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「慶應義塾の昭和二十年」の展示物から② 特攻出撃10日前の隊員の雑談を記録した手帳(上原良司妹・清子)

今日ご紹介するのは、上原三兄弟の妹、上原清子さんが出撃直前の特攻隊員の会話を記録した手帳(特に有名なのは上原良司さん。経済学部1年で学徒出陣、特攻出撃前につづった「明日は自由主義者が一人この世から去って行きます。」の言葉が印象的な手記は有名。清子さんが兄良司さんとの最後の面会時、居合わせた学徒出身の特攻隊員たちがお茶を飲みながら交わす冗談ともつかない雑談が印象に残り、帰宅後手帳に書き留めたそうです)

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(佐賀県の目達原基地での上原良司さん)

「俺と上原と一組か。大物をやれよ。小破なんか承知せんぞ。」 「当然だ。空母なんか俺一人で沢山だ。」

「これがニューヨーク爆撃なんていうなら喜んで行くんだがな。死んでも本望だ」
「実際だ。心残りはアメリカを一遍も見ずに死ぬことさ。いっそ沖縄なんか行かず、東の方に飛んで行くかな。」
「アメリカに行かぬままお陀仏さ。」

「女にも特攻隊があれば貴女方、行きますか」
「馬鹿なこと、聞く奴があるか」
「女だって飛行機をちゃんと整備してハンドルさえ握れば目的地に行くようにすれば良いじゃないか」
「真直に行ったらカムチャッカへ行っちまうぞ」

「向こうの奴らは何と思うかな」
「ほら、今日も馬鹿共が来た。こんな所までわざわざ自殺しに来るとは間抜けな奴だと笑うだろうよ」

前にも書きましたが、最初の「小破なんか承知せんぞ」といった会話を見ても、無理矢理自爆を強要されているというよりは、その意義を最大限に発揮しようとしている、ごく当たり前の精神です。だからこそ、「これがニューヨーク爆撃なんていうなら喜んで行くんだがな」、つまり喜んで行くわけでも無く、死んでも本望と言い切れない気持ちもまた当然のように浮かんでくるわけです。

そして自分たちの逡巡をわかってもらいたい気持ちもあったからか、女子に向かって「特攻機があれば、貴女方、行きますか」と聞いたのかなと思いました。

そして「向こうの奴ら」と言っていますが、アメリカ人というよりは客観的に自分たちを見れば・・・、ということでしょう。「ほら、今日も馬鹿共が来た。こんな所までわざわざ自殺しに来るとは間抜けな奴」と自分たちのことを冗談に混ぜながら本音を語っていたのだと感じます。

つまり彼らは全くイヤイヤというわけでもなく、洗脳されて嬉々として死地に赴いたわけでもなく、自分たちの行動を客観的に見ることも出来、その上で覚悟を決めた。その心の葛藤、逡巡に思いを致さないといけないと思うのです。

彼らは、極言すれば、犠牲者でも無く、英霊でも無い。

苛酷な祖国の状況に直面したときに、悩みながらも自らの運命に正直に、自らの責務を果たそうとしていたその時代の若者たちと言うべきだと思っています。


参考までにこの後、実際に兄君の良司さんが遺した文章がこちら。これは昨年の展示ではこの手記の実物が展示されていました。この文章を読めば、当時の若者たちの知的水準の高さ、世界情勢の判断、でもごくごく普通の感情を持つ青年だったことがわかると思うのです。

人間はどの時代も大して変わることはないと思います。だから、彼らを一般人と違う人として捉えると本質を見誤ると思います。このような状況になぜ日本が陥ってしまったのかを、合理的に学び考えることが何より大事だと思います。情緒に流されること無く。

栄光ある祖国日本の代表的攻撃隊ともいうべき陸軍特別攻撃隊に選ばれ、身の光栄これに過ぐるものなきと痛感いたしております。思えば長き学生時代を通じて得た、信念とも申すべき理論万能の道理から考えた場合、これはあるいは自由主義者といわれるかもしれませんが。自由の勝利は明白な事だと思います。人間の本性たる自由を滅す事は絶対に出来なく、たとえそれが抑えられているごとく見えても、底においては常に闘いつつ最後には勝つという事は、 かのイタリアのクローチェもいっているごとく真理であると思います。 権力主義全体主義の国家は一時的に隆盛であろうとも必ずや最後には敗れる事は明白な事実です。我々はその真理を今次世界大戦の枢軸国家において見る事ができると思います。ファシズムのイタリアは如何、ナチズムのドイツまたすでに敗れ、今や権力主義国家は土台石の壊れた建築物のごとく、次から次へと滅亡しつつあります。 真理の普遍さは今現実によって証明されつつ過去において歴史が示したごとく未来永久に自由の偉大さを証明していくと思われます。自己の信念の正しかった事、この事あるいは祖国にとって恐るべき事であるかも知れませんが吾人にとっては嬉しい限りです。現在のいかなる闘争もその根底を為すものは必ず思想なりと思う次第です。 既に思想によって、その闘争の結果を明白に見る事が出来ると信じます。 愛する祖国日本をして、かつての大英帝国のごとき大帝国たらしめんとする私の野望はついに空しくなりました。真に日本を愛する者をして立たしめたなら、日本は現在のごとき状態にはあるいは追い込まれなかったと思います。世界どこにおいても肩で風を切って歩く日本人、これが私の夢見た理想でした。 空の特攻隊のパイロットは一器械に過ぎぬと一友人がいった事も確かです。操縦桿をとる器械、人格もなく感情もなくもちろん理性もなく、ただ敵の空母艦に向かって吸いつく磁石の中の鉄の一分子に過ぎぬものです。理性をもって考えたなら実に考えられぬ事で、強いて考うれば彼らがいうごとく自殺者とでもいいましょうか。精神の国、日本においてのみ見られる事だと思います。一器械である吾人は何もいう権利はありませんが、ただ願わくば愛する日本を偉大ならしめられん事を国民の方々にお願いするのみです。 こんな精神状態で征ったなら、もちろん死んでも何にもならないかも知れません。ゆえに最初に述べたごとく、特別攻撃隊に選ばれた事を光栄に思っている次第です。 飛行機に乗れば器械に過ぎぬのですけれど、いったん下りればやはり人間ですから、そこには感情もあり、熱情も動きます。愛する恋人に死なれた時、自分も一緒に精神的には死んでおりました。天国に待ちある人、天国において彼女と会えると思うと、死は天国に行く途中でしかありませんから何でもありません。 明日は出撃です。過激にわたり、もちろん発表すべき事ではありませんでしたが、偽らぬ心境は以上述べたごとくです。何も系統立てず思ったままを雑然と並べた事を許して下さい。明日は自由主義者が一人この世から去って行きます。彼の後姿は淋しいですが、心中満足で一杯です。 言いたい事を言いたいだけ言いました。無礼をお許し下さい。ではこの辺で。

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