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2013年3月

さようなら日比谷線直通電車(と旧渋谷駅)

生まれてこの方、長らく乗り慣れてきた東急東横線、並びに日比谷線直通電車。

こちらが3月15日で一大転機を迎え、東急東横線は営団副都心線と直通運転となり、併せて日比谷線直通電車は廃し、渋谷駅も地下5階に潜ることになりました。

そんな訳で、その最後の姿を撮ろうと、3月に入ってからほうぼうでカメラを片手に電車や駅舎を撮ろうとしている人を見かけました。

しかも実は会社から一番近い踏切であり、また実家の近くでもある踏切が絶好の撮影スポットだったとこの前知りました。

ラストの日である3月15日、午後5時過ぎに会社の事務所に戻る車の中でテレビニュースがしきりとこの最後の日であることを報じていて、ふつふつと気持ちが盛り上がり、事務所に着いたら即座に愛機のD7000(一眼レフです)を抱え、一路ポイントである踏切へと向かいました。

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辿り着くと、多くの撮り鉄さんたちが。しかもガードマンも2人。思わずガードマンさんに聞いてみたところ、

「東急から派遣されてきました。8時から18時まで。踏切内に入って写真を撮ろうとする人が後を絶たないので、そのために派遣されました。」

とのこと。撮り鉄の執念、恐るべし。


さて、そんな中混み合っているサイドを避け、反対側から撮影開始!

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すぐに来てくれたのが日比谷線直通菊名行きで1000系と呼ばれる車両のもの。ただやっぱり人気のスポットと比べてちょっとアングルが・・・。と思い、ちょうど人も少なくなってきたので、反対側に移動してまた撮影。

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今度は日比谷線直通北千住行きの1000系車両が撮影出来ました!


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続いて今度は反対側の菊名行きで営団の車両がやってきました。
実はあの中目黒駅付近で起きた日比谷線の事故の際、ちょうど直後で待たされていた東横線の急行渋谷行きのドア付近で外を見ながら乗っていたので、20分くらい待たされてからようやく動き出して、これと同系統の車両がトンネル付近で照明が全て消え、えぐれた姿を見た時は本当にたまげました。全くこういったことが起こっていたと知らず、車内アナウンスでも触れていなかったので。


そんなことを思いながら撮っていたら、ちょっとしたきっかけで近くにいた大変鉄道写真に造詣の深そうな方とお話しすることに。お持ちの器材はニコンD4でレンズはAF-S NIKKOR 70-200mm f/2.8G ED VR II。ため息の出そうな構成です(*^。^*)。その方に鉄道写真はどう撮るべきか、また設定はどうするかを細かにお聞きしました。やはり、このクラスになると優先モードではなくマニュアルでした。

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そして、そろそろ手ぶれも気になり出す中、撮ってみたのがこの写真。結構寄ることも出来、また明るさ加減がちょうどもう終わるんだな〜と感じさせてくれるので、お気に入りの一枚になりました。


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だいぶ暗くなってきたところでしたが、反対側の車両を撮影。夜の雰囲気もいいものですね。


そして帰ろうと思ったのですが、先ほどのマニアの方から「これから15分後に来る車両は大変レアだから撮った方がいい」とのアドバイスもあり、待つことに。そして撮った写真がこれです。


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何がレア?この営団7000系の車両に「通特(通勤特急)」の表示があることがレアだというのです。うむ、奥が深い。

この後、そのマニアの方に「これからは渋谷駅に行った方がいいですよ」と勧められましたが、さすがに仕事が残っていたのと、それだけの気合いが無かったので、会社に戻って、そのまま帰宅しました。

今までどうもありがとう!日比谷線直通と旧渋谷駅。新しい渋谷駅に行くのを楽しみにしています。


(番外編)

そして午前12時30分頃に家に帰りました。そして何気なく見ていたTwitterからふとしたことで、渋谷駅を生中継しているマニアなTwitterを見つけました。携帯端末で撮影している画像がそのまま生中継の形で見ることが出来るのです。その方のお陰で、家に居ながらにして渋谷駅のラストを見ることが出来ました。

ちなみに、見ていたら午前1時を回っても人がなかなかホームからいなくなりません。これはどうなってしまうんだろう?と思って見ていたところ、やがて一番渋谷寄りの正面ホームから階段を下りて東横のれん街の前あたりで急に「特別記念ポストカード」が配られるとのお知らせが。そのポストカードを求めてホームから人が我先にと取りに向かいました。そのタイミングを見計らってホームから人を出し切り、そしてシャッターが。なかなか上手い作戦だなあと感心しながら見ていました。

雑誌記事のご紹介 〜RETHINKING JAPAN from NEWSWEEK その2

前回に引き続き、記事のご紹介です。

欧米も誇張する日本の「右傾化」
J・バークシャー・ミラー(米戦略国際問題研究所太平洋フォーラム研究員)
横田 孝(ニューズウィーク日本版編集長)

 長年、世界のメディアから地味な扱いしか受けてこなかった日本外交。ところがこの1年ほど、領土問題をめぐって日本の韓国と中国との対立が先鋭化し、これまでになく注目されている。
 昨年末、保守的な安倍晋三が首相に返り咲いたことで、外国メディアはさらに色めき立った。そして、こんな「分析」や論調があふれるようになったー恐るべき安倍政権の下、これまで平和主義を貫いてきた日本は第二次世界大戦の歴史を修正し、自衛隊を好戦的な戦闘部隊に変え、東アジアを火薬庫にするつもりだ、と。
 昨年の衆院選直前、安倍率いる自民党が復権することを危険視した韓国の英字紙コリア・タイムズは、「国際社会は一致団結して日本の右傾化にブレーキをかけるべきだ」と、妄想じみた社説を掲載した。
 日本の外交・安全保障政策が「右傾化」すると恐れているのは、韓国や中国だけではない。英エコノミスト誌は1月、「恐ろしく右翼的」な安倍政権は「過激なナショナリスト」の集団であり、「地域にとって凶兆だ」と断じた。
 もちろん、これらはすべてナンセンスだ。日本政治と外交の現実を理解している人間なら、こうした指摘を一笑に付すだろう。日本は極右勢力に牛耳られてなどいないし、安倍政権にアジア地域を不安定化させるつもりもない。
 選挙中こそ、安倍は強硬な発言を繰り返したものの、政権に就いてからは穏健かつ理性的な政策を打ち出している。例えば安倍は就任直後、ソウルに特使を派遣し、次期大統領の朴クンヘ宛の親書を送った。重要なのは、日韓関係改善のために先手を打ったのが朴でなく、安倍だったという事実だ。先週も、安倍は国会で日中関係について「最も重要な2国間関係の1つ」と発言した。
 それでも、日本があたかも狂信的なナショナリスト集団によって動かされているという誤ったイメージが世界に拡散した事実は残る。なぜ日本はここまで誤解されるのか。そしてなぜ、日本は強硬なタカ派の国とみられるようになったのか。

根深い歴史問題の「物語」

メディアのセンセーショナリズムのせいだ、と切り捨てるのは簡単だろう。日本に限らず、どの国のメディアもかねてから耳目を集めやすい事実や発言を都合良く選んで報じてきた。安倍の現実主義的な側面を無視し、過去の発言を強調するのもその一例にすぎない。
 だが、問題は不誠実な報道にとどまらない。大学やシンクタンクの「専門家」や「識者」が、日本外交の全体像を無視した「分析」を広めたことも誤解の一因だろう。冷静かつ的確な分析をした専門家もいる一方で、一部の識者らは日本の中国と韓国との対立だけを見て、日本外交が「右傾化」していると断じている。
 言うまでもなく、日本は韓国と中国だけを相手に外交しているわけではない。日本のアジア外交にはより広範で地域的なアプローチがある。ASEAN(東南アジア諸国連合)との貿易を拡大し、インドとオーストラリアと防衛協力を進めるなど、多様な国益のために多角的な外交努力をしている。全体像を無視し、日中と日韓関係が悪化していることばかりをあげつらって日本が「右傾化」していると断じるのは偏狭な分析と言わざるを得ない。
 より厄介なのは、歴史をめぐる「物語」が「国際世論」として定着していることだろう。日本が70年近くにわたり平和主義を貫いてきたにもかかわらず、世界にはいまだに第二次大戦という過去の色眼鏡を通して見る傾向が残っている。
 日本に軍国主義的な過去があったことは否定のしようがない事実だが、問題は、歴史はしばしば単純な「物語」に矮小化され、不正確な言説につながる恐れがあることだ。歴史認識をめぐる混乱は、とりわけアジア諸国の政治に深く浸透しており、一種の悪循環を生んでいる。
 中国や韓国の一部政治家は、「南京虐殺」や従軍慰安婦問題をやり玉に挙げ、戦時中の日本をナチスドイツと同列に論じ、日本は十分な謝罪をしていないと声高に叫んできた。
 中国と韓国が政治的に歴史問題を利用していることに、日本の世論も辟易としている。社会に多くの矛盾を抱えつつ、超大国の地位を目指す中国は、日本こそがアジアの問題だと唱えて国内の結束を維持しようとしている。そんな中国の反日プロパガンダに、韓国も便乗してきた。日本を牽制し封じ込め、時には内政面での不満をそらすスケープゴートとして都合よく利用できるからだ。
 歴史問題をめぐる中国と韓国の不満の声があまりにも強いため、欧米諸国でも依然として、日本が戦時中の行為について一度も謝罪していないと思い込んでいる人も少なくない。日本政府が謝罪したことを知る人たちでさえ、教科書問題や「河野談話」を安倍が見直す可能性を取り上げ、日本は不幸な過去に対する反省の色がなく、戦中の歴史を美化し、修正しようとしていると不安視している。

「国際世論」は正しいか

 実際のところ、日本の保守派が望んでいるのは、世界が日本政府による度重なる謝罪を認知して受け入れ、歴史解釈の問題や領土問題を検証し、正すべき事実は正したい、ということだろう。残念ながら、こうした声は「日本は反省していない」というイメージや「国際世論」によってかき消されてしまう。
 これに乗じて、中韓両国は領土問題を歴史問題とリンクさせ、自らの主張を正当化しようとしている。尖閣諸島も竹島も、かつて帝国主義に燃えていた日本が「盗んだ」ものだとしている。
 中国と韓国による主張の法的・歴史的根拠には微妙な点があるにもかかわらず、外国メディアの多くは中国や韓国の主張をうのみにしがちだ。
 その一例が、ニューヨーク・タイムズ紙の名物コラムニストのニコラス・クリストフの記事だ。同紙の東京支局長を務めたこともあるクリストフは、昨年の中国での反日暴動には批判的な立場を取っているが、1月5日付のブログ記事で、「明治時代の文書によれば、日本が戦利品として(尖閣諸島を)事実上盗み取ったことは極めて明白にみえる」と書いている。
 それにしても、欧米諸国はなぜ、こうした「物語」を信じてしまうのか。その根底には、質は異なるがよく似た「物語」が欧米には存在することが関係している。第二次世界大戦がファシズムと帝国主義を打倒した「正義の戦い」だったという単純なストーリーだ。こんな見方があまりにも根付いているため、これと食い違う意見や史実を再検証しようとする意見はすべて悪と見なされ、「修正主義」「歴史の歪曲」と切り捨てられてしまう。

情報発信を怠る外務省

 極端な日本観がはびこりやすいもう1つの要因として、日本が実際、過去に極端な変化を経験したからだと指摘する声もある。戦前の日本は東アジアの支配に向けて突き進んだが、敗戦後はアメリカに忠実な平和国家へと180度転換した。こうした過去があるために「一部の専門家は日本が再び戦略を大幅に転換するという不安があるのかもしれない」とダートマス大学のジェニファー・リンド准教授は指摘する。
 だが、これもステレオタイプで浅はかな発想だ。日本という国家が過去に大幅な方向転換をしたからといって、現在の国際情勢や日本の民主主義を考えれば、再び同じようなことが起きると勘ぐるのは余りにも安直すぎる。
 自国に関する勘違いが蔓延しているにもかかわらず、日本政府は誤解を解く努力をほとんどしてこなかった。外務省からの効果的な情報発信は驚くほど少ない。品位や節度を重んじるあまり、日本は中韓のアグレッシブなPRに押されてきた。領土や歴史問題をめぐって韓国や中国と同じレベルに下がって泥仕合を繰り広げるのは品がなく、事実を積み上げて真実が理解されるのを待つほうが「理性的」で「冷静」だ、というスタンスを続けてきた。
 複数の外務省高官は、筆者の1人に対して日本に対する誤解に不満をにじませながらも、日本的な価値観からして、韓国や中国の主張に真っ向から声高に反論するのは「大人げないからやりにくい」と語ってきた。
 確かにそうかもしれない。だが、日本の情報発信力が弱ければ弱いほど、韓国と中国の言い分が「国際世論」に反映されてしまう。領有権問題がいい例だ。日本は尖閣諸島が日本の主権下にあると印象づけるため、「領土問題は存在しない」という立場を取り続けてきた。だが日本が自己満足に満ちた「不作為」の政策を取り続けている間に、中国は既成事実を積み上げ、「領土問題が存在する」というイメージを国際社会に浸透させてしまった。
 日本が効果的な情報発信戦略の構築を怠ってきたために、外国メディアや評論家は日本という複雑な国を説明するに当たって単純で都合のいいストーリーに頼ってしまう。結果、表面的で誤った日本論が横行する。
 日本が武力を保持する権利はないという暴論は、その最たる例だろう。自国の安全保障と領土防衛は帝国主義などではなく、近代民主国家に不可欠な要素のはずだ。にもかかわらず、一部のアジア諸国には日本が国際安全保障はもちろん、自国の安全保障について語ることさえ許さない「不文律」が今もあるようだ。

認識されない日本の前提

 例えば、アジア情勢の戦略的課題に対応するため、日本が自衛隊を南西方面に再編する計画を発表すると、中国メディアは日本の好戦性を示す「極端」な動きだと糾弾した。
 こうした誤解があるからこそ、日本は「自衛隊」という名の軍隊の位置付けを明確にする必要がある。自衛隊とその役割は、外国では十分認識されていない。
 筆者の1人が先日参加したアジア太平洋地域の安全保障に関するシンポジウムで、欧米人の聴衆からこんな質問が出た。「もし中国が沖縄を侵略しようとしたら、日本はどうやって沖縄を守るのですか」
 質問者が知りたかったのは軍事戦略上の問題ではなく、自衛隊をめぐる憲法上の制約との整合性だった。この質問者は、日本には自国領土内であっても自衛隊を派遣する「法的権利」がない、と思い込んでいたのだ。
 いわゆる「アジア・ウォッチャー」の理解不足をからかうためにこのエピソードを紹介したのではない。この発言は2つのポイントを浮き彫りにしている。1つ目は、日本は憲法上の制約で自国内の紛争でも自衛隊を派遣出来ないという認識を広く持たれているということ。もう1つは、日本はそうした力を持つべきで無いという前提が一部で広がっていることだ。
 実際には、安倍をはじめとする保守派政治家が平時に提案する改革案はどれも、欧米の価値観からすれば取るに足らないことばかりだ。集団的自衛権の行使や国連の平和維持活動における自衛隊の権限拡大は、他の「普通」の国なら問題視されることはない。ワシントンのアメリカン・エンタープライズ研究所の日本専門家マイケル・オースリンが指摘するように、こうした動きは「国家安全保障のより合理的な意思決定プロセス」の一部でしかない。
 にもかかわらず、自衛隊の位置付けや憲法上の制約は十分に理解されていない。日本の平和憲法が現代の国際情勢の現実にそぐわないことへの認識不足も根強い。その結果、安全保障政策のいかなる変更も日本の「再軍備」と曲解されてしまう。イーストウェスト・センターの客員研究員クリスタル・プライアーは、日本政治に関する誤解に満ちた欧米の論調を批判する報告書で、こう記している。「日本政府内の安全保障論者について外国人が論じるときには、日本には他国と異なる前提があることを認識すべきだ」
 日本をめぐる誤解は笑いごとではない。とっぴな憶測のせいで他のアジア諸国に不信感が広がれば、日本の国益はさらに損なわれていくばかりだ。

いかがでしょうか?

雑誌記事のご紹介 〜RETHINKING JAPAN from NEWSWEEK その1

最初の書き出しがいつも同じですが(汗)、寄る年波と年度末の繁忙にかまけて、なかなか拙ブログが更新出来ていません。どうも申し訳ございません。

これから書く記事も元はたまたま髪を切っている時にたまたま台の上に置いてあった雑誌で(とは言え、多分美容院さんも自分の好みを知っているのでわざと置いたのでしょうが)、思わず膝を打った記事を見つけ、すでに最新号では無かったので中古で取り寄せたのが2週間ほど前・・・。なので、もう1ヶ月以上前の雑誌です。

少々掟破りかも知れませんが、2回に分けてご紹介します。私はこの記事と次にご紹介する記事は、第三者的観点から、今の状況を的確に描写した記事だと思いました。ご覧いただいた皆様はいかがお考えでしょうか?

日本が世界から誤解される理由
ジェニファー・リンド(ダートマス大学准教授)

 学者や政治アナリスト、ジャーナリストたちはどういうわけか、日本を「普通の国」として扱うのが苦手なようだ。日本が何をしても、彼らは極端な色眼鏡を介してその意味を曲解してしまう。
 日本経済が急成長を遂げた1970〜80年代には、日本が築き上げた奇跡的な資本主義体制はいずれアメリカを追い抜き、世界に君臨するだろうと持ち上げられた。バブルがはじけて日本経済が下り坂に転じると、今度は正反対の日本衰退論が主流に。少子高齢化の進行によって日本は数百年以内に絶滅の危機に瀕する、という絶望的な未来がまことしやかに語られている。
 外交政策でも、極端な論調が幅を利かせている。
 第二次世界大戦後、日本は日米同盟の下で節度ある国家安全保障政策を追求しつつ、高度な軍事力を保有して対ソ連封じ込め政策をサポートしてきた。しかし多くのアナリストや国際関係の専門家は、日本の「控えめ」な態度ばかりに注目して、脅威的な軍事力の存在を無視。戦後の日本は、軍事体勢と決別した非武装の平和国家だとアピールしてきた。
 ところがここに来て、振り子は正反対に振り切れている。尖閣諸島(中国名・釣魚島)の領有問題をめぐる中国との関係悪化を、日本の平和主義の終焉とナショナリズム台頭の兆しと見なす主張が声高に叫ばれているのだ。

日本政界「右傾化」の嘘

 昨年9月に中国全土で吹き荒れた反日デモでは、日本企業への襲撃が相次ぎ、「日本を打倒せよ」と訴えるプラカードが通りを埋め尽くした。それでも、当時の野田佳彦首相は落ち着いた態度を崩すことなく、中国政府に暴動の取り締まりを冷静に求め続けた。
 なのに世界の主要メディアはこの数ヶ月間、ナショナリズムの大波が日本を襲っていると警告し、日本政界でタカ派が台頭していると書き立てている。
 皮肉な話しだ。日本政界の「タカ派」の指導者たちは、他国の基準で見れば究極の穏健派といえるだろう。何しろ彼らは、カナダに匹敵するほど温和な全体戦略を描き、中国の物騒な反日デモに対して平和と国際法の遵守を呼び掛けるような人々なのだから。
 実際の日本は決して平和国家ではない。だがその一方で、攻撃的な軍国主義国家でもない。ゴジラのように手に負えない経済大国でもないし、超高齢国家でもない。日本は普通の「ミドルパワー」国家だ。
 アメリカ(とおそらくは中国も)も別にすれば、日本ほど巧みに国力と影響力のブロックを積み上げてきた国はほかにないだろう。
 何世紀も前から、各国の国力はGDPと1人当たりのGDP、人口規模、技術力、政治的安定の指標で測られてきた。さらに現代社会では、民主主義の有無も項目の1つに含まれるべきかもしれない。
 この6つの指標について、日本を明らかに上回るのはアメリカだけだ。経済力と人口規模の組み合わせにおいて、日本に匹敵する国はヨーロッパには存在しない。代表的なミドルパワー国家であるイギリスは、人口もGDPも日本の半分ほど。ヨーロッパ経済を牽引するドイツも、人口、GDP共に日本の3分の2だ。
 複数の指標で日本を追い越しつつある中国でさえ、経済のファンダメンタルズに重大な問題を抱えている。巨大な労働人口を擁するおかげでGDPは膨張しているものの、国民の大半は貧しく、政府は汚職まみれ。政治的な安定を阻む課題が山積している。
 もちろん、日本にも問題はある。高齢化が進行し、労働人口が縮小する現状では、たとえ堅調な成長を実現出来たとしてもGDPは当分の間、横ばいが続く可能性が高い(それでも世界3位だが)。
 安定した民主主義を誇る一方、13年間で9つの政権が生まれては消えてきたのも事実だ。さらに近隣諸国との長年の歴史問題が、日本を世界に売り込む「ソフトパワー」外交の足を引っ張っている面もある。
 それでもなお、日本が全体として驚異的な国力を備えているのは間違いない。豊かで民主的で今日行く水準が高く、テクノロジーを使いこなせる巨大な人口を抱え、おまけに強力な軍事力も保有しているのだから。
 ゴジラのような強力な経済か、傷ついた無力な経済か。従順な平和主義国家か、過激な軍国主義か。日本がそんなふうに極端に描写されるのはなぜか。
 まず「予測」に付き物の問題がある。評論家はしばしばGDPや防衛費といった指標をいくつか選び出し、現在の政治や経済情勢に何の変化もないと仮定して、20年、30年、または50年後を予測する。
 しかしそのように直線的で、変化や柔軟性を伴わない予測はこれまで当たったためしがない。かつて専門家達は、アメリカが凋落し、ロシア経済や日本経済が世界を席巻すると予想した。今日では、中国の台頭を誇張して論じているように見える(それが正しいかどうかも、時間がたてば分かるだろう)。

現実のずれが疑念を生む

 特に予測が難しいのは、安全保障の分野だ。安全が危機にさらされ不安が増大しているとき、人は思い込みや自分に都合のいいことしか見ようとしない「確証バイアス」によって、最悪の事態を想定しがちだ。
 このような予測をめぐる一般的な問題以外にも、日本の国力を分かりにくくしているものがある。政府自身の振る舞いだ。
 日本の政府関係者や学者、安全保障の専門家はしばしば「日本に軍隊はない」と口にする。しかし憲法9条に「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とあるにもかかわらず、日本は陸軍はもちろん、東アジア最強の海軍と空軍を有している。
 言葉と現実のずれは近隣国の人々の心に疑念を生む。なぜ日本政府は言葉を濁し、分かり切ったことを否定するのかと、彼らはいぶかる。日本政府が軍事力に関して率直に語っていないと考える隣人たちは、日本が軍国主義になることはないと言っても信じない。そんな疑念に満ちた環境で日本の力が少しでも増せば、過剰なほどの注目と恐怖心を引き起こす。
 核兵器をめぐる議論も同じような混乱を生んでいる。多くの日本人は、核兵器を邪悪なものとして非難する。指導者たちは毎年8月6日や9日に行う演説の中で、核兵器のない世界を目指すと誓う。

「日本カード」で人気取り

 その一方で、日本は40トン以上のプルトニウムを保有している。核兵器を持たない国としてはどこよりも多い。日本はいつか核兵器を手にする必要が出てくるだろうし、それが憲法9条に反することはないー過去にこんな発言をした政府高官や政治家も1人や2人ではない。
 だから誰にも分からない。日本は核兵器廃絶を目指す世界的取り組みの柱であるのか、それとも次の核保有国になるのか。
 最後にもう1つ、日本が極端な目で見られる理由がある。近隣諸国に、日本の政策を意図的に歪曲する人々がいることである。
 中国や北朝鮮の指導層は自分たち独裁政権の正当性を訴えるために、日本による占領と戦争の記憶を持ち出し続ける。民主国家の韓国でさえ、政治指導者たちは国民の人気取りや、自分たちの望む防衛政策への支持を得るために「日本カード」を使うことがある。
 こうしたことから、東アジアの指導者たちは日本の防衛政策におけるわずかな変化も、意図的に誇張してみせるのだ。
 日本を極端視する傾向に、さまざまな理由があるのは確かだ。しかしそうした見方は間違っているだけではない。東アジアの勢力バランスの中で日本が担うことの出来る役割を、同盟国が見逃すことにもつながる。つまり、日本の存在価値を過小評価することになる。
 日本を平和主義の国と考えることで、人々は日本が東アジアで担うことのできる役割を見過ごしてしまう。一方で、日本を軍国主義の国として見れば、真のパートナーとして信頼出来なくなる。
 過去60年間、日本は能力に見合う仕事をしてこなかった。安全保障をアメリカに頼るだけでなく、安全保障政策を日米同盟の枠内に押し込め、従属的なパートナーとしての役割に甘んじてきた。(管理人注:これは日本の怠惰な姿勢だけではなく、パールハーバー世代のアメリカ側も日本が自律的な安全保障政策を採ることを容認しないことがアメリカの国益だと考えていたからだと思います。)
 日米同盟においては、日本は最小限の役割を演じればいいとアメリカも同意している(つまりアメリカが軍事力を用意し、日本は基地を用意するということだ)。
 しかし今や、同盟関係や国際政治において日本が本当の能力に見合う、もっと普通の役割を担う時が来たのではないか。日米政府は考えるべきだ。

WBC 東京ラウンド キューバ対オランダ

実は2次ラウンドは2連勝とは思っていなくて、1勝1敗でこの日に決勝ラウンドを戦うと読み、ウェブでチケットを見たところバックネット裏の最前列の席があったので、思わずポチッと押してしまいました。

結果、渋い「キューバ対オランダ」となったのですが、折角の席とチケットなので、ちょっと仕事を抜け出して東京ドームに来ました。

多分誰にも求められていない速報をば。

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(1回裏 ヒットを放つバレンティン)


1回表 キューバ 三者凡退

1回裏 オランダ 2死からバレンティンがセンター前ヒットで出塁も後続が続かず無得点。

2回表 キューバ 先頭打者がヒットで出ましたが1死後、盗塁が中途半端になり1塁に戻るもアウト。続く打者が四球で出ますが、後続続かず無得点。

2回裏 オランダ 2死からヒットで出塁しますが、無得点。

3回表 キューバ セカンドゴロを弾くも間一髪アウト、ライトフライ、センターフライの三者凡退。

3回裏 オランダ 先頭左中間2塁打、ショートへの高いバウンドで内野安打。2塁ランナーはそのままで無死12塁。送りバントで1死23塁。死球で1死満塁。レフトへ犠飛でオランダ先制!1−0。ランナースタートで三遊間を破るヒット。2−0。見逃し三振でチェンジ。2−0でオランダがリード。

4回表 キューバ 左中間2塁打、ライト前ヒットで1点返し2−1。セカンドゴロでダブルプレーで2死も、続くアブレイユがバックスクリーンへのホームラン!2−2。死球で2死1塁、オランダ投手交代。三振でチェンジ。

4回裏 オランダ 四球、ランナースタートのサードゴロで1死2塁。ショートゴロを3塁に投げるもセーフ、1死13塁。盗塁で23塁。レフトへの犠飛で3−2。2死2塁。セカンドランナー盗塁で悪送球も重なり一気にホームへ。4−2。四球でガルシア投手は降板。2死1塁。センターフライでチェンジ。4−2でオランダが再度勝ち越し。

5回表 キューバ 代打でライト前ヒット、続く代打はセンターフライ、続く打者センター横に飛ぶ飛球を飛び込むも惜しくも捕れず1死12塁。センターオーバーでセンター掴んで投げようとするも前を横切ったレフトが気になったか落球。2者還り4−4と再び同点。1死2塁。セカンドゴロで2死3塁。続く打者は四球で13塁も三振でチェンジ。4−4の同点。

5回裏 オランダ 先頭のジョーンズセンター前ヒットで無死1塁。ショートゴロもゲッツー取れず1死1塁。続いてセカンドゴロで今度は4−6−3のダブルプレーでチェンジ。無得点。打者走者足を傷めた模様で担架で退場。

6回表 キューバ 久しぶりの三者凡退。

ここまでの感想として、足で先の塁を狙うオランダと、パワーで初球から振っていくキューバといった引照です。あとキューバ人が明るくて、いつも声を出しています(*^。^*)傍から見るとあんな風に見えるのかな?なんて思っていたりもします。

6回裏 オランダ 1死後四球でランナーが出、2死後盗塁で2死2塁としますが最後はキャッチャーファウルフライでチェンジ。4−4のままです。

7回表 キューバ 先頭打者がレフト線を破る2塁打。続く打者がバントを匂わせながら四球を選び無死12塁。続くバッターもバントをするも小飛球でアウト。最後は4−6−3のダブルプレーで無得点。

7回裏 オランダ 先頭が四球で出るも盗塁失敗。2死後連打で12塁としますが、最後は三振で無得点。

8回表 キューバ 先頭のセパタが四球で出塁、アブレイユがセンター前ヒットで無死12塁。デスパイネがライトフライで2塁ランナーが3塁へ。1死13塁。ここでオランダが投手交代するも、続くトマスがライト前ヒットで遂に勝ち越し。4−5。1塁ランナーは3塁に到達し、1死13塁。続くサンチェスがセンターフライ(センターがジャンプして捕球)。犠飛となり4−6。ゴンザレスは内野フライでチェンジ。4−6でキューバが勝ち越しました。

8回裏 オランダ 2死1塁から1番シモンズの起死回生の同点2ランホームランがレフトスタンドへ!再び6−6の同点。

9回表 キューバ この回からオランダの投手が交代。三振、レフト前ヒット、盗塁成功で1死2塁。レフト前ヒットで1死13塁。4番セパタは三振、5番アブレイユはライトフライで得点が入らず。

9回裏 オランダ レフトフライ、ジョーンズ三塁ゴロも三塁手がボールを弾くエラー。1死1塁。続くスミスはレフト前ヒットで1死12塁。ここでキューバが右サイドスローの投手に交代。続くバッター、バットの先っぽでしぶとく拾ってライト前に落ちるヒット。これで1死満塁。ここでキューバはまた投手交代。続く打者のサンズは打った瞬間犠牲フライ確定とわかるような大きなセンターフライ。オランダベンチからはボールをセンターが捕る前からグランドに飛び出して来ます。そのまま犠牲フライトなり三塁ランナーのジョーンズが歓喜のサヨナラホームイン!オランダが7−6と劇的な勝利を収めました。


見ていて思ったことは

1)オランダは案外スモールベースボール

この試合を見ている限りでは、エンドランを多用する印象がありました。ノーヒットで2点を挙げた4回裏の攻撃は試合巧者と思わされました。あと身体能力が高いので、右打者でも1塁への到達時間が早い!また、大きいの余り狙わず、ラインドライブのボールを打とうとしているように見えました。

2)オランダもキューバもしっかり振る

よく日本の野球で見るタイミングを外されてへっぴり腰になって振らされるという姿が、殆ど見られませんでした。必ず自分のスイングをしっかりしています。なので連続写真で見ると、どのバッティングフォームもクリーンヒットかホームランに見えるほど。ミートすることを優先する日本と、自分のスイングをしっかりとすることを重視する野球の違いのようにも見えました。だからといってブンブン振り回すとも違うのですが。

3)捕手が相手ベンチを見ない

今や高校野球でも捕手は必ず相手ベンチを見てから構えてサインを出しますが、キューバの捕手もオランダの捕手も全くといって良いほど相手ベンチを見ません。自分のベンチからでるサインを見るだけ。

4)興奮するとベンチから水が撒かれる

キューバもオランダも試合状況によって興奮してくると、よく応援指導部が水をかけられるような水筋(?)でベンチから水が撒かれていました。

5)ベンチからの声は自軍のノリを良くするようなものが殆ど

よくある相手を威圧したりけなしたりするようなものではなく、「どんどんノっていくよ〜♪」みたいな声が多いように感じました

6)キューバ人は本当に野球が好き

バックネット裏に座っていたのですが、後ではキューバ人の一団が大応援!ラテンのノリで聞いていても楽しかったです。選手への声掛けも結構やっていて(多分スペイン語なのでさっぱりわからず)、心からキューバの勝利を祈っていたと思います。試合が終わった後、その人たちに片言の英語で「とても残念だけど、素晴らしいゲームだったね。そして皆さんの応援はとてもとても素晴らしかった。ありがとう。」って話してみたら、2m近くのがっちりした身体のおじさんが目に涙を浮かべながらハイタッチをしてくれて何回も頷いていました。ちょっとホロッとしました。

7)キューバは殆ど前進守備をしない

ランナーが1塁にいる状況で、前進守備はまずひきませんでした。オランダはやっていましたね。それだけ肩の強さなど身体能力の高さがあるのでしょう。なので、サヨナラの場面での前進守備は見ていて結構しびれました。

正直、チケットがあるから行ってみるかくらいのWBC観戦でしたが、今まで見てきたWBC(考えて見れば全て日韓戦)とも違い、純粋に試合の攻防を楽しめた、素晴らしい野球観戦でした。

実はギリギリまで行けるかどうかわからなかったので、PCの充電とか忘れていて、昨日途中で更新が止まったのは、MBAの電池切れが原因でした。またカメラも電池がちょうどオランダの歓喜の表情を撮影しているところで切れてしまい、電源周りのケアの重要度を改めて感じました。

そろそろ神宮も開幕するし、球場からの速報の肩慣らしにもなったかな・・・?とも思っています。

やっぱり野球の生観戦は楽しいですね!

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