カテゴリー「映画・テレビ」の14件の記事

NHKスペシャル 日本海軍 400時間の証言 第三回 戦犯裁判 第二の戦争  を見て

いよいよこのシリーズも最終回です。いつもの通りまずは番組のHPのご紹介から。

戦後行われた極東国際軍事裁判いわゆる東京裁判。戦争指導者として文官一人、陸軍関係者6人が絞首刑となったが、海軍関係者の被告は終身刑。その後釈放された。090811_a


「海軍反省会」では、海軍という組織を守るため、水面下で海軍トップの裁判対策を組織的に行っていた事実を詳細に語っている。勝者の裁きに対抗するため彼らが行った活動とはどのようなものだったのか。

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海軍が解体された直後に出来た組織、第二復員省。海軍の頭脳と言われた軍令部の参謀の多くが戦後ここで裁判対策を担った。戦争の責任に海軍の中枢にいたエリートたちはどのように向き合ったのか。

反省会で交わされた当事者たちの議論を通して、「戦争責任」とは何か、「歴史」とどう向き合うかを考える。

今回の番組は開戦時の海軍大臣であり、後に軍令部総長も兼ねた嶋田繁太郎大将が東京裁判で死刑を逃れ終身刑となり、後に釈放される場面から始まります(そういえば、逆に死刑判決となった武藤章元軍務局長がその後の嶋田大将の笑い声が気になったと何かの手記に書いていました)。

この東京裁判を始め、各種戦犯裁判で海軍省から名が変わった第二復員省、通称二復、そしてそこに多く所属することになった軍令部の参謀たちがありとあらゆる対策を行っていたことを証言を交えて紹介しているわけです。

その根本方針は、いかに責任の所在を上まで上げさせないか、言い換えれば現場の責任として押しとどめるかにありました。究極的には「天皇陛下に戦争責任を遡上させないよう」というところから始まり、そこに帰結しないためにもなるべく下の方で責任を納めたいというのが考えです。

戦争犯罪にはこのとき大きく分けて二種類のものがありました。平和に対する罪と通常の戦争犯罪、すなわち人道に反する罪です。平和に対する罪は、開戦を決断した段階ですでに上層部の有罪は免れません。(もっとも、戦争とは双方がいて起こるもので、一方的にどちらかが悪いとは決められないはず。また、人道に反する罪も戦勝国側が裁かれることは殆どありません。これが報復裁判と言われるゆえんです)
これに人道に反する罪まで背負ってしまっては、上層部の責任は極限まで高まってしまう。なので、捕虜の処刑など人道に反する怖れのあるものは軍令部の指示とならないような工作を多々、組織的に行っていたというお話しです。

まずこれを見て感じたのは、天皇陛下の御名を使い統帥権を弄んだ人たちが、天皇陛下の護持の美名のもと自己保身に走ったといった印象です。どこまで天皇陛下を隠れ蓑に使おうとしていたのかと。そういえば幕末の時代、尊皇を掲げていた志士たちは、その当の天皇陛下のことを「玉」と隠語で呼んでいたそうです。必要以上に天皇陛下の御名を語る人たちは、本当に天皇陛下を大事にしていたのかと思うのです。

但し、一方で組織防衛上、上を守る必要があるのもわかります。上が全否定されると言うことは、とりもなおさずその組織全てが否定されることにつながります。ここは国の根幹である軍という組織と、厳然たる元首である天皇陛下を否定してしまうと言うことは、日本という国そのものを否定することに繋がり、戦後の復興どころではない話にもなりかねません。例えば今のイラクを見ると無政府状態という言葉がしっくりきますが、10年前は良い悪いは別にしてフセイン大統領の下、中東の一強大国としてイラクはあったわけです。今ある統治機構を完全になくしてしまう怖さが表れています。

つまり道義的、倫理的にはまったくもってどうかと思う行動であり、組織論・国を守るという意味ではやむを得ない部分があったと言えると思うのです。

なので、問題としては上層部の人たちのその後の身の処し方だと思うのです。

例えば今村均陸軍大将はラバウルで終戦を迎えた後、オーストラリア軍の裁判で禁固10年の判決を受け、巣鴨プリズンに収容されますが、それでは南方の戦犯収容所で苦労している部下たちに申し訳ないとマッカーサー元帥に直訴し、南方に移送してもらい、釈放された後は、自宅に謹慎室を設けて反省の日々を送ったと言います。そういったような心持ちを持つことこそが大事だったように思えるのです。

司令官と参謀、決断を下す責任者と、それを補佐し頭脳を駆使してよりよき方向に導く存在。その関係の難しさを感じました。「菊と刀」で日本は「恥の文化」と表現されています。恥を知る文化だと。先の戦争でも恥を知る人もいれば、失礼ながら知らない人もいました。今の世の中でもそうですが、割合は更に変わってきているような気がします。自分もちゃんと「恥を知っている」のか?自問自答してみると、まだまだ心許ないと思います。高杉晋作の辞世の句で、望東尼が継いだ下の句。一部では評判が良くないですが、自分は好きな句です。

「棲みなすものは心なりけり」

結局は心なのでしょう、何にしても。

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NHKスペシャル 日本海軍 400時間の証言 第二回 特攻 やましき沈黙 を見て

では、続いて第二回を見た感想です。

番組のHPにはこう記されています。

人の体を兵器代わりにして体当たりする”特攻作戦”。これまで現場将兵の熱意から始まったとだけ伝えられてきた。090810_a しかし、海軍反省会のテープは、「神風特別攻撃隊」の一年以上前から『軍令部』が現場の熱意とは別に、組織的に計画、特攻兵器を作り続けてきたことを赤裸々に語る。さらに『軍令部』の元参謀は「特攻」はあってはならない作戦と自覚しながらも、その計画を推進してきたことを証言する。090810_b


海軍から始まり、陸軍にも広がっていった「特攻」で亡くなった将兵は5千人以上。そのほとんどは20代の若者たちだった。

過ちと分かりながらなぜ当事者は「特攻」を推し進めていったのか。反省会の議論から「特攻」を生んだ組織の姿を浮き彫りにする。

今回の放送で一番主題とされていたのは「(戦争の作戦立案を行った)軍令部が特別攻撃に関与していたのかどうか?」という点でした。

つまり、上記の番宣にも書いてありますが、これまで特攻と言えば大西中将の立案であり、現場将兵の熱意から行われたと、もう少し現場の声から言えば志願制となっているが、実際は編成されていたという話しは出てきましたが、そう言えば誰がこれを実際に立案し、実行させたかということについては余り触れられていなかったような気がします。

この番組では中澤軍令部第一部長が、特攻に軍令部は関与していないと言っているのはけしからんと、実際に海上特攻兵器(回天)を指揮した元中佐の問いかけから始まります。そして、資料を基に、軍令部自体が敷島隊の初特攻の1年も前に特攻兵器の開発を命じている点や、攻撃の1週間くらい前に軍令部からの発信電報で、特攻を国民の戦意昂揚と全軍の士気を高めるため、逐一特攻の事実を発表する旨が書かれていたことを挙げ、これでも第一部長たる人が知らなかったのはおかしいではないか?と。

これに対して、実際に軍令部第一部に勤務してた中佐が、人の気持ちの問題だからと曖昧な態度に終始します。

結局現場にいる人間は、戦後も重い十字架を背負いながら苦しんでいたのに、それを命じた上層部は・・・という訳です。

そして番組の最後で、戦犯裁判対策の話しのさわりが語られて、次回に結ぶと。

確かに、一人の中将の気魄で、現場の将兵の熱意で、それらが行われたとはとても思えない。しかも犠牲になっているのが、学徒出陣等で招集された、経験不十分の若者ばかりというのも引っかかります。

勝手な私見ではありますが、この特別攻撃というのは

1)日に日に逼迫してくる兵器の破壊と生産の遅れから、出撃する艦船をすでに持てなくなった海軍の存在理由の消失に対する焦り
2)昭和18年5月30日に陸軍がアッツ島にて、いわゆる「玉砕」を行い、陸軍は死を恐れず護国の盾となっているのに、海軍は何もしなくていいのかという、陸軍との比較から来る焦り
3)戦局打破の期待

から来ているのだと思います。そのため、軍令部の方でも急ピッチで検討が加えられた。そして敢えなく敗戦となった後は、戦犯裁判対策上の必要、つまり人道に対する罪を避けようとするところから、組織的に編成した部分はきれいに隠されてしまったのではないかと、この番組を見て強く感じました。

番組では最後に「いけないと個人個人ではわかっていたのだが、組織のムードに流され声をあげられらなかった」ということに理由を求めています。

しかし、行け行けドンドンの時は下克上で直属の上司が首を振らなかったら飛び越して上役に意見具申していた人たちが、勢いが悪くなると口をつぐむというのはこれまたどんなものでしょうか。
何でもそうですが、威勢の良い意見というのは何でも通りやすいところがあります。
振り返って、冷静に物事を見る意見は小さく扱われがちです。
こうならないように、組織のトップは常に目を配る必要がある。

でもそれだけではないように思います。結局は打破する方法が浮かばなくなった時に、それでも考え続け、何とか打開策を見つけるか、安易な方法に逃げ込んでしまうかの違いだとも思います。

ゴルフに例えるのは適当ではないかも知れませんが、どうしようもないなあと思えるラフにはまった時どうでもいいやと適当に振ってスコアをどん底に落とすか、その中でも最善手を考え続け、スコアを何とかまとめるかの違いだと思います。もっとも自分はゴルフでは前者に極めてなりやすいのですが・・・。

参謀は考えるのが仕事なのだから、極めて困難な状況であろうともやはり考え続けるべきだった。それが出来ないと思ったのなら、前線で戦うべきだった。そう思うのです。

大西中将は、日本の敗戦を見とどけると、8月16日、「特攻隊の英霊に曰す」で始まる遺書を遺して割腹自決。遺書には特攻で散華した兵士達への謝罪と共に、生き残った若者に対して軽挙妄動を慎み日本の復興、発展に尽くすよう諭している。自決に際しては敢えて介錯を付けず、また「生き残るようにしてくれるな」と医者の手当てを受ける事すら拒み、特攻隊員に詫びるために夜半から未明にかけて半日以上苦しんで死んだといいます。

それと比べて、「一億総特攻」と勢いの良いことを戦時中は言いながら、いかに組織上口をつぐむ必要があったとは言え、責任を明らかにせず、違う行動をとった人たちに対しては、何とも言えない感情を抱かざるを得ません。例え、毎日戦死者名簿に供養のお経を唱えていようとも。

人を指揮する者の責任の重大さと、心の持ち方について深く考えてしまう内容でした。

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NHKスペシャル 日本海軍 400時間の証言 第一回 開戦 海軍あって国家なし を見て

昨日は茨城に行っていたため、録画していた番組です。楽しみにしていましたが、やはり期待を裏切らない、大変興味深い番組でした。

番組のHPにはこう記されています。


太平洋戦争の開戦の鍵を握った大日本帝国海軍・軍令部。090809_a全ての基本作戦の立案・指導にあたり、絶大な権力を持った『軍令部』の実態は、資料が殆どなくこれまで闇に包まれていた。


「海軍反省会」。戦後35年が経過した昭和55年から11年間、海軍の中枢・『軍令部』のメンバーが中心となって秘密に集まっていた会合である。70~80代になっていた彼らは、生存中は絶対非公開を条件に、開戦に至る経緯、その裏で行った政界・皇族・陸軍などへの働きかけなどを400時間にわたって仲間内で語っていた。戦争を避けるべきだと考えながら、組織に生きる人間として「戦争回避」とは言いだせなくなっていく空気までも生々しく伝えている。

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太平洋戦争で亡くなった日本人はおよそ300万人。アジアでは更に多くの人命が失われた。
当時の日本のエリートたちはなぜ開戦を決意したのか。彼らが残した教訓とは何か。シリーズ第一回は太平洋戦争に突入していく経緯を当事者の証言から浮かび上がらせる。


この会議はもともとは「同じ過ちを後世の人が繰り返さないために」ということで始めているのですが、やはり人物像というか、その人のなりというのが会話で出てきます。

例えば軍令部作戦1課というエリート中のエリートだった人は、ミッドウェー海戦の作戦は投入する艦隊の量も疲労回復等準備の面からも無理をし過ぎていると思い一生懸命反対したが、永野軍令部総長が山本連合艦隊司令長官の言う通りにやらせてあげようと言って作戦が発動されることになり、こんな作戦をするなんて!と思って自分は泣いてしまったと何度も繰り返します。

また、昭和15年12月12日、海相の認可を得て、海軍中央に『海軍国防政策委員会』が発足しました。・・その中心になったのは第一委員会で、これが国防政策や戦争指導の方針を分担業務としました。委員は海軍省から高田軍務局一課長、石川同二課長、軍令部から富岡一課長、大野戦争指導部員の四大佐で、幹事役として藤井、柴、小野田の三中佐が配属されました。高田利種大佐がのちに『この委員会が発足した後の海軍の政策は、ほとんどこの委員会によって動いたとみてよい。海軍省内でも、重要な書類が回ってくると、上司から、この書類は第一委員会をパスしたものかどうかを聞かれ、パスしたものはよろしいと捺印するといったぐあいに、相当重要視されていた』と語っていました。

その当人も反省会に一度だけ出席してこう言いました。
「私、高田利種が第一委員会にいたということ。それについて逃げも隠れもしません。私は確かに所属していました。」「アメリカとの戦争に勝てるかどうか、確信を持っていたかどうか、覚えていません。」

・・・ん?

当時の、それも帝国海軍のトップ級の頭脳達がこういうことを言うのです。

出席者の一人は、この遠因を軍令部が伏見宮殿下を当時軍令部長に招き入れるという策を取ったことから始まると喝破しています。

陸軍が昭和6年に閑院宮殿下を陸軍参謀総長に頂いたことに対抗して、昭和7年に海軍の軍令部長に伏見宮が就任するわけです。彼は自分の役割をよくわかっていました。今まで陸軍に比べて相対的に地位の低かった海軍の権威拡張を皇族の威光をもって図ろうというものです。海軍はそれまでのロンドン・ワシントン条約により軍艦の制限を受けており、鬱憤が溜まっていました。この時に統帥権干犯を政友会の鳩山一郎が騒ぎ立てたりするのですが、その鬱憤を皇族部長のご威光で打ち破り、軍縮条約の延長を取りやめてしまい、建艦競争に突入し、英米との対立を深めていく結果になってしまいます。

多分伏見宮も海軍、それも軍令部の権威拡張のために動いてあげたと思っていたのでしょう。そして具体的な行動は下の者に任せた。そしてそれを振り付けたのが、強硬派の人たちでした。

前述の高田大佐は違った場所で、こういった一連の強硬路線を、「海軍の予算獲得と権威拡張のため」とはっきりと言っています。

そういった人たちが、作戦が失敗すると思っていたと今更ながら言い訳し、さらに泣いたんだと強調することで、自分の責任ではないんだと訴える姿勢。あるいは、「逃げも隠れもしない」と言いながら「覚えていない」と逃げてしまう姿勢を見せているのは、ある意味納得出来ます。そういった人たちが作った作戦だからこそ、ああいった結末を迎えたのかなあと。

勿論番組の作り方もあるのでしょうが、今回を見た限りでは、対米戦に勝つか負けるかという研究よりは、海軍としてどう行動すべきかという観点に終始し、自分たちに都合の良いようにムードを作り出し、そのムードが手に負えなくなると知らんぷりで自分はわかっていたんだが・・・といった風に首を振るだけといった感じでした。

これは今の省庁にも言えるような気がしますし、身近な場所でもそういったものをよく見るような気がします。

いいとか悪いとかでは無く、殆どの人間が、例え頭が素晴らしくいい人であってもそういった状況に陥りやすいと思うのです。

であれば、それを理解した上で、その組織をリードしている人間が、いかにそういった面を無くし、組織として合理的な判断を下せるようになるかが一番大事なのではないでしょうか。それを考えることが出来てこそ、この番組を見た意味があるのかもしれません。

次の回(もう放送されていて録画もしていますが、さすがにもう寝ます・・・)も本当に楽しみです。

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「ラストゲーム 最後の早慶戦」 とてもいい映画でした!

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前回のブログに書いたように、この前の木曜日に「ラストゲーム 最後の早慶戦」の試写会を見に、有楽町のよみうりホールに行きました。

仕事の後に行ったので、6時40分の開演ギリギリに到着。席は予想外にすでに満席になっていました。周りを見ると年配の方が結構多かったので、やはり両校のOBが多いのかなとも感じました。

このお話自体は、知る人には割と有名な話だと思います。もちろん私も知っています。だからなんとなく事実をなぞっていくのを見るのかなと思いましたが、これほど心を揺さぶるものになっているとは思いませんでした。

最近の太平洋戦争ものだと、派手にドンパチやって血も出て戦争の悲惨さと愛を訴えたり、実像以上に崇高な精神の持ち主たちがお国のために戦ったり、やたら自由な発想をする人が戦争の矛盾点を指摘するみたいなのが多くて、作り手の主義主張が目に付くものが多かったように思います。

ところがこの映画は、淡々とその当時の人たちの気持ちを綴っていく。ここに惹かれたのです。

1)兄弟間のつながり
抑制しながらも、兄は弟の幸せを願って自分の務めを果たそうとする。弟は兄をやっかみつつも、感謝とあこがれをもって敬う。昔の日本にはこの精神はそこら中にあったと思います。楽天の野村監督もお兄さんが学費を稼ぐからと言って高校に進学させてもらって、野球を続けたそうですね。

2)親子のつながり
子を誇りに思う親。子が愛おしくて仕方がない親。子が不憫で仕方がない親。子の思うとおりに生きさせてやりたい親。しかし私情を周りに吐露することなく、崩れることなく、国民の責務を全うしようとする親。しかし以前の部分なら現代の大多数の親も持っているものでしょう。但し、後半の部分の気持ちを持っている人がどれくらいいるのでしょうか?今の世の中は自分の子供を「私」ではなく「公」として捉えている親がなんと多いことかと。

3)信念の強さ
あえて義塾側から述べましょう。ちゃんと「海軍主計大尉小泉信吉」にも触れてくれた制作者側に感謝ですが、小泉信三塾長の塾生(学生)たちへの愛情の深さと国民の義務と親子の情への理解の深さ。さすがに石坂浩二さんは塾員ですね。映画ではほとんど触れられていない場面でも、そういった背景をしっかり表現しながら演技されていました。彼はきっと「小泉信三伝」も「海軍主計大尉小泉信吉」も読まれたんでしょうね。「練習は不可能を可能とす」と唱えた小泉塾長が野球部員の帰郷を許可するということは、そこにどれだけの塾生と親との情に対しての思いを込めたのかが想像されます。また、早稲田の田中総長も自分の信念から反対を貫くものの、やると決まれば職を賭して部を学生を守ろうとする気概。飛田穂洲の早慶戦実現に向けた鬼気迫る思い。この映画に出てくる大人たちは自らの信念を持ち、それに殉じる覚悟があるように見えました。

4)細かい部分の作り込み
まずは野球部員の人たちがちゃんと野球が上手い。オーディションの基準がそもそも野球経験者だったらしく、甲子園出場者もいたほど。ノックのシーンを見て、ああこりゃあ本当に上手いやと思いました。しかも当時のフィルムを見てフォームも当時に合わせ、かけ声(オーライとかナイスピーとか)も確認しながらやったとのこと。また慶應側では別当薫をちゃんと登場させていて、当時の六大学のヒーローであったこともそれとなく扱っている。また飛田穂洲は茨城出身ですが、ちゃんと茨城弁を喋っている。監督のこの映画への愛を感じます。

5)青春の熱さと儚さ
敢えて言えばたかが球遊びにあそこまで夢中に、ある意味命を賭けて取り組む姿勢。燃えさかる闘志。そして「最後の早慶戦」をやり遂げた後は戦場に向かう。そこで勇ましく突撃するシーンにしないで、実写の零戦が特攻するシーンを流し、最後に片翼をやられた零戦がクルクルきりもみ状態になりながら墜落していくシーンで終える。しかもそのシーンはスローで流す。そんな画面からは青春の儚さというか、蛍が散っていくかのような儚さを感じました。一番涙が出たシーンが実はここです。いろいろな思いが込められた映像だと感じたので。

6)試合後のエールの交換
慶應義塾大学の第一応援歌「若き血」と早稲田大学校歌をそれぞれ相手校が歌う。ここに意義があったのだと思います。相手を称え合い、今後の健闘、すなわち学徒出陣での武運をお互いに祈る意味があったのでしょう。これも心に残りますね。
もっとも史実では「皆の感情が堰を切って、あふれたのが試合終了後。スタンドのどこからともなく聞こえてきた軍歌『海ゆかば』の歌が、やがて、皆の大合唱になったんです。両校の応援歌や校歌も、皆が肩を組んで涙を流しながら何度も歌いました。早慶戦ができた喜びと、出征のやりきれなさがあの一体感を生んだのでしょう。」とのこと。その情景を想像すると、心が揺さぶられますね。

いろいろと印象的なシーンのある映画なので、多少なりとも興味のある方は、是非ご覧ください!

(当時の写真)
Soukei


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明日は♪

ラストゲーム 最後の早慶戦」の試写会の券が当たったので、明日は有楽町まで見に行きます。楽しみだなあhappy01
何事もなく、明日の仕事が無事終わりますように。

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最終回?

最近にしては珍しく見続けたドラマの「ラスト・フレンズ」。出演者たちの旬の演技がとても良く、脚本も引き込まれるような感じで、ここしばらくの木曜日の午後10時はとても楽しみでした。

で、楽しみにして見た最終回。・・・、なんとも言えないなあ。今回はちょっとあざとさが目に付きました。たとえば赤い斑点のある毛布を下から映し上げるとか、ダンプにぶつかるとか、出産時に出血が大変だとか、何度も死をイメージさせておいて、そのたびに特に深く触れるでもなく大丈夫でした!みたいなノリ。明らかに今までと違う浅い感じがなんともcoldsweats01締め切りが迫っているのに先生倒れて、慌てて弟子が脚本を書くことになり、とりあえずこのドラマはスリル感が大事だからと言われて書いたみたいな。

でも、今まで楽しませてくれたことには感謝しないと。出来ることならあと2~3話やって、その後のことを丁寧に描いてほしかったかなあ。1クールの連ドラだとなかなか難しいだろうけど。

みなさんとってもいい役者さんたちなので、またこのメンバーで面白いドラマを作ってほしいですね。

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「ぼくたちと駐在さんの700日戦争」試写会を見て

このブログへの投稿も早1年ぶりくらいとなってしまいました・・・。

で、早速本題ですが「ぼくたちと駐在さんの700日戦争」の試写会、それも@niftyさん主催のを見に日比谷まで行ってきました。

この原作は「ぼくちゅう」と称され、種々のブログランキングで1位になっているネット小説ものです。知人に勧められ、昨年の夏頃から読み始めましたが、笑えたり懐かしかったりで割とはまったので、試しに試写会に応募してみたら見事当選!となった訳です。

映画は最初の第5章までをそれなりに端折って、展開していきます。
最初キャストを見たときはなじめないモノを感じましたが、それぞれがその人なりの役を演じていたので、これはこれで楽しめました。
特に自分も結構イタズラ好きなところがあるので、みんなでしょうもないイタズラを考え、一生懸命実行しているところとか、随所に溢れる昭和の香りにクラッときました。この映画の監督の塚本さんは時効警察もやったみたいですが、ところどころの小物がとてもグーです。駐在所にある標語の「取り締まれ 治安を守れ 義理」の上三文字が「とちぎ」となっているところなんかも好きだなあ。

原作のブログの方では、当時の大人たちは結構大人げないところもあったけど、大きな愛で自分たちを見守っていてくれて、それが自分たちが悪い方向に行かなかったんだ、みたいな下りがあります。この映画の中ではそうは言っていませんでしたが、そんな雰囲気が漂っていていました。振り返って自分たちも、今まさにそれくらいの大人になっている訳ですが、特定でない自分たちのまわりの人たちに対してどれくらい大きな愛を持てているんでしょうか?

上映中は結構まわりから笑いが起こり、終わった後も方々から「楽しかったね!」とか「懐かしかったね!」とか「○○○ギはつまんなかったけど、こっちはとっても面白かったね」とか、結構な評判でした。

ストーリーの展開も面白いし、小ネタもあるし、役者さんたちも味のある演技をしているし、興味がある方は是非一度ご覧になられることをお勧めします。

では、また。

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5/13放送のETV特集 シリーズアジアと明治日本 アジア留学生が見た日本を見て

書くと言っておきながら放置してしまっているお題目です。

今まで自分は、なぜ明治日本が日露戦争の勝利でアジア各国の青年から希望の星と見られたという記述は数多く見られるのに、その後逆に敵扱いになってしまっていったのか疑問に思っていました。
今回の番組はその答えのヒントをくれたような気がしました。

アジア各国の青年たちは、日本の成功を見て素直に感心し、我々も頑張らねばと思った。そしてその成功の要因は西洋文明を受け入れたからだと捉え、自分たちがその学問を学ぶには地理的にも近く文化的にも近い日本に留学するのが一番と考え、日本に来たとのこと。つまり、日本に対するあこがれと言うよりは日本を通して西洋を見ようとしたわけです。

当然、どこの国でもよそ者に対する偏見という物は多少はあります。しかし、やってきた留学生は日本を少し先に行った仲間と考え、少なくともあこがれとは抱いていない分、そういった偏見に対してもナーバスになっていたようにも見えます。

また、日本の方もアジア云々よりは西洋列強にいかして伍していくかが課題となっていたため、西洋の立場からアジアに接しようとします。(もっとも番組では触れられていませんでしたが、明治初期は一緒になって立ち向かおうとする機運が高かったようですが、それに対する相手側の反応があまりにも鈍く、また従来の中華的秩序から来る西洋化しようとしている日本に対する侮蔑的態度もあり、何度も失望した結果とも言えますが・・・。)

すなわち、搾取をおこなうということです。

こういったことが重なり、やがて彼らは日本に対する失望を抱いて本国に帰っていくことになったようです。

こういったボタンの掛け違いが、今に至る歴史問題を引き起こしている遠因とも言えるのでしょう。

結局はお互いが相手方の気持ちを忖度するとともに、個人個人の間で交流を深め、お互い理解し合うことが何より大事なのでしょう。

今、日本にもたくさんの外国人がいます。日本人として真心で接し、彼らにはいい思い出を持って本国に帰って貰えれば、きっと今よりもっと国際交流が進むんだろうなあ。

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『ヒトラー ~最期の12日間~』

この前の金曜日に『ヒトラー ~最期の12日間~』を見に行きました。

以前からこの映画の存在は知っていましたが、会社で夕方6時頃Yahoo!で調べものをしていた際、偶然上映されていることを知り、また余り長く上映されなさそうだったので勢いでその日の7時30分の部に行って見てきました。

内容は

ヒトラー ~最後の12日間~ DOWNFALL

彼の敵は世界

世界震撼。 全てを目撃した秘書が今明かす、衝撃の真実。

本年度アカデミー賞外国語映画賞ノミネート

ヒトラー最後の秘書が半世紀を超え封印を解いた戦後最大のタブー。
誰も描けなかった驚愕の真実に世界が揺れた。2005年最大の問題作、遂に日本上陸。
あなたもその目撃者になる!

ヒトラーの晩年、常に彼の傍らにいた秘書ユンゲと出会ったことはショックだった。53000冊にも及ぶ関連書籍はどれも 彼のある側面しか語っていないことが分かったからだ。 本当の歴史を理解するために、そして隠蔽された真実を多くの人に伝えるために私はこの映画を撮ったのだ。ーオリヴァー・ヒルシュビーゲル監督(「es」)

全世界激震!
★戦後初めてヒトラーを注視した映画。実に力のある映画だ。NYタイムズ紙
★ドイツはユダヤ人大虐殺の歴史を取り繕い美化している。エルサレムポスト
★殺人鬼の人間性を振り返る必要などどこにあるのだろうか。日刊ベルリン
★切に忘れたい事実を強烈に映し出す偉業は誰しもができるものではない。素晴らしい。デルスピーゲル紙
★我々はこの映画を“良い映画”として迎える時期にいよいよきているのかもしれない。デイリーメール紙
★この監督はあらゆる意味で古臭い伝統を打破している。観るべき1本。ソウルタイムズ紙

ヒトラー最期の12日間を克明に綴った本作は本国ドイツで公開されるや、戦後初めて明かされる衝撃の事実に 人々の論争は激化、映画の枠を飛び越え公開自体が一つの“事件”として大きな社会現象を巻き起こすこととなった。 同時に『シュレック2』『トロイ』を抜き去る超大ヒットを記録。また、現在公開中のアメリカではドイツ映画史上最高の館アベレージを叩き出し、まさに歴史的ヒットとなっている。 ドイツアカデミー賞をはじめ、数々の賞を総ナメにし、話題性のみに終わらない圧倒的な“映画力”で世界の批評家 たちに絶賛を浴びた。

といったところのものです。(説明長すぎ?)

3時間近くという長い映画ですが、中だるみすることなく一気に進んでいきました。

今回の映画を見て思ったことが3つありました。

まず一つめですが、日本が太平洋戦争末期に本土決戦をせず、もちろん連合国軍もオリンピック作戦を発動しなかったのはなんと幸せなことかということです。
今回の名前の通りヒトラーの最期の12日間は、ソ連軍とのベルリンでの市街戦の中のものです。描写も細やかだったので、自分があたかも当時のベルリンに立っているかのようでした。その中で理不尽にいろいろベルリン市民に対しての過酷な試練を見ていると、喉が渇きざらつき、ほこりにまみれてしまったかのような気分でした。そういった事態を起こしてしまったナチスドイツとぎりぎりでそれを回避した大日本帝国。極限までいってしまったのはドイツ人の国民性なのか、それともヒトラーをはじめとする首脳部が自分たちから始めた運動・体制だけに、ドイツという国そのものになってしまい、滅びることと自己の死が同一化されてしまっていたからなのか?
対して日本の昭和天皇陛下は祖先から受け継いだ日本という国を守り、子孫に伝えていかなければならないという使命感が、8月の御前会議での発言となったのだろうか?
いずれにせよ、寸前のところで滅亡の縁の手前でとどまることの出来たご先祖様たちには感謝しなければいけないですね。

二つめはヒトラーの実像(まあ、実際あったことはないので多分ということですが)がきちんと描かれているなあと思いました。ヒトラーというと極端に描かれることが多いですが、この映画では多様な側面が見られます。自分たちの周りの人間を考えてみても、優しい面もあれば厳しい面もあればといろんな面を持っています。それはヒトラーといえでも同じで、だからこそなぜあそこまでの事態になってしまったのかと改めて思ってしまうわけです。また、役者さんがドイツ人だというのも大きい。私はNHKの映像の世紀が好きで、何回も見たりしていましたが、そこでのヒトラーの演説シーンのしゃべり方とそっくりでした。これはやはり英語でなくドイツ語であるべき(イントネーションが違いますから)だなあとおもいました。ついでにブルーノガンツのヒトラーを筆頭にヒムラー役の人とか周りの人たちもすごく似ていてそれもまたすごかったです。さらに周囲の人たちの反応、すなわち妄信的に信じる人、見切りは付けているもののそれは出さないようにする人、現状に絶望し退廃的になる人などいかにもと思え、さらなるリアルさを醸し出していました。

三つ目はありのままを見て極端にぶれない精神の平衡こそが一番大事だと言うことです。二つ目にも繋がりますが、ヒトラーの人間性を描いたこの作品は、批評家からも賛否両論で、場合によってはただの人として描くことそのものに反対している人がいます。私も別に本人に会ったことがないので実像はわかりませんが、でもしたことがあまりにもひどいことだったのでその人物もやはり非人間的だと言うことは間違いだと思います。そういえば太平洋戦争の当初、アメリカは日本軍の戦果に驚き「日本人はジャングルの中で自由自在に動き回れ、ほんの少量の食料のみで戦い続けられるファイティングマシーン」みたいに言っていたそうです。やがて、捕虜が増え兵士の日記とかが押収される中で、日本人といえでもやはり我々と同じ人間だみたいな認識に変わったとのこと。
ヒトラーについても同じで、普通の人間の面を持った彼がなぜあのようなことを引き起こしたのか?そこに焦点をあてないとそれこそどこかの国がよく言う「歴史を鑑として」にならないと思います。そのためには冒頭にも書いた「ありのままを見て極端にぶれない精神の平衡こそが一番大事」だと思うわけです。ヒトラーは逆に極端にぶれた精神があり(映画でも描かれていました)、その極端に触れた部分が時代の空気と合致し、おそるべき事を巻き起こしたんだと思います。
それは映画では直接描かれていませんでしたが、自分が考えるに
1. 当時のドイツは第一次大戦の敗戦後の状態で敗北感にうちひしがれていた
2. 超インフレと高い失業率で生活に対する貧窮感、絶望感があった
2’ 古くからヨーロッパにあるユダヤ人に対する偏見が、金融業などを営み裕福に見えたユダヤ人に対するやっかみとなっていた
3. ワイマール体制になり、確かに民主的になったものの生活は一向に改善されず、閉塞感が満ちあふれていた
4. つい最近までのドイツ帝国時代、少し前のプロイセンでの鉄血宰相ビスマルクの強力な指導力にたいする郷愁
があり、それがヒトラーの掲げる
A.ベルサイユ体制の打破
B.責任ある指導者の独裁による社会の発展
C.民族主義(アーリア人優位)と、ユダヤ人迫害
とうまく合致し、ミュンヘン一揆など、行動には首を傾げつつも、その熱気の渦にドイツ人は巻き込まれていってしまったのではないでしょうか。
つまり、こういった熱気に身をゆだねることなく、「ありのままを見て極端にぶれない精神の平衡」を保っていくことが、今後こういったことを二度と起こさないことに繋がるのではないでしょうか。

そんなことを考えさせてくれる映画でした。

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24 season2

いつも、放送から遅れて反応しているten_ichiです。

いやあ、はまってきています!24season2。息をつかせぬ展開が何とも言えませんな。今日は時計の針が18:00まで進んだんですが、せっかくキリがいいからここでやめようと思ったら何とも気になる終わり方・・・。

このままだと寝不足地獄に陥りそうなので、なんとか弱い意志を振り絞って、見るのを止めてきたわけです。(でも、ブログは書いています・・・。えへっ。)

このままだとseason2を通り越してseason3に行きかねない感じで怖い・・・。まあ、そういった面白いものを見つけることが出来たのものいいのかな。

それにしてもキムはseason1の時から、意識しないところで事件を大きくしまくっていますなあ。ドラマを見ている方だからおもしろがって見ていますが、身近であんなことされたらさぞや大変というか、頭の痛いことでしょう。

それでは、また。

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木更津キャッツアイ

世間で流行ってからかなり遅れてですが、ある人に勧められて木更津キャッツアイをテレビ放送分+映画(日本シリーズ)を全部見てみました。
最初はどんなもんかと思いましたが、結構はまりましたね。
まあ、面白さについてのお話はweb上に腐るほどあるんでしょうが、自分なりに感じた面白さを。

1.20前後の男がつるむとあんな感じのノリ、雰囲気になる
→見ていて懐かしさがこみ上げたりもしました

2.野球好きにわかるような細かい仕込みがある
→名前遊びとかポーズとか往年の名作漫画の必殺技とか

3.表と裏の構成
→時間は同時並行で動いているから面白いが、それをユニークな形で見せています

4.スピード感のある構成

特に20代後半~30代前半の男の人には、はまるところが多いのでは?
みなさん(って言うほどいるんだろうか?)も一度ご覧になってみてはいかがですか?

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ご当地ドラマ(俺的に)

今日はF1関係はちょっとお休み。

前に一度書きましたが、うちのかなり至近距離で撮影が進められている「一番大切な人は誰ですか?」がついに今日から放映。
久しぶりにドラマを1回目から気合いを入れて見ることに。

のっけから見慣れた商店街。おお、あそこの八百屋じゃとかあそこの肉屋あんなんじゃないとか、かなり自分的に盛り上がれました。ご当地ドラマを見ているって多分こういった感じで楽しんでいるんでしょうね。

そして今回最大の注目点は宮沢りえの住んでいるところが自分の住んでいるマンションという設定という情報を仕入れていたので、それでした。

おおっ、宮沢りえが出てきた。・・・、おや?違うやん。

ちょっとがっかり。

でも、ドラマ的に地域の中でのお話のようなのでなにしろ我が家の付近の街が映りまくっているしこれからもそうだろうから、見続けることになりそうです。

おまけ
あれっ?マスター、今度は警官になったんだ。すんません、訳わかんなくて。

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ドラマのロケ

この前うちのマンションのエントランスでなんかのドラマのロケがされたという噂を聞いた。

その後今度はうちの近くの商店街で岸谷五朗と牧瀬里穂がロケをしていたという話を聞いた。

またその後、とある番組で10月ドラマ(日テレ)の番宣をしていて、その画面に川の反対側からこちらを見たカットが映っていたと聞いた。

実はそのドラマでは、宮沢りえの住んでいるマンションがうちのマンションという設定だそうだ。

よく、大河ドラマでご当地は盛り上がると聞いていたけど、今になってその気持ちがわかる気がした。

別にドラマを見続けると言うことは余り無かったけれど、今回はちゃんと録画しておかなければ。

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THE FOG OF WAR

HPを作成していましたが、更新にかまけすぎたのでもっと楽に行こうということでブログです。

さて、早速ですが昨日東京では1日限定上映らしい「THE FOG OF WAR」を見に六本木ヒルズに行きました。

内容はケネディ・ジョンソン両大統領時の国防長官だったマクナマラ氏のインタビューを元にしたドキュメンタリーです。

この人は恐ろしく秀才で若くしてハーバードの助教授になり、太平洋戦争中は日本爆撃を指揮したルメイ氏の部下として統計的手法から低高度焼夷弾爆撃をルメイ氏が編み出すきっかけを作り、戦後はフォード社の社長になり、ケネディに請われ国防長官にと、絵に描いたような人生でした。

でもって導き出している答えは

敵の身になって考えよ
理性には頼れない
自己を超えた何かのために
効率を最大限に高めよ
戦争にも目的と手段の釣り合いが必要だ
データを集めよ
目に見えた事実が真実とは限らない
理由付けを再検証せよ
人は善をなさんとして悪をなす
”決して”と決して言うな
人間の本質は変えられない

ということです。自分なりに解釈すると
1.人間は完全ではない
2.どの人間もそんなに違わない
3.善と悪という価値観ではなく、効率的・合理的な判断が必要
ということでしょうか。(意訳しすぎ?)

とにかくこれを話している人が実際にそれを体験し、実行してきた人だけに重みが違います。当時、確かに彼らは世界の命運を握っていました。そういった人たちも超人ではなく凡人であり、その中で懸命に努力していった様に惹かれるものがありました。ドキュメンタリーとしてもなるべく色を付けないようにしているところが好感が持てます。

あと印象に残った部分が「(太平洋戦争時)戦争で勝つためなら一晩で十万人の市民を殺していいのか?日本を焼き、原爆まで落とす必要があったのか?ルメイも私も戦争犯罪を行ったのだ。もし負ければだ。でも、勝てば許されるのか?」という下り。戦争の本質だと思います。第二次世界大戦中、日本とドイツだけが戦争犯罪を行ったわけではありません。戦争に参加している以上どこの国だろうと戦争犯罪は起こしていると思います。だからこそ、戦争を引き起こさないために善隣外交と戦力のバランス維持をはかる努力がどこの国にも求められているのだと思いました。

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