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2013年8月

「失敗の本質」を読んで

7月上旬、amazonを見る度に「Kindleシリーズが全て3000円オフ!」という表示が出ていました。

それを見ているうちに洗脳され、そっか7インチで16GBの記憶容量があるタブレットが12,800円とは安いじゃないかということで、うっかりポチッと押してしまいました。

でも7インチって結構持ち運びしやすく。無料の本とかもあって、一気に読書量が増えた気がします。特にKindleで途中まで読むと、AndroidでもiPadでも同じ所まで進めてくれるので、読みやすいんです。

そんな中またもやセールがあり、単行本で2957円、文庫で800円する「失敗の本質 〜日本軍の組織論的研究」が299円で買えたので、早速読んでみることにしました。


この本はミッドウェー、ガダルカナル、インパール作戦、沖縄戦などのケーススタディを元に、日本軍の意思決定や行動様式を組織論の観点で捉え、その後考察も加えているものです。印象的な言葉を取り出すと

「あいまいな戦略目的」
目的が明確でないことは、一瞬の間に重大な判断ミスを誘う
日本軍は六つの作戦のすべてにおいて、作戦目的に関する全軍的一致を確立することに失敗
両社の妥協による両論併記的折衷案が採用されることが多かった

「短期決戦の戦略志向」

「主観的で「帰納的」な戦略策定ー空気の支配」

「狭くて進化のない戦略オプション」

「アンバランスな戦闘技術体系」

「人的ネットワーク偏重の組織構造」

「属人的な組織の統合」
軍隊の持つ戦力とは何か、という基本認識においても米軍は綜合戦力という見方を重視

「学習を軽視した組織」
組織学習にとって不可欠な情報の共有システムも欠如
大東亜戦争中一貫して日本軍は学習を怠った組織→米軍は理論を尊重し、学習を重視
日本軍はときとして事実よりも自らの頭のなかだけで描いた状況を前提に情報を軽視し、戦略合理性を確保できなかった

「プロセスや動機を重視した評価」

★日本軍は、自らの戦略と組織をその環境にマッチさせることに失敗
・組織は環境の変化に合わせて自らの戦略や組織を主体的に変革することができなければいけない
・組織はその成果を通じて既存の知識の強化、修正あるいは棄却と新知識の獲得を行っていく
・適応力のある組織は、環境を利用してたえず組織内に変異、緊張、危機感を発生させている
・軍事組織は、平時から戦時への転換を瞬時に行えるシステムを有していなければならない

・米軍は、南北戦争での体験から第二次大戦では徹底的な能力主義を貫いた
→第一線指揮官に、その要求通りの成果を挙げられない隷下の指揮官を任免する人事権が与えられていた。必要な自律性を与える代わりに業績評価を明確にしていた

・日本軍は結果よりもプロセスや動機を評価した。個々の戦闘においても、戦闘結果よりはリーダーの意図とかやる気が評価された。
→業績評価があいまいであることは、信賞必罰における合理主義を貫徹することを困難にする

★進化は、創造的破壊を伴う「自己超越」現象

★自己変革組織は、その構成要素に方向性を与え、その協働を確保するために統合的な価値あるいはビジョンを持たなければならない

日本的企業組織も、新たな環境変化に対応するために、自己革新能力を創造できるかどうかが問われている

これは昔の日本軍のみならず、日本的な組織全般に言える傾向だと思います。そしてこれをブレイクスルーする人・組織はなかなか見当たらないのが現状です。だからこそこういった傾向があることを頭に入れ、今後の自らの行動に役立たせるようにすることが、いわゆる「歴史を教訓として」学び取ることだと思います。自分も自らを省みると、耳に痛い言葉ばかりです。
かいつまんで言うと、いかに「戦略目的を明確にし、共有する」かが問われているということなのでしょう。お盆休みも終わり、明日からまた仕事が始まりますが、いかに上記のことが出来るか、しっかりと考えてやっていきたいものです。

それにしても電子書籍とは便利なもので、上記の言葉は全てマーカーでチェックしたものです。つまり、紙を汚すこと無く、要点をチェックできるなんて、本当に便利だと感じました。あとはいろいろな書籍がKindle化されればいいのですが・・・。

[

「誰も戦争を教えてくれなかった」を読んで

最近、本を読んでも何もその後していないことが多いので、ちょっと備忘録的に書いて行こうかと思います。


「誰も戦争を教えてくれなかった」(古市憲寿著)

28歳の社会学者の方が書いた本です。自分より随分若い人でもこういう本を書くようになったんだなあと変なところに感慨を覚えました。

勿論、内容も面白かったので読んだのです。というのも視点が斬新だなと。

題名のように戦争とは何かとかの説明では無く、各国にある戦争に関わる博物館をめぐり、その国ごとの戦争に対する考え方、イメージが反映されたものが、博物館に表現されるということを彼の視点から書いている本です。彼はそれを

「博物館が戦争の何を伝え、何を伝えないかには、固有の歴史や葛藤がある。」

「戦争博物館というのは、すぐれて政治的な場所である。なぜならば、戦争が国家間で行われる外交手段の一つであるように、そこで起こったことの認定もまた、一つの外交であるからだ。特に国家が運営に関わる戦争博物館では、その国家が戦争をどのように認定しているかがわかりやすく可視化される。」

と表現し、自分のその言葉に首肯しました。


アメリカ、ポーランド、ドイツ、イタリア、中国、韓国、そして日本の博物館を訪れた感想などが描かれていて、その考え方に又考えさせられます。

例えばアメリカのアリゾナ・メモリアルは「爽やかで勝利を祝う楽しい場所」と表現し、中国の南京大虐殺記念館では「日本の残虐さを伝え、中国の寛大さをアピールし、最後には平和の大切さを強調する」と表現していて、確かに各国の捉え方を端的に言い表しているように思えます。

そして、特に日本のに対しての

「右翼にも左翼にも怒られないように、とにかくとにかく無難に戦争を描こうという姿勢は嫌というほど伝わってきた」

「国家が戦争のことを語ることができない日本という国を象徴するような展示だ」

という言葉は確かにと思います。日本にとって神学論争となりやすい「戦争」というものを的確に表現しているように思えます。

でもそのような姿勢では、寧ろ国際化どころかより内向きになってしまうのではないかとも思うのです。つまりはその話題で各国の人と会話が出来なくなるからです。

日本や世界の近現代をどのように評価し、どのように伝えるべきか。我々に課された大きな課題だと改めて思わされた本でした。

これのどこが・・・?2

下記の文章を読んで、どう読んだら

 麻生氏は29日、東京都内でのシンポジウムで「ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね」などと語った。

と報道できるか、自分はさっぱりわかりません。最近の色々な報道は、まず最初に国語の読解力というのが、基礎となる重要なことだと感じます。

(朝日新聞に掲載されていた、シンポジウムでの発言の詳細とされるもの)

 僕は今、(憲法改正案の発議要件の衆参)3分の2(議席)という話がよく出ていますが、ドイツはヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、ヒトラー出てきたんですよ。ヒトラーはいかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。全然違いますよ。ヒトラーは、選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ。間違わないでください。

 そして、彼はワイマール憲法という、当時ヨーロッパでもっとも進んだ憲法下にあって、ヒトラーが出てきた。常に、憲法はよくても、そういうことはありうるということですよ。ここはよくよく頭に入れておかないといけないところであって、私どもは、憲法はきちんと改正すべきだとずっと言い続けていますが、その上で、どう運営していくかは、かかって皆さん方が投票する議員の行動であったり、その人たちがもっている見識であったり、矜持(きょうじ)であったり、そうしたものが最終的に決めていく。

 私どもは、周りに置かれている状況は、極めて厳しい状況になっていると認識していますから、それなりに予算で対応しておりますし、事実、若い人の意識は、今回の世論調査でも、20代、30代の方が、極めて前向き。一番足りないのは50代、60代。ここに一番多いけど。ここが一番問題なんです。私らから言ったら。なんとなくいい思いをした世代。バブルの時代でいい思いをした世代が、ところが、今の20代、30代は、バブルでいい思いなんて一つもしていないですから。記憶あるときから就職難。記憶のあるときから不況ですよ。

 この人たちの方が、よほどしゃべっていて現実的。50代、60代、一番頼りないと思う。しゃべっていて。おれたちの世代になると、戦前、戦後の不況を知っているから、結構しゃべる。しかし、そうじゃない。

 しつこく言いますけど、そういった意味で、憲法改正は静かに、みんなでもう一度考えてください。どこが問題なのか。きちっと、書いて、おれたちは(自民党憲法改正草案を)作ったよ。べちゃべちゃ、べちゃべちゃ、いろんな意見を何十時間もかけて、作り上げた。そういった思いが、我々にある。

 そのときに喧々諤々(けんけんがくがく)、やりあった。30人いようと、40人いようと、極めて静かに対応してきた。自民党の部会で怒鳴りあいもなく。『ちょっと待ってください、違うんじゃないですか』と言うと、『そうか』と。偉い人が『ちょっと待て』と。『しかし、君ね』と、偉かったというべきか、元大臣が、30代の若い当選2回ぐらいの若い国会議員に、『そうか、そういう考え方もあるんだな』ということを聞けるところが、自民党のすごいところだなと。何回か参加してそう思いました。

 ぜひ、そういう中で作られた。ぜひ、今回の憲法の話も、私どもは狂騒の中、わーっとなったときの中でやってほしくない。

 靖国神社の話にしても、静かに参拝すべきなんですよ。騒ぎにするのがおかしいんだって。静かに、お国のために命を投げ出してくれた人に対して、敬意と感謝の念を払わない方がおかしい。静かに、きちっとお参りすればいい。

 何も、戦争に負けた日だけ行くことはない。いろんな日がある。大祭の日だってある。8月15日だけに限っていくから、また話が込み入る。日露戦争に勝った日でも行けって。といったおかげで、えらい物議をかもしたこともありますが。

 僕は4月28日、昭和27年、その日から、今日は日本が独立した日だからと、靖国神社に連れて行かれた。それが、初めて靖国神社に参拝した記憶です。それから今日まで、毎年1回、必ず行っていますが、わーわー騒ぎになったのは、いつからですか。

 昔は静かに行っておられました。各総理も行っておられた。いつから騒ぎにした。マスコミですよ。いつのときからか、騒ぎになった。騒がれたら、中国も騒がざるをえない。韓国も騒ぎますよ。だから、静かにやろうやと。憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。

 わーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね。ぜひ、そういった意味で、僕は民主主義を否定するつもりはまったくありませんが、しかし、私どもは重ねて言いますが、喧噪(けんそう)のなかで決めてほしくない。


http://www.asahi.com/politics/update/0801/TKY201307310772.html?ref=yahoo

これは第二第三の教科書問題、従軍慰安婦問題につながる可能性が大であると思います。すなわち、センセーショナルな誤報・読み誤りが世界に広がり、定着するという図式。

教科書問題では、「日本が侵略」を「日本が進出」と検定意見で書き直させたと報道し、結果それが今に続く「日本は歴史教科書で侵略の歴史を書かず、過去を美化」と中韓に言われる。実際は検定意見で書き直させた事実は無く、誤報だったそうです。

従軍慰安婦も吉田某なる人が書いた「済州島で200人以上の女性を拉致した」というものをそのまま報道し、従軍慰安婦という言葉が成立し、現在に至るというお話し。これもまた、吉田某はその後虚言であったことを認めています。しかし、これまた現在の日韓関係のガンそのものの状態になりました。

この新聞社の自らのテーゼに合わせて、誤報もしくは確信犯的な読み間違いを行う習性は、本当に腹立たしい限りと思っています。

この詳細を掲載してアリバイ作りだけしておいて、本誌の記事では頭書に書いた「ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね」とするのは、本当にタチが悪い。『「天声人語」を書き写せば文章の構成力やリズムを身につきます。100年以上も続くコラムには、文章を書くために必要なエッセンスが凝縮されています。』とはよく言えたものだと感心してしまいます。インターネットが発達した世の中ですから、自分としてはなるべく原文に触れて判断しようと思ってはいますが、世間的にはなかなか難しいですね。

こうやって又一つ、現実とはかけ離れた「現政権の一味はナチスを礼賛する傾向がある」みたいなことが世界に広まり、その払拭に多大な労力、またはイメージの定着がなされてしまうのでしょうか・・・。

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