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広島・長崎 五輪誘致のニュースで思うこと

先週の土曜日から広島市・長崎市が共同で核廃絶を目指す意味で、2020年の五輪を誘致するというニュースが駆け巡りました。


<20年五輪>広島市長らがJOC訪問、意欲伝える

10月13日22時40分配信 毎日新聞

取材に答える広島市の秋葉忠利市長=東京都渋谷区の岸記念体育館で2009年10月13日午後5時20分ごろ、飯山太郎撮影
 広島市と長崎市が共同で20年夏季五輪の招致を検討すると表明したことに関し、広島市の秋葉忠利市長と長崎市の職員が13日、東京都渋谷区の日本オリンピック委員会(JOC)を訪問し、五輪開催の意欲を伝えた。

 JOCの竹田恒和会長は「東京の意向も聞いていない。今は白紙の状態」と20年五輪招致に慎重な態度を示し、国際オリンピック委員会(IOC)が複数都市の共催を認めない場合は「(共催断念を)指導せざるを得ない」と語った。

 JOCによると、秋葉市長は「被爆都市での平和の祭典」という開催意義を示し、「(核なき世界を提言し、ノーベル平和賞を受賞した)オバマ米大統領がきっかけになった」と説明した。

 終了後、会見した秋葉市長はIOCが1都市開催を原則として共催に難色を示したことに対し、「可能性がまったくないわけではない」と予定通り検討する考えを示した。また、藤田雄山・広島県知事が「事前に相談がなかった」と不快感を示したことについては「基本的には都市レベルの話だと思うが、県にも協力の輪を広げたい」と述べた。

 JOCは竹田会長が不在で市原則之専務理事らが対応。東京が落選した16年五輪招致を年内に総括した後、20年五輪を検討する。【高橋秀明】

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091013-00000127-mai-spo

自分はこのニュースを聞いて、良くも悪くも戦後の日本の一つの到達点だなあと思いました。

いい意味で言えば、戦争放棄の憲法を持ち、唯一の被爆国として核廃絶を訴えてきた国が、いよいよそれを全世界にアピールしていこうとしていること。

でも本当に思うのはこちらの方です。

正直、ちょっと感覚がずれているのでは?ということ。

1)東京が環境問題を取り上げた時、IOC委員からは「ここは国連ではない」という意見が出ていました。環境問題は負担の分担を除けば全世界的に賛同が得られる問題です。その問題ですら、そういった扱い。ましてや「核兵器廃絶」となれば、より政治的な要素が強くなります。五輪の一つの精神は、「政治でいかに対立していようともスポーツを通じて人はわかり合える」といったもの。これだけ多くの国が核兵器を持ち、そして開発しようとしている国も多い中で、わざわざオリンピックの中で政治的対立を起こしうる内容を取り上げる積極的な要素はないように思えます。

2)広島・長崎に原爆を落とした国はまさに「アメリカ合衆国」。いくら呼んでもアメリカの大統領が来ないのは、そこで甚大なる被害と悲惨な人間への攻撃の爪痕に対して、アメリカ合衆国の大統領の立場で語るべき言葉が無いからです。もしここで核兵器に対して批判的なことを述べれば、それはアメリカ合衆国が日本に対して原爆投下をしたという決断を否定することにつながり、それは第二次世界大戦以降定着している正義の解放者=連合国、悪のならず者=枢軸国といったロジックを否定することにもつながるからです。
オバマ大統領は核兵器のない世の中を目指そう!とは言っていますが、広島・長崎への原爆投下は過ちだったとは言っていません。
つまり、このことはオバマ大統領の趣旨に沿っているのではなく、逆にアメリカ合衆国に対して批判の声を上げよう!と言っているようなものだと思うのです。

外交とは自分の思うところだけを述べていればいいものでは無いと思います。各国の利害を巧みに調整し、自然とそこに落ちるように交渉していくことだと思います。この被爆都市による五輪誘致というのは、そういった冷徹な外交感覚が全く欠けた、自分たちからの目線でしか考えられない日本そのものを表しているように思えるのです。理念が素晴らしい、とてもいい考えだ!と結構多くのマスコミがそう伝えていましたから。そしてこれは今に始まったことではないとも思えます。

これとは全く違った意味合いですが、同じような流れ、つまり夜郎自大をたどった戦前のお話です。

昭和8年、日本はリットン調査団が提出した報告書をもとに国際連盟で出された結論に対して反発し、脱退することとなります。教科書では松岡洋右代表が憤然議場を出て脱退したみたいな形で描かれていますが、実際は国民、特に新聞が脱退を煽りに煽った結果でした。津田塾大学の掛川トミ子氏の言葉を借りれば、「その職分であるべき言論を放棄した日本の新聞は、脱退劇の主役を演じた松岡洋右を国民的英雄と讃え、1933年3月27日に連盟脱退を宣告した詔勅が渙発されるや『朝日』『日日(毎日新聞の前身)』両紙ともに、連盟脱退を肯定し、脱退の是非については問題にしようとはしなかった」のです。

たとえば『日日』の社説は、孤立しながら連盟に留まることは、と前提し、「これ実にこれ等諸国に向かって憐を乞う怯懦の態度であって、徒にかれ等の軽侮の念を深めるのみである。・・・我が国はこれまでのように罪悪国扱いをされるのである。連盟内と連盟外の孤立に、事実上何の相違もない」と、いかにも自分たちからの目線での論法を展開しています。

この状況下で、ひとつ異彩を放っていた新聞がありました。福澤諭吉先生が創立した時事新報です。当然昭和初期ですから、既に福澤先生はご存命ではありませんが、社説子は同じ日の社説でこう述べています。

「是非の両輪が、その終局に於て精神的一致を得るの途は、両論を尽くすことに依って初めて得られるのである。言わんと欲するところを封ぜられ、説かんと欲するところを制せられ不満不平のうちに一方の議論に引き摺られるようでは、その国論は真の国論ではない。静かに顧みるに、日本人は如上の言論的訓練に欠ける憾みはないか。自己の説を満点、他を零点と誤認して罵倒に趨り易い傾向はないか。己の耳に栓して自説のみを叫ぶ癇癖はないか。かくて此大国策が、論もなく理も尽くされずに移り行かんには、悔を後日に胎さんこと必定であろう」

(半藤一利著 昭和・戦争・失敗の本質より)

まさに今にも通じることのように思えるのです。五輪招致と言っていることは180度違いますが、結局同じような日本の性癖を示しているように感じるのです。

理想を持つことは素晴らしいことです。なればこそ、その理想を実現するために、冷徹なリアリズムを持って、物事に対処していくべきだと思うのです。そういった意味で、自分は今回の五輪誘致の話しを捉えていました。


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鳩山邦夫総務相が辞任

リンク: 鳩山邦夫総務相が辞任.

今日、鳩山総務大臣が辞任されたそうです。

この問題、一番大事なことは

「かんぽの宿の一括売却は、判断として正しかったのか?またその際の手続きに問題は無かったのか?」

ということだと思います。しかし、それを取り上げるニュースの余りに少ないこと。面白おかしく対立を煽っているだけに見えました。そして繰り返し引用されるのは、鳩山前大臣が西川さんを絶対に許さないとか、正義がどうだとか信念がどうだとか発言されているシーンばかり。だから、判断以前の問題に思えて仕方が無いのです。必要な情報を与えず、国民にどうやって主権を行使しろと言うのでしょうか?今回の報道姿勢も、強く反省してもらいたいです。

石原都知事はこの件に関して、「かんぽの宿」の売却問題に触れ「西川さんがあの価格で諾とした理由は抱えている従業員をそのまま踏襲して使うということ。これが是か非か、専門家でないから軽々に言えない」と述べられたそうですが、なるほどと思います。

最初にリンクしたココログニュースでは、

日本郵政の西川善文社長については、かんぽの宿の売却額が不当に安すぎるなどとして、鳩山邦夫総務相や野党がこれを追及。違法性は明らかになっていないが、鳩山総務相は西川社長の続投に反対していた。

と、平易に状況を眺めていて、これまた好感が持てます。

ちなみに、私は以前某最大手のマンションディベロッパーに勤めていたのですが、その時も大量に売れ残った在庫を外資に一括売却しました。当然だいぶ安く売 りましたが、その結果財務体質がかなり好転しました。この相手を絞って、一括で売却する。これは財務改善での常套手段です。

今回売却を取りやめたということは、それだけ運営の赤字が垂れ流される期間が延びたと言うことです。そこまで安いと思うのなら、是非鳩山さんが購入して、国のために活用すればいいのにと思います。なので、この売却問題、私見ですが、鳩山さんの判断の方がよっぽど間違っていると思っています。

それにしても、情報操作は怖いですね。この巻き返しの状況にそろそろ国民も気づくべきだと思うのですが。

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小沢代表続投「納得できない」71%に増加・・・?

Yahoo!のニュース欄に以下のような記事がありました。


小沢代表続投「納得できない」71%に増加…読売世論調査(From Yahoo!ニュース)

 読売新聞社が8~10日に実施した電話方式の全国世論調査で、民主党の小沢代表が公設秘書の起訴後も続投していることに「納得できない」という人は71%(前回66%)に増え、「納得できる」は22%(同25%)だった。

 「納得できない」は起訴直後に行った前々回調査の68%をも上回り、これまでで最高となった。民主支持層でも初めて過半数の56%に達し、小沢氏への視線は厳しさを増している。

 麻生首相と小沢代表のどちらが首相にふさわしいかでは、麻生氏40%(同34%)、小沢氏25%(同27%)で、その差は広がった。

 麻生内閣の支持率は28・7%(同24・3%)に上昇し、不支持率は59・7%(同66・5%)となった。支持理由では「政策に期待ができる」25%(同19%)が増えた。ただ、今年度補正予算案に盛り込まれた追加景気対策については「評価する」41%を「評価しない」48%が上回った。

 政党支持率は自民26・8%(前回27・2%)、民主23・4%(同24・2%)だった。ただ、次期衆院比例選での投票先では、自民は27%(同28%)で、依然、民主30%(同31%)に後れを取っている。

 衆院解散・総選挙の時期は「急ぐ必要はない」が56%(同47%)に増え、「すぐに行うべきだ」は34%(同45%)に減った。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?b=20090510-00000656-yom-pol

前の記事にも書きましたが、こういった風潮が一番良くないと思います。

自分は別に民主党支持でもありませんが、今回の支持率の落ち方はどうかと思ってしまいます。

小沢代表の今後の日本の行く末に対する考え方がおかしい、例えば農家の全戸補償など明らかにばらまき路線だ!とか、審議に一切応じない姿勢は政治の自殺行為だ!などといった、いわゆる政治家の本分としての問題から支持を失っていっているのなら、理解できます。

今回は、ただ「金権政治家」とか「説明責任を果たしていない」とした、単なるイメージ・ムードによるものでしかないと思います。国の舵取りの能力を問われているわけではないと思うのです。国民が為政者に求めるものは、そんなことなのでしょうか?上杉隆さんのブログに取り上げられていた「記者クラブ尊重をやめ、オープンにする」といった発言が、マスコミの更なる反感を招き、このように小沢代表に厳しい風向きとなってしまったのではと思えるほどです。

どうして、政治家をその能力で評価することができないのでしょうか?今であれば、金融問題に強い政治家は誰か?北朝鮮の核保有と中国・ロシアの膨張、そして米国の地位低下を踏まえ、有効な外交政策を採ることの出来る政治家は誰か?少子高齢化に激変する雇用情勢を踏まえ、社会保障政策と雇用政策に詳しい政治家は誰か?報道を見ていても、さっぱり伝わってきません。

WBCの先発メンバーは誰か?という企画がありましたが、あれは個々の野球の能力が伝わってくるから成り立つ企画です。もしよくわからない状態で決めるといったら(それこそ20~30年前のじょうきょうでしょうか)、よくテレビで見る巨人の選手をとりあえず選んでおこうみたいになるのでしょう。今の政治もまさにその状態だと思います。

別に小沢代表が続投すべきとか、首相にふさわしいと言っているのではありません。そう判断するなら、その職務に沿った考え方で判断して欲しいと思うのです。

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自尊教育と言うけれど、何か言葉が足りないのでは?

今日、こんな記事を見かけました。

学校で“自尊感情”は教えられるのか(ココログニュース)

東京都教育委員会が、都内の小中高生に自尊感情や自己肯定感についてのアンケートを実施したところ、中高生の5~6割が自分を否定的にとらえていることがわかった。都教育委員会は自尊感情の大切さを認識し、小学校1校で試験的に“自尊教育”を実施する予定を決めた。

「それって教育するようなことでしょうか」「果たして指導できる教師がいるのか」などブロガーの間では疑問視する意見が多い。“自尊感情”の低さについて、日本青少年研究所の千石理事長が「謙虚さ、控えめを良しとする日本の文化がまだ根強いのが一因」と指摘していることについても、「これは日本の美徳じゃないのか?」「日本・アジアの誇れる大切な文化」など反発の声も。

「他人と比較する必要がないことをなぜわからせないのか」と主張するブログもある。「相手のすごいところがあればすごいと思えばいいし、自分のいいところはそれはそれで自信を持ったらよいと思います。そういう教育システムになっていないのが今の日本」(新・眠らない医者の人生探求劇場・・・夢果たすまで)

どのような教育内容になるのか、詳細はまだ明らかでない。早くも今年4月から試験的に実施となる“自尊教育”の行方が注目される。

おお、どこかで見た言葉ですがcoldsweats01、前の言葉が足りないですね。すなわち「独立」が足りないですね。

自尊心というのは、別にむやみに自分を誇ることではないはずです。「自らを尊ぶ」ことが出来るように「独りで立つ」ことが出来る、すなわち自我と申しましょうか、アイデンティティーを持つと申しましょうか、自分というものが確立してこそ、自尊感情というものも芽生えてくると思うのです。

すなわち以下の文章に集約すると思うのです。長文かつ文語ですが掲載します。これを明治33年、つまり100年以上も前に書いていたことに、福澤諭吉の慧眼を感じて止みません。

慶應義塾は單に一所の學塾として自から甘んずることを得ず其目的は我日本國中に於ける氣品の泉源智徳の摸範たらんことを期し之を實際にしては居家處世立國の本旨を明にして之を口に言ふのみにあらず躬行實踐以て全社會の先導者たらんことを欲するものなり

以上は曾て人に語りし所の一節なり

福澤諭吉記


脩身要領

 凡[およ]そ日本国に生々[せいせい]する臣民は、男女老少を問はず、万世一系の帝室を奉戴[ほうたい]して、其恩徳を仰がざるものある可[べか]らず。此一事は、満天下何人[なんびと]も疑[うたがい]を容[い]れざる所なり。而[しこう]して今日の男女が今日の社会に処する道を如何[いかん]す可[べ]きやと云ふに、古来道徳の教、一にして足[た]らずと雖[いえど]も、徳教は人文の進歩と共に変化するの約束にして、日新文明の社会には自[おのず]から其社会に適するの教なきを得ず。即ち修身処世の法を新[あらた]にするの必要ある所以[ゆえん]なり。

第一条 人は人たるの品位を進め、智徳を研[みが]き、ます/\其光輝を発揚するを以て、本分と為[な]さざる可[べか]らず。吾党の男女は、独立自尊の主義を以て修身処世の要領と為[な]し、之を服膺[ふくよう]して、人たるの本分を全[まっと]うす可[べ]きものなり。

第二条 心身の独立を全うし、自[みず]から其身を尊重して、人たるの品位を辱[はずかし]めざるもの、之を独立自尊の人と云ふ。

第三条 自[みず]から労して自から食[くら]ふは、人生独立の本源なり。独立自尊の人は自労自活の人たらざる可[べか]らず。

第四条 身体を大切にし健康を保つは、人間生々[せいせい]の道に欠く可らざるの要務なり。常に心身を快活にして、苟[かりそ]めにも健康を害するの不養生を戒む可[べ]し。

第五条 天寿を全うするは人の本分を尽すものなり。原因事情の如何[いかん]を問はず、自[みず]から生命を害するは、独立自尊の旨に反する背理卑怯の行為にして、最も賤[いやし]む可き所なり。

第六条 敢為活溌[かんいかっぱつ]堅忍不屈[けんにんふくつ]の精神を以てするに非ざれば、独立自尊の主義を実[じつ]にするを得ず。人は進取確守の勇気を欠く可[べか]らず。

第七条 独立自尊の人は、一身の進退方向を他に依頼せずして、自[みず]から思慮判断するの智力を具へざる可らず。

第八条 男尊女卑は野蛮の陋習[ろうしゅう]なり。文明の男女は同等同位、互に相[あい]敬愛[けいあい]して各[おのおの]その独立自尊を全[まった]からしむ可[べ]し。

第九条 結婚は人生の重大事なれば、配偶の撰択は最も慎重ならざる可らず。一夫一婦終身同室、相敬愛して、互いに独立自尊を犯さゞるは、人倫の始なり。

第十条 一夫一婦の間に生るゝ子女は、其父母の他[ほか]に父母なく、其子女の他に子女なし。親子の愛は真純の親愛にして、之を傷[きずつ]けざるは一家幸福の基[もとい]なり。

第十一条 子女も亦独立自尊の人なれども、其幼時に在[あり]ては、父母これが教養の責[せめ]に任ぜざる可[べか]らず。子女たるものは、父母の訓誨に従[したがっ]て孜々[しし]勉励、成長の後、独立自尊の男女として世に立つの素養を成す可[べ]きものなり。

第十二条 独立自尊の人たるを期するには、男女共に、成人の後にも、自[みず]から学問を勉め、知識を開発し、徳性を修養するの心掛を怠る可らず。

第十三条 一家より数家、次第に相集りて、社会の組織を成す。健全なる社会の基[もとい]は、一人一家の独立自尊に在りと知る可し。

第十四条 社会共存の道は、人々[にんにん]自[みず]から権利を護り幸福を求むると同時に、他人の権利幸福を尊重して、苟[いやしく]も之を犯すことなく、以て自他の独立自尊を傷[きずつ]けざるに在り。

第十五条 怨[うらみ]を構へ仇[あだ]を報ずるは、野蛮の陋習にして卑劣の行為なり。恥辱を雪[そそ]ぎ名誉を全うするには、須[すべか]らく公明の手段を択[えら]むべし。

第十六条 人は自[みず]から従事する所の業務に忠実ならざる可らず。其大小軽重に論なく、苟[いやしく]も責任を怠るものは、独立自尊の人に非ざるなり。

第十七条 人に交[まじわ]るには信を以てす可し。己[おの]れ人を信じて人も亦己れを信ず。人々[にんにん]相信じて始めて自他の独立自尊を実[じつ]にするを得べし。

第十八条 礼儀作法は、敬愛の意を表する人間交際上の要具なれば、苟[かりそ]めにも之を忽[ゆるがせ]にす可らず。只[ただ]その過不及[かふきゅう]なきを要するのみ。

第十九条 己れを愛するの情を拡[おしひろ]めて他人に及ぼし、其疾苦を軽減し其福利を増進するに勉むるは、博愛の行為にして、人間の美徳なり。

第二十条 博愛の情は、同類の人間に対するに止まる可らず。禽獣を虐待し又は無益の殺生[せっしょう]を為[な]すが如き、人の戒む可き所なり。

第二十一条 文芸の嗜[たしなみ]は、人の品性を高くし精神を娯[たのし]ましめ、之を大にすれば、社会の平和を助け人生の幸福を増すものなれば、亦是[こ]れ人間要務の一なりと知る可し。

第二十二条 国あれば必ず政府あり。政府は政令を行ひ、軍備を設け、一国の男女を保護して、其身体、生命、財産、名誉、自由を侵害せしめざるを任務と為[な]す。是[ここ]を以て国民は軍事に服し国費を負担するの義務あり。

第二十三条 軍事に服し国費を負担すれば、国の立法に参与し国費の用途を監督するは、国民の権利にして又其義務なり。

第二十四条 日本国民は男女を問はず、国の独立自尊を維持するが為めには、生命財産を賭[と]して敵国と戦ふの義務あるを忘る可らず。

第二十五条 国法を遵奉[じゅんぽう]するは国民たるものゝ義務なり。単にこれを遵奉するに止まらず、進んで其執行を幇助[ほうじょ]し、社会の秩序安寧を維持するの義務あるものとす。

第二十六条 地球上立国の数少なからずして、各[おのおの]その宗教、言語、習俗を殊にすと雖も、其国人は等しく是[こ]れ同類の人間なれば、之と交[まじわ]るには苟[いやしく]も軽重厚薄の別ある可らず。独[ひと]り自[みずか]ら尊大にして他国人を蔑視[べっし]するは、独立自尊の旨に反するものなり。

第二十七条 吾々今代[こんだい]の人民は、先代前人より継承したる社会の文明福利を増進して、之を子孫後世に伝ふるの義務を尽さざる可らず。

第二十八条 人の世に生るゝ、智愚強弱の差なきを得ず。智強の数を増し愚弱の数を減ずるは教育の力に在り。教育は即ち人に独立自尊の道を教へて之を躬行実践するの工風[くふう]を啓[ひら]くものなり。

第二十九条 吾党の男女は、自[みずか]ら此要領を服膺[ふくよう]するのみならず、広く之を社会一般に及ぼし、天下万衆と共に相率[あいひき]ゐて、最大幸福の域に進むを期するものなり。

明治三十三年
六月

病後初筆
福澤諭吉

自尊心は人から与えられる物でも天から降ってくる物でもありません。

自分で掴み取るものです。

それを教育に携わる方々には、そのことを是非力強く語ってほしいのです。

そしてそう言った自尊心が持つことが出来るように、教養であれ他のことであれ教え導いてあげてほしいのです。

そういった姿勢を教える側が取らないと、いつまで経ってもこの状況は改善されないと思います。

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弱者報道が社会の木鐸たるマスコミの使命?

最近は派遣切り、非正規雇用社員の問題が盛んに報じられています。

身分が不安定な方々が、大企業の都合により一方的に解雇されるのは何たることだ!と。

先行き不透明の人々はネットカフェで寒さをしのぎ、財布の中は26円しかないだとか。

まさに「弱者」を取り上げることこそが今の使命だ!と考えているかのごとく。

なんていうのを聞きながら、またマスコミの悪い癖が始まったなあと思っていたら、早速危惧していたニュースが。

パナソニック電工、国内工場を3分の2に集約(from NIKKEI NET)


 パナソニック電工(旧松下電工)は国内の生産体制を再編する。2010年度までに浴槽や建材など3工場を閉鎖し、既公表分と合わせて国内工場数を15から10に集約。従業員も住設建材事業全体の8%にあたる約1000人を減らす。景気後退で住宅関連市場の縮小は避けられない見通しで、生産体制を効率化し収益力を高める。

 閉鎖するのはシステムバスや住宅内装向け建材の生産工場など3拠点。すでに公表した群馬、奈良県のキッチン工場と合わせ5工場を閉じる。新たに閉鎖する工場は現在選定しているが、地域ごとに重複する生産品目を解消し生産性を高める。

派遣社員切りが法令に違反する形で行われていたら、それは大問題です。非正規雇用にしても、内定取り消しにしても同じです。しかし、法令に違反するわけでもないのに、ここまで実名を挙げられて叩かれてしまうと、企業としては当然の行動として、海外の生産を増やそうと考えるでしょう。だって、たとえば中国の工場を閉鎖してここまで叩かれますか?

今、工場の工員さんたちの競争相手は国内他社の工員さんではなく、海外の工場で働く工員さんたちです。賃金水準がそれでなくても高い日本国内で、それでもなお生産するのは
1)意思疎通の容易さ
2)日本国内で販売するときの運送コスト
3)企業秘密の保持
4)工員の知的水準の高さ
などが挙げられると思いますが、それにしても絶対的な要因ではありません。結局価格競争力が企業にとって必要だから。その方策のひとつとして良くも悪くも非正規社員の活用、アウトソーシングがとられていたわけです。

そこに考察を加えることなく、ただ大企業の横暴で解雇しているとか言われてしまうと、結局工場の海外移転→国内産業の空洞化につながってしまう恐れが多分にあると思うのです。一番大事な「雇用」が失われてしまうのです・・・。

生活困窮者に対する対策は行政が第一義的に取り組むべき問題でしょう。企業としてはまずは生き延びなければ何にもなりません。今GM・クライスラーを批判し、だからアメリカはだめだとかやっている人もいますが、レガシーコスト、すなわち労働者たちに対する過剰とも思える施策がどれほど足枷となっているかわかっているのでしょうか?一方ではGMを批判し、一方ではキャノンを批判する。それも同じ人が。悪い冗談にしか見えません。

上記のニュースも住宅業界の需要収縮のみを理由に挙げていますが、日本での労働市場の硬直化を再認識したことも、工場を集約することを決めた大きな理由のひとつだと思います。

自分としては

1)生活困難者に対する施策を政治が打つ。宿舎の問題、次の仕事の問題に対する施策です。

2)企業の生産活動が収縮しないような施策を打つ。法人税の問題、新規雇用に対する援助などですかね。

3)マスコミには今の世界経済で何が問題なのか、日本の抱える問題は何か、どうやったらそれを打破できるかを考えさせてくれる報道を期待したいです。

今の報道はただ困難な人を見せ付けて、いわゆるインパクトを与え、視聴率等を稼ごうとしているようにしか見えません。かつて耐震偽装問題でも同じようなことが繰り広げられ、結果として建築業界の急激な市場冷却、施主も含め追加コストの発生、天下り先の増加といった、なんとも言えない状況となりました。
多分そこを滅茶苦茶にしようという意思はないのでしょう。しかし、意図せずして事態をただただ悪化させてしまっているように見えてなりません。

自分たちの持っている影響をもう一度自覚して、真の「社会の木鐸」になってほしいものです。

ただ弱者を取り上げ、それをショッキングに見せているだけのものは、バラエティ番組でしかないと思うのです。

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どうしてだろう・・・?

昨日来ニュースを騒がしている、米証券大手のリーマンブラザーズの破綻問題。

確かにとても大きな問題です。これだけ世界の金融市場が相互に関連している世の中では、この問題は世界規模の信用収縮を起こしかねない大問題だと言えるでしょう。だからこそ、欧州中央銀行も英国中央銀行も緊急資金供給を行っているのでしょう。かように中央銀行は動くべきでしょう、今こそ。

それにもかかわらず振り返るに、我が日本の状況はなんなんだろうか?この金融大乱と言える状況に際して、日本銀行の副総裁が1名欠員、政策委員も1名欠員というとんでもない状況であるにも関わらず、今回の問題と合わせて問題視している意見が全くと言って良いほど聞こえてこないのです。

聞こえてくるのは次期衆議院選挙の話ばかり。それも判で押したように「生活第一」。
でも今の事態は最大の生活危機につながりますよ・・・。

合理的でない理由を並び立てて、日銀の人事に障害を生じせしめた民主党。

この最大の金融難局に対して、それに対する意見発信をしない与党自民党・公明党。

先ほどの欠員問題を全く問題視せず取り上げもしないマスコミ。

そしてこのような事態となるような投票結果を先の参院選とその前の郵政解散の衆院選で出した国民。

誰もが人ごとのように今の事態を眺めているのは、いったいどうしてなんだろう・・・?

証券会社の問題だけに、あれは金持ちが困るだけで株券を保有していない人にとっては、なんの関係もないなんて思ったりしているのでしょうか?

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ダイエーの再生機構入り

ダイエー、再生機構活用・民間主導の再建断念

ダイエーが再生機構の活用を決定しました。いろいろ語り尽くされている感はありますが、雑感を少々。

まずはこれに先立ちトヨタの奥田さんが言った言葉がすごく直接的で印象的でした。

経団連会長「ダイエー問題、カネ借りるモラルに欠ける」

「カネを借りた以上は必ず返すのが商道徳のベース。それができない企業はダイエーを含め、カネを借りるモラルに欠けていると思う」。日本経団連の奥田碩会長は12日の記者会見で、混迷するダイエーの再建問題に関連し、債権放棄を受けても再生への道筋が見えない同社など過剰債務企業の経営姿勢を批判した。

確かにその通りとうなずきたくなる言葉です。この人の言葉は深みがあるというか、本質をずばっと突くところがあり、なるほどと思わされます。

でも、逆に受け入れにくかったのがダイエーを必要以上におとしめるような報道とか、高木社長へのインタビューで「進退問題を決するのはいつまでですか?」みたいなことを言っていたりすること。

誰がどう見てもダイエーが日本経済、消費者行動に一大インパクトを与えたのは事実だし、そういったビジネスモデルを作り上げられるのは本当に限られた天才なんだと思います。学校の成績とかではとてもとてもはかりきれないものです。

今回の図式は「出店に合わせて資金調達」→「その際担保価値を超える資金を調達(融資)」→「バブル崩壊とともに債務超過」→「手持ち資金の減少に伴う既存店舗への投資不足」→「店舗の魅力低下」→「収益の低下」→「更なる債務超過」といった流れに見えてしまいます。

これはビジネスモデルの良否ではなく、資金調達方法に問題があったといったことではないでしょうか?この問題が起こったからと言って中内さんの功績が意味の無かったものにはならないのではないでしょうか?

何が本質で問題だったのか?これを突き詰めていく姿勢が報道には足りない気がしてなりません。こういったことをわかりやすく説明してくれるメディアがごく少数に見えるところに、日本の報道機関のまだまだ努力すべき分野がある気がします。

また、日本には「武士の情け」といった言葉があったはずです。結果はともかく懸命な努力を続けていた人に、しかも高齢で全然休んでいない人に対してああいった死者にむち打つような言葉は聞いていて嫌な気分になります。実際高木社長も「なんでそんな方向のことしか聞かないんですか?」とむっとして言っていましたが。

ただ、ダイエーの店舗が最近魅力を失っているように見えたのも事実です。

ダイエーの中間期単独経常益62億円、期初計画下回る

是非、ここからまた頑張って、復活を果たしてほしいものです。

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