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「上から目線」という言葉と「学問のすすめ」

最近巷でよく耳にするようになった「上から目線」という言葉。

自分はこの言葉が嫌いですね。自分もこの言葉を使いたくないし、使っている人を見るのも好きになれない。

そもそも上から目線とは、なんて書こうとしてまず語句の意味を調べたら、そのまま結論に至るまで同じようなことを書いていらっしゃる方がいました。先人のお言葉をそのまま引用させて頂きます。

え?「上から目線」って言葉知らないの?(ニコニコ大百科)

「上から目線」というのは、対等・あるいは自分より下の立場にいるはずなのに、相手の発言が上から物を言っているように聞こえるときに使う言葉。相手の人格を非難する言葉の一つで、言い換えるなら、まあ「偉そうなお前の態度が気に入らない」という感じかな。

本当は「偉そうなお前の態度が『俺は』気に入らない」っていう意味なのに、こうやって言い換えることで「偉そうなお前の態度は『みんな』気に入らないよ」と一般化しているのがミソ。根拠もないのに相手を非難する時に使う常套手段だね。

ネットでは相手の顔が見えないから、「○○教えろ」とか「zipよこせ」とか上から目線でいう人が結構いる。
現実ではヘイコラしている人が、唯一優越感に浸れることだからね。でも、こっちだって上から目線でいわれるのは現実の上司だけで十分だから、この言葉を使う。

もし、この言葉を言われたら、相手をしない方がいい。
セクハラとおんなじで「上から目線で言われた」と思うのは相手次第。
だから、基本的に反論はできないし、自分ではどうしようもない。
次回から、言葉遣いをやわらかくするように心がけよう。

また「上から目線でモノを言うな!」と怒る人も大概相手のことを上から目線で見ている訳であり、だからこそ怒るのである。この点については「人の心は合わせ鏡」、「アホいうやつがアホじゃ」の理論に通ずるものがある。

「へぇ、先生の言うとおりですぜ、ゲヘヘ^^」と下から目線で会話しても、相手のコンプレックスを逆撫でして、
より大変なことになるから注意すること。

全くその通りだと思います。自分の中に確固たるものが確立していないから、相対的な立場の上下ばかりに気を遣い、その立ち位置で一喜一憂していることを表していると思えるのです。また、もし自分が「あいつ上から目線で言いやがって」とでも思ってしまったら、自分の成長の機会を放棄しているようなものだと思います。

と思ったら、今より140年くらい前にそのことに関して、簡にして諒なる言葉で本質を表現されている本がありました。

それが「学問のすすめ」です。

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。されば天より人を生ずるには、万人は万人皆同じ位にして、生れながら貴賎上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの者を資り、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。

確かに本当にそうであれば、上から物を言うなんてとんでもないですね。

されども今広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるものあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや。

でも、上下は明らかにあるし、優劣も必ずあります。みんながフラットになるわけもありません。

その次第甚だ明らかなり。「実語教」に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり。されば賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとに由って出来るものなり。

その差は学ぶか学ばないかであるということ。色々と理屈をこね回してみたところで、真理というのは簡潔な言葉になるものです。いかに学んだか、いかに練習したか、いかに努力したかが人それぞれの差を生むのです。

塾高野球部の上田監督がこのところブログ(?)で吠えていらっしゃいます。

大学で野球を続ける選手が気合が入っていないので喝を入れた。この時期に頑張らないくせに何が大学で野球を続けるだ。アルバイトしたいなら、野球を辞めろ。中間テストの終わった日に練習に来ていた3年生はわずか2人。『大学では絶対野球をやらせない』と大説教をした。高校でベンチにも入れない選手が偉そうにアルバイトをするな。入部まで死ぬ思いで練習しろ。高校でレギュラーでも他に選手がいないから出てただけだ。大学でレギュラー取る気がないなら辞めちまえ。この意識の低さにあぜんとした。『慶應義塾を舐めるな』
旧制中学出身のエリート達が自分の利益など露も考えずに、国を思い身を粉にして働いた時代があった。明治時代から日本が飛躍的に世界で例を見ないほどの発展を遂げたのは旧制中学出身者の力による所が大きい。先週から始まったNHKの『坂の上の雲』を見ていてもそう思うし、最近大好きな故北杜夫さんの出た長野の松本中学の話しを読んだ。誰もが天下国家を考え、世の中にどの様に貢献していくかだけを考えていた学校だったような気がする。夏目漱石が教鞭をとっていた松山中学など全国には優秀な人材、リーダーを送り出してきた名門中学が数多くあった。今の名門校と言われている高校は大学進学率や『…大学に何人入った』だけを考えるダメダメ進学校だと思う。文学や哲学を語り、受験勉強よりも大事な事を教えた戦前の旧制中学はすごかったことだろう。自分の学校ではあるが塾高はどうかな。

慶應義塾ではどこかで「独立自尊」の教えを受け、スポーツに身を投じれば「練習ハ不可能ヲ可能ニス」と教えられて来ました。人を羨み、妬んでみても何も始まりません。自らの努力で確固たるものを身につけてこそ、独立自尊の人にもなるし、不可能を可能にも出来るのです。ここで改めて自らを振り返る時に「学問のすすめ」を読み返してみるといいのだと思います。今世の中でいろいろと起こっていることを考えると、再度学問のすすめを読んでみようと思いました。


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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

慶應義塾には、中身は旧制高校のまま新制中学に移行した普通部という学校があります。
めちゃくちゃホネのある学校です。
慶應義塾の屋台骨を支えているのはこの学校であると言っても過言ではありません。
先生方は勿論代替わりしておられますが、それでもなおサムライぞろいですね。

ところで、先日、本屋さんで偶然こんな本を見つけました。子供向けにうんとくだいてあるのですが、子供にだけ読ませておくのは勿体ないかも…

こども「学問のすすめ」斎藤孝著
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%93%E3%81%A9%E3%82%82%E3%80%8C%E5%AD%A6%E5%95%8F%E3%81%AE%E3%81%99%E3%81%99%E3%82%81%E3%80%8D-%E9%BD%8B%E8%97%A4-%E5%AD%9D/dp/4480878467/ref=sr_1_fkmr0_1?ie=UTF8&qid=1323449708&sr=8-1-fkmr0

…と思っていたら、

おとな「学問のすすめ」斎藤孝著
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%8A%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%80%8C%E5%AD%A6%E5%95%8F%E3%81%AE%E3%81%99%E3%81%99%E3%82%81%E3%80%8D-%E9%BD%8B%E8%97%A4-%E5%AD%9D/dp/4480878459/ref=pd_sim_sbs_b_1

というのもこれから出るんですね。これは期待できそうです。

おっと失礼、「旧制中学のまま」、でした。

私も今こそ「学問のすすめ」の時代だと思うひとりです。世界情勢が刻々と変化している中で大震災からの復興という重い課題を抱えた日本の舵取りは想像を超えた困難があるのでしょうが、塾員政治家には大局を見誤ることことなく行動してもらいたいものですね。ひとつ間違えると一気に好ましくない方向に突き進んでしまう危険性もありそうで・・・。

あごらさん

コメントありがとうございます。

確かに普通部は一種独特の雰囲気が流れていたように思います。実際に普通部のHPを見ても

「普通部」という名は、1890(明治23)年から塾に大学部が開設されるに際して、福澤塾以来の従来の課程を総称するものとして

と記載されており、大学より以前からあることを示しています。普通部、塾高、大学(経済学部)の中で、学問以外のいわゆる慶應義塾らしさは、今から思えば普通部で一番感じましたね、確かに。最近では自分の同級生も「目路はるか教室」で抗議する人がチラホラ出てきたほど、「普通部時代は遠くなりにけり」ですが、あの雰囲気はずっと残していってほしいです。

斎藤孝さん、「学問のすすめ」づいていますね。自分も斎藤さんの本で「学問のすすめ」の魅力によりはまったのですが、この方の表現は大変わかりやすく、とっつきやすいですね。是非これからもどんどん世の中に紹介してくださればなんて思いました。

kktfさん

コメントありがとうございます。

kktfさんとは何回か拙ブログでも危惧していた世の中の流れがそのまま続いてしまっているような感じですね。「学問のすすめ」は言ってみれば独立自尊の人となるために、実になる学問を行い、自らの根本を作り上げようといったものだと思いますが、今の世で我々がこれだけ心配になるのも、やはり国民ひとりひとり(勿論われわれも含みます)の根本がしっかりしていないので、方向性が定まっていないからだと思います。こういったみんなが芯を求めつつ、自らに芯が無い状態というのは大変危険だと思います。それが「ひとつ間違えると一気に好ましくない方向に突き進んでしまう危険性」なんだと思います。本当に今こそ「学問のすすめ」の時代だと痛感しますね。

ちと、脱線。今宵は、上からではなく上を向いた方々が多かったのでは?ちなみに、大宮では十日町。(酉の市)昔は、平日ですと市内の小中学校は半ドンでした。今日は、そんな行事も重なり、仕事ながらカメラを持参しての出勤でした。いわゆる南銀は下から目線でしたよnight

個人的ながら、今日は父の母の命日でもありました。ですから、忘れることのできない日でもあります。

普通部。私には馴染みがないのですが、やはり第二回優勝校として今も輝いていますよね。百回大会の開会式には間違いなく開会式には入場行進の際に旗と伴にもありますし、なんといっても、豊中にありますあの発祥の地にぜひ。←ってこの書き方がいけないのかもwobbly

塾員政治家には大局を見誤ることことなく行動してもらいたいものですね

このコメント、政局を国策より上位に置く、小沢、石原という塾員政治家に肝に銘じてほしい。
民間から政府に入った息子、枝野さんや野田さんが耐えに耐え国難に向かう姿勢に
感動している。

塾員として情けない!

黄色と黒は勇気のしるし♪さん

コメントありがとうございます。

そうなんですよね、普通部に入ってから第2回優勝校と聞き、なんで普通部が優勝校?しかも東京?みたいに思ってしまいました。

そういった歴史の重さに思いを馳せるのもいいのかもしれませんね。

文武両道さん

コメントありがとうございます。

ニュースを聞けば聞くほど、あの2人に対しては絶望感すら感じます。なぜ倒閣か選挙の話ししかしないのでしょうか?それより日本をどうするかが大事なのでは?

自分は野田さんはしっかりやっていると思います。あとは周りがいかに支えるかです。まともな判断が出来る人がようやく首相になったのに、日本の政治家は一体何をやりたいんだか・・・。

今の慶應義塾はテニスサークルと合コンと飲み会、バイトで楽しくすごしましょう、としか教えてないでしょう。そういう学生が大半ですから。

まさやさん

コメントありがとうございます。

まあ、そういうイメージは20年前でも30年までも変わりませんから・・・。
寧ろ未成年の飲酒は大変厳しくなった感じですよね、傍から見ていると。
あとテニスサークルは一時期より確実に衰退していますから、どちらにしても20年前の慶應義塾の匂いが「テニスサークルと合コンと飲み会、バイトで楽しくすごしましょう」という言葉から香ってきますね(@@;)


それはさておき、折角慶應義塾に入ったのであれば、塾祖が当時の日本に対してどんな提言をしていたのか、何かの折に知るのはとても意義深いことだと思います。読んでみると本当に色あせない言葉が多いですよ。コメント欄にもある「普通部」とかではそういったことを実際に学ぶ時間がありました。なので高校でも大学でもそういった機会があればより良いのではと思います。これは自戒も込めてです。

在職時外で講演したときのつながりから異業種、異分野の方たちと
勉強会をしています。男性、女性、大学名誉教授、銀行員OB,
女性経営者、IT企業経営者、
異業種であることで他分野の方たちの視点は常に新鮮で
上から目線には一度としてなりません。
企業の上下関係ではなぜか上から目線になり自由闊達な議論には
なりません。とくに理系、文系が混在しているので互いの視点が
勉強になります。

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