。希望に満ちた時代にするためにももっと国の行く末をまじめに考える風潮をマスコミ、政治なども含めて作り出してほしいと切に願っています。それが出来なかったときどんな不幸が待ち受けているか、歴史はいろいろな例を示唆してくれているように思えるのです。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

続 多事争論 -政治家とは?

げんきさんから「多事争論 -昨今の経済情勢と政治のあり方- ってほどでもありませんが・・・」で、とても力のこもったコメントを頂きました。負けじと書こうとしたら長文になってしまい、こちらの新規記事にしてしまったわけです。

もし良かったらご覧下さいませ。

---------------------------------------------

げんきさん

あけましておめでとうございます。

さて、コメントありがとうございます。

どの時代でも若者は特に不正を憎み、正義を求める傾向があると思います。なので革命家と呼ばれる人たちは若者が多いですよね。明治維新の時の新政府、フランス革命の時、チェ・ゲバラなど、どれもみんな30代前後が主力だったはずです。

ナチスドイツが勃興してきたのは正にその機運でした。実は昭和維新を叫んだ青年将校たちもこの機運です。

世の中は複雑に絡み合っていると言えます。これを利害と言ってしまえばそれまでですが、しがらみ・腐れ縁なんて言えばそんな感じもしてきます。

そこに横たわるいろいろな矛盾、硬直化したように思える社会体制を見た時、どうしても意志決定の正しさと早さ、そして清廉さを求めたくなってしまいます。

なので独裁体制がその国で支持されることも多々あるのだと思います。ヒトラーも違う目で見れば質素な食生活、女性醜聞の無さ、子供(勿論ゲルマン民族ですが)を可愛がる、仕事に一生懸命だったわけです。東條英機にしても、大変質素な暮らしをしていて、確か遺産も殆ど無かったはずです。

でも普通に考えれば矯激に過ぎる行動に走ってしまい、国民を、世界の人びとを塗炭の苦しみに陥れました。

だからこそチャーチルは

「これまでも多くの政治体制が試みられてきたし、またこれからも過ちと悲哀にみちたこの世界中で試みられていくだろう。民主主義が完全で賢明であると見せかけることは誰にも出来ない。実際のところ、民主主義は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば、だが。」

と逆説的に、民主主義は時間がかかる、責任の所在が不明、利益誘導型になりやすいとの問題はあるにせよ、コモンセンス(常識)が発揮されるような政治を行うには結局これをうまく運用するしかないのではとしたのだと思います。

また、特定地域の利益誘導と言えば大変悪く見えます。まあ代表的なのは田中角栄と新潟ですが、それも政治と言えば政治です。彼が働いた結果、関越自動車道は出来、上越新幹線も出来た。あんな豪雪地帯に。それが新潟の民をどれほど勇気づけ、そして継続的な経済的な効果をもたらしたのでしょうか。ここで雇用が発生し、需要が発生するようになったら、正に経世済民が為されたとも言えます。だからこそ田中角栄は支持され続けたのだと思います。どこかの政党ではありませんが「生活第一」と言った時に、それを地元の為にその通りに考えて動いた政治家だったとも言えると思うのです。

(本当は選挙民を前にした演説で「ここにいる代議士になんでもお願いしてください。だってみなさんが育ててくれた政治家でないですか。せっかく育てたんだから使わないともったいない。もし彼が出来なくてもうちの派閥はどんな専門家も揃っているから、きちんと対応できるんです!」みたいなことを言っていたはずなので、その文を探していたのですが、見つかりませんでした。が、こちらのページに田中角栄論みたいなのが載っていて参考になるので、ご興味あればクリックしてみてください)

なので自分としては各地域の発展を論ずる場所と、国家機能、すなわち外交・軍事・治安は分けて選ばないと機能しないのではと考えています。上院-外政、下院-内政みたいな。この形で衆議院、参議院が機能しているならいいのですが、今はカーボンコピーだから、ただの無駄に見えてしまいますね・・・。まだ戦前の方が、貴族院と衆議院だったので、役割分けが出来ていたのですが。

雇用対策について、需要を作り出すより雇用を直接作り出すというお考えは確かに一つのアイディアですよね。実は自分もニュースキャスターがしたり顔でこの派遣切りを憂いたコメントをする度に「そんなにかわいそうだと思うなら、自分の個人事務所や、テレビ局で雇用してあげればいいじゃないか」なんて毒を吐いていました。

でも直接雇用は、継続的に多額のお金がかかります。またどうしても公務員は競争に晒されない分、既得権益の保持・官僚の無謬性に走るところがあり、結果として非効率的な体制が作られてしまうところがあります。

出来れば足し算であるよりは、掛け算、指数計算に持っていきたいわけです。「所得倍増計画」のように。

どんな政策を講じたら経済の波及効果、相乗効果が生まれるか、これを考えることこそが日本としての喫緊の検討課題だと思います。これは今までの経済活動以上のことをしようとしているわけですから、国民そのものや、国民から持ち上がった政治家そのもが一生懸命考えるべき問題です。その議論が全く持って低調なところが残念なところですね。

なんて長文になってしまい申し訳ありません。まあ、そんな感じでいろいろ考えるのも楽しいものです。

これからもどうぞ宜しくお願い致します。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

多事争論 -昨今の経済情勢と政治のあり方- ってほどでもありませんが・・・

以前の記事である、「弱者報道が社会の木鐸たるマスコミの使命?」に対して、拙ブログのレギュラーコメンテーター(勝手に名付けて申し訳ございません)お二人からコメントを頂戴しました。

そして返信を打っていたのですが、どうせなら年末企画と言うことで「多事争論」で議論風も良いかなと思い、こんな記事を立ち上げてみたわけです。

さて、げんきさんは昨今の政府の経済政策、特にアジア諸国の政策についてこう考察されていました。

アジア諸国は日本も含めて景気浮揚策、雇用対策というと公共事業への投資が第一に来ますよね。 公共事業発注→建築土木市場中心→所謂日雇い労働者の雇用を創出→消費の底上げ→メーカ企業の収益回復→従業員の報酬増→消費の更なる底上げ・・・ という長期サイクルを狙ったものだと理解しています。 政府が発注元になって大きくお金を使うにはやはりコレが一番なんでしょうか・・・


まあ、大本はF.D.ルーズベルト大統領時のTVA等のニューディール政策に端を発しているように思えます。すなわち総需要が不足している時に、政府そのものが需要を創出すべきと考えるかどうかです。

小泉内閣の時に竹中さんが考えていたであろうことは、

「政府が需要を創出しようとしても限界があり、また財政状況を悪くするだけ。それよりも、総需要が減少している状況にメスを入れ、経済活動そのものの活性化をはかる」

というものでした。あのときであれば、一番のガンであった金融の不良債権問題を解決し、民間の成長を阻害するような規制を廃止し、必要な金が必要な場所に流れ、本来持っている日本の成長力を発揮させようとしたものです。

私もそちらの論を正と考えています。だからこそ政府財政が極度の赤字では社会保障が成り立たないので、規制緩和→経済成長→税収増→社会保障の充実という流れを取ろうという流れが一番大事だと思っているのです。

今は時代は逆行しています。官僚に踊らされてかどうかは知りませんが、「小泉内閣が格差社会を作り出した」「小泉内閣の規制緩和のせいで、日本が塗炭の苦労を味わっている」と言った論調も見られます。で、実際のどの政策がそれを巻き起こしたかとは言わない。経済政策と社会保障は関係性はあるものの、同じではないのです。最低でもそれは区別した上で、マスコミも報道してほしいです。小手先の現象でなく、現在の状況の根本事由を解き明かし、その処方箋をお互いに考えていきたいものです。それなりの国内需要があり、教育レベルも高く、社会インフラが整っている日本の力に我々はもっと自信を持ち、それを発揮する有効な戦略を考えていくことこそが大事だと思うのです。

ある第一次世界大戦後の政治家がこう言いました。


私は我が民族の復興が自然にできるとは約束しない。
国民自らが全力を尽くすべきだ。

自由と幸福は突然、天から降ってはこない。
すべては諸君の意志と働きにかかっている。
我々自身の国家のみが、我々自身の国民のみが頼りとなる。
我らが国民の未来は、我々自身のうちにのみ、存在するのだから。

国民自身が国民を向上させるのだ。
勤勉と決断と誇りと屈強さとによって、
我が国を興した祖先と同じ位置に上がることができる。

こんな言葉を言う政治家がどれほどいるのでしょうか?
この言葉だけを捉えれば、ただうなずくだけです。
やはり我々ひとりひとりが何かに頼るのではなく、自分たちの意志と努力で事を成し遂げない限り、悪化する状況を立て直すことは出来ないと思います。

ところが、残念ながらこの言葉を語ったのは、あの悪名高きアドルフ・ヒトラー。
こうやって国民を鼓舞しながら、世界大恐慌下で膨大な賠償金を抱えていたドイツの経済復興を成し遂げてしまったのです。この時、オートバーン(ドイツの無料高速道路)、フォルクワーゲン(国民車を作り、国民に自動車を行き渡らせる)といったニューディール政策的なこともやっていましたね。

ここに政治の何とも難しいところがあります。強い意志のもと、一致した政策をすることによってうまれる成果。独裁であるが故におかしな指向であっても通ってしまう怖さ。スピーディーな意志決定と、それの維持。そしてチェック機能がうまく働いてくれないと、機能不全を起こすか、とんでもないことになります。

前に「対立教戦のコメントに対する雑感~パニックに対しての心構え~」で、混乱している状況でのリーダーシップの大切さを書きましたが、混乱している社会情勢で強力な指導力を持っているように見える政治家に人気が集まるのはある意味当然で、実際必要であるわけですが、だからこそリーダーシップに意義を唱えるのではなく、政策そのものに検討を国民が加えられるようになってほしいですね。そうすれば文武両道さんが危惧されている、ナチス勃興期のドイツと奇妙に似通う今の日本という状況も、いい方向に流れてくれるように思えます。

次に文武両道さんが下記のように仰られました。

私は10年前、経団連の近くのシンクタンクに出向し、企業価値を研究していました。 会社に帰って報告したのはキャノンでした。愛車はトヨタ、プリンターはキャノン。 両社の製品は際立って優秀で、それゆえ、私は買い替えることが殆どなく、両社にとっては、好ましからざる顧客です。その両社が相次いで経団連会長に就任したことを喜んだ私にとって、リーマンショック以後の両社の対応は、少なからずショックでした。日本の従業員を大切にすることが、まず社是であったからです。内部留保の取り崩し、役員削減、役員報酬カット、管理職の給与カット、そのあとにやむをえなければ・・・という姿勢が見えないのは残念です。

雇用を守ることが日本の企業の経営理念核心の一つであり、特にそれを守ると言い続けてきた2社だけに残念だと仰ることもよくわかります。しかしキャノンの御手洗さんの言っていることを追ってみると、ある意味必然だったのでしょう。彼は「正規雇用者を守り、そして雇用を確保しようとしていた」のでしょう。

○「人材の流動性の低い日本では終身雇用を維持する」と公の場で家族経営の利点を御手洗社長は説いた。

○会社の経営哲学は、人間尊重主義、新家族主義、健康第一主義を打ち出していた。

○工員と職員に格差があったが、御手洗社長の伯父時代、格差を解消、全員を月給制とした。

○御手洗社長になり、ベルトコンベアー方式からセル方式に変えた。チームで多数の工程をこなす。労働者の習熟が効率の鍵だった。セルにより2万2千人が減らせた。増産により実質は1万人だった。

○御手洗は週間エコノミスト誌上で「中国には行かない、出来る限り母国でやる。失業は防ぎたかった。そこで派遣や請負の業界が出来たことで助かった。おかげで空洞化は防いだ。人が足りず1万人の派遣を雇用した」と述べた。当時製造業への派遣は禁止されていた。派遣とは請負であった。

○大分工場=大分県佐伯市は御手洗氏の出身地、ここに新工場を次々に設立、キャノンのおかげで経済効果は3,000億円に及んだ。名誉市民になった。

○大分工場はデジタルカメラ生産拠点で6,000人が働いていたが4,000人は請負。設備も全て会社側、指揮命令も会社、人員だけが請負側であり、これが偽装請負と基準監督当局は見て指導した。その後も製品の出来高で請求せず、人数と時間で請求するという初歩的ミス。これで再度指導を受けた。

派遣切りが問題になったのは、ここの工場ですね。御手洗さんは「派遣や請負の業界が出来たことで助かった」としています。今回のお話はつまり発注先への発注をストップしたという感覚であって、レイオフをしたとの発想では無いと思うのです。

それをもって

「結果雇用削減に繋がることをしてけしからん!」

と言うか、

「そもそもその制度が無ければ大分とかの国内に工場を建設するという決断は無かった。つまりそもそも国内に雇用が創出されることが無かった。だから今回の事態も仕方ない。」

と考えるかだと思います。私は日本のメーカーが多数海外に生産拠点を移している実態を考えれば、後者の考え方を採っています。

派遣労働者の方々も大変な状況だと思います。ただ「学問のすすめ」ではありませんが、

「「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。されば天より人を生ずるには、万人は万人皆同じ位にして、生れながら貴賎上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの者を資り、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。されども今広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるものあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや。その次第甚だ明らかなり。「実語教」に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり。されば賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとに由って出来るものなり。」

の精神に照らし合わせた時、自分たちはどうだったのか考えるきっかけも必要だと思います。ただ、「あなた方はかわいそうだ」だけではなく。なのでこの問題を考える時、「大企業けしからん!」ではなく、こういった考え方が必要なのではないでしょうか。つまり、

1)国内の経済活動の活性化の方策

2)派遣労働者への社会保障政策として、企業成績の回復を見たら正社員化を促進することと派遣労働者自身のキャリアアップ(バウチャークーポン制度やコミニュティーカレッジ方式など)の導入を通じて、収入の安定化を図る

ことが急務だと思ってしまうわけです。

最後は前と同じ締めくくりですが、こんな報道を繰り返していると、やはり「日本は人材の流動性の無い国」で、「製造拠点を置くには不向きな国」と益々判断され、もっと産業の空洞化が進み、残る産業が第3次産業がメインの国になってしまう。すなわちこういった論点を盛んにされている方々が嫌う、アメリカそのものの就業状況になってしまいそうな気がします・・・。そうならないように、前向きな論点で展開されればいいのにと願って止みません。

お二方の文を勝手に引用して申し訳ございません。他の方々も含め、忌憚なきご意見がいただければ、ぜひコメントください。それはこの上もない喜びです。まさに「多事争論」が出来るわけですから。

長文をここまで読んでいただいた方、まとまりの無い文で申し訳ありませんでした。

では、来年も宜しくお願いします。

| | コメント (6)