国を動かす覚悟
坂の上の雲も第3話が終わり、いよいよ近代日本が対外戦争に乗り出す時期にさしかかってきました。
第2・3話の感想はどこに行った?と思うことはごもっともですが、暫しご容赦を。
ちょうど、第3話が放送された後文武両道さんが第1話の記事にコメントして頂き、そこで伊藤博文について書かれていました。それを読ませて頂いたらちょっとご紹介したいものがあったので、ここに記してみます。
この物語の終着点は日露戦争の講和です。この時の首相は桂太郎で、伊藤博文は枢密院の議長を務めています。そのまさにポーツマス条約を批准するか否かで国内は揺れに揺れます。あれだけ負担を強いられた(兵役で多くの命が失われたのは勿論、更には度重なる凄まじいと形容したくなるような増税もあった)国民としては、ロシアから賠償金をびた一文取れないことに民衆は激高していました。(WIKIの日比谷焼打事件をご参照下さい)
そういった中、天皇の最高諮問機関と位置づけられた枢密院で、ポーツマス条約を審議します。その時、議長である伊藤博文は自らこの条約の説明をしますが、その説明を是非ご覧下さい。
「日露講和条約批准に関する枢密院会議筆記録」 (From 国立公文書館 アジア歴史資料センター)(口語訳のみご紹介します)
議長(伊藤) ただいま書記官が朗読しました日露講和条約および追加の条項は、内容がきわめて重大ですので、議長みずからが報告を担当します。ご承知のとおり、昨年からの18ヶ月の長きにわたる戦争を終わらせる条約ですが、この戦争のために数十万の兵士を犠牲にして、10数億円の金額を使い(現在の約5~10兆円に相当)、結局は戦いがいつ終了するのかまるで予測できない情況になっており、アメリカ大統領の発案によって日本とロシアの両国への勧告がなされ、講和の交渉が開始されることになりまして、その結果この条約が締結されることになりました。この条約は過去に例のない関係を生み出す条約であり、事態は極めて重大であるため議長みずからが報告します。
講和談判に関しては、内閣で充分に審議しつくされ、そして陛下のお許しを得て全権委員の派遣の前にそれぞれ細かな指示を与えられたことは枢密院でご存じのことと思います。しかも全権委員は天皇陛下の命令を受け承り、話し合いの相手に対し全力をつくして交渉を成し遂げたと考えなければなりません。にもかかわらず、この条約については、言うまでもなく国の世論は様々な意見が提出され、激しく議論を戦かわす状況となっています。議長はみなさんとともに静かに開戦からの状況を深く見きわめ、この条約に対する天皇陛下のご批准についての賛否を決定し、ここで陛下の前でそのご心配事を取り除きご安心いただく手だてをとらなければならないと考えます。
この条約については様々な意見があります。世間の批判と議論はもちろん無視する訳にはいきませんが、枢密院は国家の重大な事柄を論議するところです。枢密院は、世間の議論と全く関係している部分がなく、衆議院などとは性格が大きく異なっており、重大な事件について陛下が判断し決定するにあたって、補佐させて頂くところがなければなりません。これが我々の職務上の本分であります。陛下がご決断されるにあたって、真心をつくしてお考えに適うようにすることが我々の職務上の責任であります。
よくよく考えてみますと、世間で様々な議論が出ている中で枢密院は落ち着いて考慮し、談判ではかけひきをする相手国がいるものですから、この条約の締結については陛下の命令を受けた全権委員が全力をつくしたものと考えなければなりません。
敵国は満州の大地では敗れたものの、なお戦争を継続する力があります。また、敵国は戦いには敗れたものの、いまだ降伏を求めているわけでも和平を求めているわけでもありません。世界の状況を考えた上で、講和の交渉を開始すると同意したのですが、我が全権委員は力の限りをつくして交渉の任務にあたったものの、その結果、相手国は我々の要求を全て受け入れたわけではないことは事実であります。
政府の見解と世間の無責任な議論とは、そもそも一致しにくいものです。全権委員が全力をつくしても結局妥協することができない場合は、政府はこの条約で戦争の終わりを告げるべきなのか、それとも交渉を決裂させるべきなのか、もし、交渉がうまくいかない時は、将来いつになったら戦争の終了を告げられるのか、ほとんど予測することができない情勢であることはまず間違いないと確信しています。
このように国家の重大な案件を即断しなければならない時、政府は危険な道を避け、安全な道を選択し、短時間の内に議論をまとめ、責任を負い、さらに数万の人命を失い十数億の軍費を費やすよりは、人道上と国家の利益から考えて議論を決定して、今日、この条約のご批准を天皇陛下に申し上げて裁可をあおぐことになったものと枢密院では考えざるを得ません。
本件は極めて重大なので、あなた方も陛下と国家の心配を分担する考えから充分にご検討されたことと思います。議長は細かい事柄に言及するよりは、全体的な見地から、開戦以来の全ての状況にもとづいて陛下のお尋ねに答えるべきであると確信し、意見を述べた次第です。ご議論、ご質問がありましたら、担当大臣も出席されておりますので、随意におねがいいたします。熟慮の上で決定されるよう、切に希望します。
議長(伊藤) 各議員においてご意見を述べられる必要がなく、またご質問もなければ採決します。天皇陛下がご批准されるべきであると考えます。みなさんの起立をお願いします。
〔全会一致〕
議長(伊藤) 全会一致をもって賛成されました。
司馬遼太郎はしばしば明治人達のリアリズムの徹底に触れますが、公文書に残されている記録からも、少なくとも伊藤博文は全く日本海海戦や奉天会戦での戦果に浮かれることなく、日本の置かれている状況を冷静に見ていたことがわかります。
特に「政府の見解と世間の無責任な議論とは、そもそも一致しにくいものです。全権委員が全力をつくしても結局妥協することができない場合は、政府はこの条約で戦争の終わりを告げるべきなのか、それとも交渉を決裂させるべきなのか、もし、交渉がうまくいかない時は、将来いつになったら戦争の終了を告げられるのか、ほとんど予測することができない情勢であることはまず間違いないと確信しています。」の言葉を、今の政府の方々に送りたいと思います。「戦争」を「交渉」、ないしは「普天間基地移転」という言葉に置き換えてみたらどうでしょうか?
伊藤博文という政治家のリアリズムに感嘆すると共に、今の政府の「リアリズムの欠如」に、不安を感じています。
| 固定リンク
| コメント (4)
| トラックバック (0)
|










最近のコメント