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カテゴリー「旅行・地域」の16件の記事

福岡2日目〜工場見学

福岡の2日目は工場見学から始まりました。

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お邪魔したのはサンアクアTOTO株式会社の工場です。こちらは障害者の方の雇用のため、第三セクター方式で運営されているところになります。(詳しくはこちら

そういったところだけに、色々なところに配慮がされています。

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こちらの写真を見てもわかるように、配管が全て天井を通っています。車いすの通行の妨げやつまづいてしまうのを防ぐために全て上にしたそうです。


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こういった文具関係も入れ物に型が取ってあって、戻していないと、一目瞭然でわかるようになっています。


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こちらの工場はライン生産を止め、セル生産方式、すなわち作業員一人一人がその部分の全工程の作業を行う方法を採っています。こちらの方が工員一人一人が全体像を把握しやすいのと、一人の遅延が他に波及すること無く効率的に動くなどの利点があるのだと思いますが、そうなると、その一人一人の役割も重大です。その作業場に於いて、自然と工具が作業スペース付近にありながら、邪魔をしないような場所に退避するように使っているのがこの写真にも写っている通り、ペットボトルに水を入れたウォーターウェイト。滑車を使って、重みをかけ、使わない時はちょっと浮くようになっているのです。これも現場からの改善提案から生まれたそう。日本のモノ作りの強さと言われている「カイゼン」ですね。


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このように掃除用品も整理整頓。

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工具類も整理整頓と、とても整理されており、こういったところに意識の高さを感じます。


障害者の方が働きやすくすることは、健常者が作業の効率を上げることにもダイレクトにつながることなのだと、この見学で強く感じました。ちょうどちょっと前の「TEDY」の番組(おっさんテディベアのことではありません)で、義足のランナー→モデル・女優として大活躍されている方のプレゼンを見たこともあって、障害があることが、逆に健常者よりプラスとなることも必ずあるのだと改めて思いました。

このうちの少しでも仕事に活かせることが出来ればと思った次第です。


その後はバスで下関に向かいます。続きはまた今度書きます(^_^;

博多にいます

実はちょっとTOTOリモデルクラブというところの表彰式とかがあって、今日と明日の2日間、博多に滞在しています。

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割と朝からの出発です。

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久しぶりの飛行機なので、結構ワクワクしています(^^ゞ

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逆風に立ち向かっていったので、到着時間はちょっと遅れましたが、無事福岡空港に到着。パイロットさんお疲れ様でした。着陸がすーっとほとんど衝撃を感じること無く入ったので感嘆していました。


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結構空港はWBC関係の表示がありました。そっか、第一ラウンドは福岡ですものね。ちなみになぜ東京ラウンドのチケットははっきり売り出していないのだろうか?と思いましたが、考えてみれば第1ラウンドを通過しないと、第2ラウンドは無いんですね。

そしてそのまま福岡ドームに隣接しているヒルトン福岡シーホークで、昼食。

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その後は表彰式だったり、活動報告だったりが続きました。いろいろな取り組みを聞くのは参考になるし、刺激にもなります。皆さん、色々と考えてやっているんだなあと、当たり前のことを感じていました。

続いての夕食でも色々と興味深いお話しが。最近ではどんどん金型も中国で作るようになっている。リタイアした団塊の世代の方とかが技術指導も行っているので、品質面も向上していると、つい最近のNHKドラマ「Made in Japan」を彷彿とさせるようなお話しもあったりしました。

その後はTOTOさんの段取りよく2次会、


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3次会へと。

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段取りが良すぎるせいで、博多の街をさっぱり味わっていません・・・。明日は門司にも行ったりする予定です。明日こそは、色々と観光したいものです。

箱根旅行

実は月曜日の朝から例のジンマシン(クインケ浮腫)が目に発症して、お岩さんみたいな顔になってしまっていました。そんなこともあり、サングラスをして野球観戦に行ったほど。

ちょうどそんなこともあり、また第3水曜日といううちの会社特有のお休みもあったことから、思い切って箱根にちょっと旅行に行くことに。

箱根の小涌谷温泉なのですが、結構山の上ということもあり、まだ桜が咲いていました。

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今回泊まるところは「水の音」というところなのですが、ちょっと早く着いてしまったので、一旦宮下まで戻り、有名な富士屋ホテルを見学することに。

余りよく知らずに入ったのですが、レトロな建物と桜と新緑がとてもきれいで、思いの外良かったです。

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ホテルのロビーには戦前のホテルのパンフレットやガイドマップもあってかなり楽しめました。

そして「水の音」にチェックインしたのですが、こちらもまた色々とサービスが付いていてビックリ。

1)ウェルカムドリンク、というかロビーのコーヒー(コーヒーメーカーで作る)と昆布茶(実際に昆布を入れて抽出)が無料で24時間飲み放題。

2)温泉を出ると場所によって牛乳やアイスキャンディーが置いてあって、これもまたいくらでもOKで無料。

3)さらに夜10時30分以降は夜鳴きそばと言って、まあつまりはラーメンなんですが、これまた無料で食べ放題。

まあ色々とサービスしてくれるものです。部屋もとても使いやすく、大浴場の他に個別の露天風呂も付いていて、そんなこんなで今日はゆっくりとした時間を過ごすことが出来ました。明日もギリギリまで風呂三昧するつもりです。たまには温泉もいいものですねspa


坂の上の雲旅行4日目 -ドラマスペシャル館

最後の日はさすがに寄るところも少なかったのですが、ドラマスペシャル館というところがロープウェーの駅の2階にありまして、そこを見てきました。中はいろいろセットの小道具とかが展示されていて、スタッフさん達の苦労がしのばれました。

そして最後に記念撮影です。

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時代背景は違うものの、やはり

のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶の白い雲が輝いているとすれば、

それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう。

と生きていきたいものです。

坂の上の雲旅行3日目 -萬翠荘と道後温泉

松山旅行3日目は、もともとの予定では坂の上の雲ミュージアムで読み足りなかった色々な資料を読むはずでした。

ところが入り口にこんな看板があり、

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館内に入ったらボランティアガイドさんが萬翠荘をご案内いただけるという表示があったので声を掛けると、じゃあ早速という話しになり、まずは館内も案内しますよとのこと。

そこで聞いたお話は興味深いものでした。

松山藩は藩主が元は松平姓を名乗っていましたが、その関係からか幕末期、幕政では存在感を増していました。 13代藩主松平勝成の時、黒船がやってきて、松山藩は自費で神奈川に大砲を作ります。その功もあり出世し、第一次長州征伐では一番手の出兵を命じられ一応勝利します。そして第二次長州征伐では足並みの乱れもあり、実質は松山藩単独で攻めることに。 その後家督を譲り、第14代藩主の松平定昭は史上最年少で老中に就任となりますが、ここで戊辰戦争が勃発。 幾度も攻められた長州は松山藩を目の敵にしており、攻め込もうとします。 ところが松平家は土佐の山内家と姻戚関係にあり、その他もつながりがあったことから土佐が先手を打って松山藩を「土州預」とし、長州藩を入れなかったとのこと。但し松平姓は廃止し、久松姓としたとのことです。

展示では、幕末の動乱で土佐藩が進駐したとしか描いていなかったので、土佐は占領軍に見えましたが、見方を変えると恩人でもあったのですね。そりゃあ、秋山真之が上京する時に「伊予松山藩の名を高らしめよ」とも言われますね。

また、「新聞『日本』と子規」の展示室では、飾ってある新聞『日本』を手渡ししてくれて読ませてくれました。後で係員さんに怒られていましたがcoldsweats01

そこの記事には


中国という国はだらしがない。古来から歴史を振り返ってみてみれば、いろいろな異民族に侵略されているが、未だに「中華」と称して、体面ばかり高く取り繕っている。こういったことに対して庸懲しなければいけない。でも我が新聞社としては、中国をほしいままにしようとすることは反対だ。

みたいなことが一面にどーんと書いてありました。

また、イギリスのタイムス紙が掲載した物で、日露戦争開戦時に


「以前日本は三国干渉に応じて、寛大な姿勢を示したが、その結果ロシアの南下を招いた。今日本は国力も蓄え、以前のような善意による失敗がないようにするはずだ」

なんていう記事もありました。

まだ読み終わっていないので書評は書いていませんが、「日露戦争と新聞」を読んでも、当時の感覚というのは今の世の中と違う部分も多々あります。ここを理解しないで歴史を論じても、本質は衝けないんだろうなあと改めて思いました。


さて、殆ど資料を読むことも出来ないまま、萬翠荘へ。

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これは旧藩主の松平定昭の跡継ぎの久松定謨が建てたフランスルネサンス調の建物で、別邸として建てられました。西洋建築では左右対称で作る場合が多いですが、日本では左右非対称が多く、この建物も左右非対称になっています。夏休み前の仕事で紹介した家の建築家もそういえばそんなことをお話ししていました。フランス風にしていたのは、彼のフランス留学期間が長かったから。坂の上の雲をお読みになっている方なら気付くかも知れませんが、秋山好古が付き従った方がこの久松定謨さんだったのです。

まあ、ここまでは一般的に書いてあったのですが、ここから先はこのボランティアガイドさんのお話が冴えます。

この建物が出来てすぐに、当時摂政宮だった昭和天皇がこちらにいらっしゃいます。公式HPにも「裕仁親王(後の昭和天皇)の松山訪問に合わせ、完成を急がせたとも伝えられております。」と書かれています。というより、それが目的でこの建物を建てたのだと。なぜか?当時摂政宮は「宮中某重大事件」というものに巻き込まれ、ご自身のご結婚問題がありました。実は久松定謨さんの奥様は昭和天皇のお后のお母様の姉妹。11月22日に裕仁親王がいらっしゃった後、23日は新嘗祭(今でも勤労感謝の日となっていますね)の名目で、1日スケジュールが空いていたそうです。ちょうど微妙な時期に、微妙な関係の所でのご訪問。定かかどうかはわかりませんが、ロマンチックなお話しを・・・。

なんてことを資料を交えながらご説明下さいました。なるほど。また秋山好古が陸軍大将になったのに久松定謨は陸軍中将止まりだったというのも長州から疎んじられていた・・・、なんて話しを聞くと大正という時期はまだまだ幕末の匂いを色濃く残していたんだなあと思います。

そんな話しをお聞きしていたこともあり、予定が大分ずれて、結局坂の上の雲ミュージアムで資料は全く読めませんでした。またいつか行かねば。

そして夜は日本最古の温泉とも言われる、道後温泉本館に。聖徳太子も朝鮮の人と一緒に温泉に入りに来たそうです。

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建物もご覧の通り古く、冷房はありません。神の湯、霊の湯とあり、入館料によって差があります。今回は2階の霊の湯に入ることに。こちらだと貸しタオル、浴衣、お茶、せんべいが付きます。さて入ろうとしたら、館の人に「昭和天皇も入られた「又新殿」をご案内しますということで、こちらのご説明を聞くことに。松山は昭和天皇のゆかりの土地でもあったのですね。

そして霊の湯に戻り、熱いお湯につかったあと2階のこじんまりとした広間に。

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湯上がりだけに冷房無しはちょっと暑かったですが、じきに慣れてきて、扇風機の風が心地良く感じるようになりました。

ここで出てきたお茶です。ちょっとぬるめで美味しかったです。

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まあ、こんな感じに過ごした3日目でした。

坂の上の雲旅行2日目その2 -松山城

松山城について公式HPではこう書かれています。

松山市の中心部、勝山(標高132m)にそびえ立つ松山城は、賤ヶ岳(しずがたけ)の合戦で有名な七本槍の1人、加藤嘉明が築いた四国最大のお城です。

門櫓・塀を多数備え、狭間や石落とし、高石垣などを巧みに配し、攻守の機能に優れた日本一の連立式天守を構えた平山城を言われております。

松山城は、日本で12か所しか残っていない「現存12天守」のうちのひとつ、江戸時代以前に建造された天守を有する城郭の一つです。平成18年に「日本100名城」、平成19年には道後温泉とともに「美しい日本の歴史的風土100選」に選定されました。

また、日本で唯一現存している望楼型二重櫓である野原櫓や、「現存12天守」の城郭では松山城と彦根城しか存在が確認されていない、韓国の倭城の防備手法である「登り石垣」が二之丸から本丸にかけてあり、堀之内を含む城山公園全体が国の史跡で、「日本さくら名所100選(平成元年)」や「日本の歴史公園 100選(平成18年)」の指定も受けています。

HPにも書いてあるとおり山の上にあるため、松山城に行くにはまずふもとからロープウェーに乗ります。

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そして山の中腹あたりの長者ケ平に到着。本丸を上っていく道となります。

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まさに坂の上の雲って感じな風景です。

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松山城の配置はこのような感じ。とにかく説明文にもあるように、松山城は江戸時代より現存している状態ということもあってか実戦向きな造りでした。

険しい山の地形を生かし、敵の軍勢が攻め込んできたときに、道の幅がどんどん狭まり直線で攻め上がれないように折り返しを何度も重ね、その折り返し地点を袋小路とさせ、四方から一斉斉射出来るように塀、壁の至る所に穴が空いているような状況です。

写真でご紹介すると、攻め上がっていこうとすると

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そびえ立つ門があり、ここを打ち破るだけでも大変でしょうが、ようやく門を打ち破り中に入ると

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まっすぐな道ではなく折り返しがあり、そこを目がけて多くの穴がそこに向いており、勢い込んで入ってくると鉄砲・矢の一斉斉射を受けるような形。

山の上に位置しているので、守備側は全貌が見えるような位置。

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ようやく太鼓門を通り抜けるとしばらく平坦な道が続きます。ここに守備軍の大軍勢やら大砲やらを配置し、力で押すことも出来そうです。

そしてその道を越えると更に攻め上がるのが困難なように細かく入り組んだ配置になっています。

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これだけくねくねしたところを攻め上がっていく軍勢を、穴から狙う守備側。こんな感じで見えます。

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全ての穴が袋小路となる場所を向いていました!

そのまま更に上っていくと、またもや袋小路。

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道もどんどん急になってきます。

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内側はこんな感じになっています。守備兵がずらっと並ぶんでしょうね。

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こんな風に天守閣に行くまでこのような仕組みが執拗に続くのです。

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そしてようやく天守閣に入ることが出来ました。

中はいろいろな仕口が使われている木造のつくり。

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武具も展示されています。

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まあ、これだけ複雑な普請ですから大工さんを始め、職人さんたちも本当に大変だったのでしょうね。板の裏に描かれていた落書きも展示されていました。監督するお侍さんを描いたのかもしれませんね。

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天守閣も決して飾りではありません。高所から攻め上がる敵を攻撃できる穴そこらかしこにあいており、各要所を狙っています。

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また、こんな垂れ幕が??

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何かと思ったら、

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甲冑の試着が出来る場所だったんですね。ちょっとやってみたかったりもしたのですが・・・。


さて、そんなところを過ぎ、いよいよ最上階に。ここからは松山が山から海から一望出来ます。

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これもただ眺望を楽しむのではなく、戦時には敵の軍勢の動きの全体像を見るために、平時には領地の状況を見るためのものだったのでしょう。ここは大きな広間となっており、軍議とかも出来そうな場所です。

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ちなみに奥に写っている学生さんたちは体格も良いのでどんな子たちなのかなあと思い、引率らしき人に

「どちらかの高校の野球部の方ですか?」

と聞いたら、

「中学の野球日本代表選手たちですよ。今日まで坊ちゃんスタジアムで台湾代表と試合をしていました。」

なんて言うので、

「自分もこれから坊ちゃんスタジアムに六大学のオールスター戦を見に行くんです。あの子たちが来年以降甲子園をわかしてくれる選手になるんですね~」

なんて話をしていました。そのまま話は続き、「もともとオールスターはここの市長さんが呼んできた、彼はやり手なんです。」 「確かここの市長は慶應出身ですよね。」 「そうなんですよ、彼のお父さんが2代前の市長で、彼自身は幼稚舎から慶應なんだけど、お父さんがその後代議士になって、引退の時に戻ってきたんです。」なんて話をしていたら、横から野球のコーチの方が「そうなんですか!こう言ってはなんですが表敬訪問したとき、地方都市の市長さんとしてはとってもスマートな感じだなあと思っていたんです。」と合いの手。「そりゃあ、慶應ボーイからね」と引率の人が合わせます。そういえばこの城の一部が戦災で失われた箇所を再建しているときのビデオが上映されていましたが、昭和40年代の頃の話で、そのときの市長が「久松」さん。つまりここのお殿様の子孫。やっぱり繋がっていくものもあるんですね。中学代表選手たちはとっても礼儀正しくて、良い子たちだなあと思っていました。

そして天守閣を後にし、後ろを振り返ると鮮やかな景色。

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その後は坊ちゃん列車を見て、

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坊ちゃんスタジアムに行きました。しかし球場の周りは大渋滞。自動車のナンバーを見ると四国全県のプレートがすぐ見つかったりするほどで、四国の方々がこの試合を楽しみにしていたんですね~。おかげで時間設定がギリギリだったこともありちょっと試合開始から遅れてしまいましたが・・・。

それにしても坊ちゃんスタジアムは本当にいい球場ですね。きれいだし、まわりの風景にもとけ込んでいるし、天然芝は目に優しいし。

帰りに球場を撮ったものです。お月様と重なり合ってなんとも幻想的な雰囲気でした。昼間は大変暑かったのですが、夜間はさわやかな風がそよぎ、虫の声も聞こえてきて、気づかなったですが秋ももうすぐ近くに来ているんですね~。

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では、また。

坂の上の雲旅行2日目その1

松山旅行2日目は、今回の旅行の主目的のための1日のようなものでした。

こちら松山は、今日もまさに紺碧の空です。

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そんな中、JR松山駅で市電に乗るところから今日の旅程は始まります。

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車内のレトロな感じは何とも言えない味を出してくれています。この運転席、操作盤の懐かしさ漂う作りがいいですね。計器類が殆ど無いのがすごいなあと。

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と思ったらこの車体はなんと昭和26年製!大事に使えば電車ってこんなに保てるものなんですね。何回も改造された跡があり、例えばクーラーもしっかり付いているので、ちょっとガタガタするところはありましたが、快適な車内でした。

そうこうしているうちに「大通り」駅に到着し、下車しました。そして一路、最初の目的地である坂の上の雲ミュージアムへ。

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こちらの建物は日本を今や代表する建築家である安藤忠雄さんが設計したことでも知られています。彼の作風はなんといってもコンクリートの打ちっ放し。内部には木製の型枠のアクと思われる物がコンクリートに滲んだりしていて、それがまた味を出していました。

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館内は小説の「坂の上の雲」を踏まえながら明治の日本を紹介するといった感が強かったのですが、展示されていた物の中にはこんなものも含まれていました。秋山好古が師範学校に通い、また晩年は中学校の校長先生を務められたことからでしょうか。

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このように師範学校では、まず教え方から教えていたんですね。国の大本は教育にあり。明治政府はその教育というものをいかに大切に考えていたかが窺われます。先生の権利より、子供の自由より、まずどのように教えるべきかを考えていたのでしょう。

館内の展示で一番興味を引いたのは企画展の「日露戦争と明治のジャーナリズム1 新聞『日本』と子規」でした。

正岡子規も勤めた新聞『日本』の発行者陸羯南は新聞を「機関新聞」(公共機関や政党などの機関紙)、「営業新聞」(部数を売って儲けで運営する新聞)に分け、機関新聞は機関の主張をそのまま載せるだけであり、営業新聞は流行に追従するだけである、として両者とは違った己の主張をのべる「独立新聞」の必要性を強調しました。まさに今の世の中にも通用する意見です。

また、その展示室で展示されていた日露戦争時の各国の新聞のコピーとその翻訳版も大変興味深かったです。アメリカの好意的な態度(中国への新たな利権獲得を目指していた)、ドイツ・フランスの親露的な態度(ドイツ皇帝はロシア皇帝と姻戚関係、フランスはロシアと同盟国)、イギリスの論調(日英同盟)など、時間の関係上余り読めませんでしたが、当時の情勢が少し脳裏に浮かんでくるかのようでした。この流れを把握していれば、日露戦争後にアメリカが申し出てきた「満州共同開発」に対する日本の応対ももう少し考えようがあったようにも思えます。

他にもいろいろと坂の上の雲にちなんだ展示物があり、時間を忘れてしまいそうな、大変興味深い博物館でした。

次に、そこから徒歩4-5分かけて松山城のふもとのロープウェー乗り場に行き、そして松山城を見学するのですが、時間が凄いことになっているので、それはまた次回の時に。

では、おやすみなさいsleepy

坂の上の雲旅行1日目

なんとか休暇を取得し、人生初の四国に来ていますhappy01

今回の旅行の目的は

1.六大学野球オールスター戦の観戦

2.坂の上の雲関連の施設探訪

3.松山城見学

です。さてさてどうなるやら。

まずは何も考えずに早めに行った方がいいかなと思い、朝一番の便を取ってしまったので、殆ど寝ることも出来ず飛行機に搭乗することに。

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まあ、おかげさまで朝9時にはもう松山に着いていました。

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もっとも目的は決まっていたものの、旅程は全く決めていなかったこの旅行。松山空港の中でぱらぱらとガイドブックをめくって、そういえば海鮮物好きの管理人としては瀬戸内海の幸を食べないわけにはいかん!と急に思い立ち、松山空港から直接車でしまなみ海道のよしうみいきいき館を目指すことに。

外は相変わらずというか、より南に来ただけにもっと日差しが強いようにも感じるほどの暑さ。青空が抜けるようにきれいです。

途中で道の駅が見つかり、取りあえず寄ってみることに。「風早の郷 風和里」というところです。

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こんな抜けるような青さの空がとても気持ち良いところです。また海沿いなので後ろを振り返るとこんな感じで。

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結局ここでは景色をたっぷりと楽しみ、お仕事の電話をちょっとして後にすることに。

そのまま車は順調に進み今治に到達し、そこから西瀬戸自動車道に乗って来島海峡大橋を渡り目的地の「よしうみいきいき館」のある大島へ。

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そしていよいよ大島上陸です。

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目指す場所は高速を降りてすぐの場所なので、難なく到着!やっぱり自然がきれいな感じのところです。

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そして早速お目当ての「地元で水揚げされたばかりの新鮮な魚介類を豪快に焼く七輪バーベキュー」をすることに。まずは、店内の生け簀や籠から好きな具材を選びます。

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そして店内で会計し、机に持って行き七輪で焼いて食べるわけです。

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とれたての具材(多分です)なので、本当にとっても美味しかった!調味料もいろいろありましたが、こういうのには単純明快に醤油をたらすのが一番美味しいものですね。

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そうやってお腹も大満足したところで海を見てしばらくたそがれ、

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そして松山市内の宿泊予定のホテルに向かうことに。

途中の道でタコが空中に吊されていたりしていましたが、

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そんなことは気にせず(←記事にしている段階で十分きにしていますね)、渡ってきた橋に再度乗り、

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そのまま松山市内へ。松山は路面電車が走っていて風情がありますね。でも路面電車どころかSLもそういえば走っているんですよね。ちょっと乗ってみたいなあ。

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そして鶏屋さんを見つけ、そこで「足」(鶏のもも焼きみたいなもの)と「ざんぎ」(唐揚げのようなもの)を買って宿泊先の部屋で食べることにしました。特に足は程よい味付けと、肉がジューシーな感じで大変美味しかったです。

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今日は昼も夜も美味しいものが食べられて本当に良かったです。これぞ旅行の醍醐味ですよね。

・・・あれ?、この旅行の趣旨は「食いしん坊万歳!」でしたっけ?

明日は坊ちゃんスタジアムに行ってきます。この前の時のように割とリアルタイムで写真をアップ(スライドショー形式)出来ると思いますので、ご興味あればご覧くださいませ。

帰国しました!

なんとか無事に帰国することが出来ました。

また、思いもかけずに、たくさんの方から誕生日の祝福のコメントを頂戴することが出来、本当にありがたくもあり、また嬉しく思っております。

本当はすぐにでもお返事のコメントを打ちたいところですが、明日から仕事のため、今日は早めに寝ることにします。後日返信はさせていただきます。

それにしてもここにお集まりの方々は本当に温かい方々ばかりですね。いつも勇気づけられます。本当に、本当にありがとうございます。これからもまた、よろしくお願いいたします。

なお機上から撮った写真を少々。

雲の国です。曇り空の上を抜けたら、雲の国がありました。

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空から見た夕暮れです。今回は一眼レフは持っていかず、両方の写真とも富士フイルムのコンデジで撮ったのですが、なかなかいい画を出してくれましたhappy01

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明日には帰国です

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シドニーなので、ベタにオペラハウスの写真にしてみました。

さて、むりくり来てしまったオーストラリアから、明日にはもう帰国することに。

とはいえ、明日は午前7時にシドニー空港発の飛行機に乗り、途中ケアンズで乗り継いで成田に行くという強行スケジュール。なので、明日は4時に起きて、5時にはホテルのチェックアウトを済ませるという形になってしまいました・・・。ジェットスター航空のスケジュールの関係上、仕方のないことなのですが・・・。なのでシドニー滞在は実質今日で終わりです。

ただ、こうやって日常生活を離れてみると、いろいろと考えつくようなこともありました。そういったことを仕事や他のことにも活かしていければいいなあと思っています。実は今日が自分の誕生日でした。そういった意味で、また新たな一歩を踏み出すきっかけになればいいですね!

今までコメントくださっていたにもかかわらず、半ば放置状態にして申し訳ありませんでした。帰国してから、どれほどのペースで追いつけるかはわかりませんが、温かい目で(←自分で言ってしまいましたcoldsweats01)見守って頂ければと思います。では、今後ともよろしくお願いします。