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追悼 尾藤監督

昨日、悲しいお知らせがありました。名将の尾藤監督がご逝去されたとのこと。これは2年前に日経ビジネスに掲載されていた文章です。味わい深い言葉が鏤められていたので、ご紹介し、ご冥福をお祈りしたいと思います。

土壇場で生きる人間力
一瞬のために練習する

1_2

 1点リードされた延長12回裏。2死走者なし。「最後まで諦めるな」と選手に普段言っていたはずなのに、監督である自分はこの時、敗戦の弁をどう語ろうかと考えていました。

 1979年夏の甲子園で優勝し、 春夏連覇の期待がかかった全国大会の3回戦。忘れもしない石川県・星稜高校との一戦です。高校球史に「奇跡」として刻まれるこの試合、延長18回にサヨナラ勝ちしましたが (その後、優勝)、勝ったことよりも、 監督として選手に教えられたことの方 が印象に残る試合でした。

 まさに絶体絶命のピンチ。 この時、 最後の打者になるかもしれない選手が ベンチに駆け寄ってきて、大きな声でこう言ったんです。「監督! ホームラン狙っていいですか!」。その気迫に押された私は「おお、打ってこい」と。そして、 本当に打ってしまった。

 試合後、この選手に、なぜ、あんな行動を取ったのかと聞きました。「ベンチがしゅんとなっていたから」。 敗戦直前でうつむき加減の選手や監督。選手はそれを察して、とっさにそんな行動に出た。 実際、 それからベンチは 皆、顔を上げて再び声を出し始めた。

 奇跡は2度起こりました。再び1点リードされた16回裏、2死走者なし。またもや土壇場の同点ホームランです。

 野球は、選手一人ひとりの判断力、 瞬発力を合わせた勝負です。打って走って投げてと、各選手が独自に瞬間的に判断して、 それが組織のプレーになる。監督が試合の場で一つひとつ指図するわけにはいきません。苦戦していてもニコニコしている「尾藤スマイル」 が話題になりましたが、それは選手をリラックスさせ、自主的な判断をしやすくするためでした。似合わないなあと思いながらも、選手に促されて、取り入れたものです。

 絶体絶命の場面で選手がベンチに活を入れたのは、周囲の状況を自ら判断して瞬間的に行動に移したもの。人間力というか、センスです。監督として教え子たちの判断力を再認識させられた試合でした。

 普段は、厳しい練習をしてきました。瞬間的に判断する能力や勘を養うための訓練、いわば人間力を鍛えるためです。 瞬間的な判断力は日常生活の中でも培われます。だから選手には、本を読めとよく言いました。練習後には、恋をしているか、 ラブレターの書き方も教えるぞ、とも声をかけてきた。つい先日、事業をしているかつての教え子に言われました。「監督には野球の技術は教えてもらわなかったけど、自分で考えて判断せえ、ということは教えられました」。本望でしたね。

 20代前半で母校・箕島高校(和歌県有田市)野球部の監督を引き受け、29年間務めました。 私自身の実績な どどうでもいいんです(甲子園で春・夏合わせて4度優勝。この間、東尾修など後のプロ野球選手も多く育てた。現在は日本高等学校野球連盟常任理事)。教員ではありませんが、教え子たちの人としての成長が見たかった。

 満足なノックができなくなり、選手に失礼だと監督を辞めてから13年が経ちました。この間、他校から「ぜひ監督に」とのお誘いも受けました。しかし、この箕島を離れられなかった。他校で監督をしてしまうと、 これまでの教え子から「尾藤さん」と他人行儀に振る舞われるんじゃないか、 と。いつまでも「監督!」って呼ばれていたい。ただそれだけでした。 (談)

日経ビジネス 2008年7月28日号より

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コメント

黄色さんのコメントで尾藤さんについて書きましたが、
上田さんも書いておられました。
そして管理人さんも・・・

あの高校は勉強でも野球でもごく普通の高校で、
全く地元でも注目されていなかった・・・
それが監督の指導で大きく成長する。
そこが凄い!

新聞に「0」が並んだスポーツ面、最初は訳がわかりませんでした。あの日は本家に戻る途中で、新幹線が遅れ翌日になってしまい、全く高校野球を見ていませんでした。しかし、箕島ー星稜の試合を録画してくれていた友人のビデオを見て、感動したのを覚えています。「こんなことがあるのか・・」と。
箕島と徳島池田高校の試合で、三本間に挟まれた箕島のランナーが「ボーク!ボーク!」と叫びながら選手の動揺を誘い、三塁へ暴投してしまい、失点しました。そのとき、蔦監督は「いいんじゃ!いいんじゃ!」と言って純朴さであるが故のミスを責めなかったの覚えています。箕島野球のしたたかさ、粘り強さ、勝利に対する執念を見せつけられました。あの時の星稜の堅田投手が春センバツで塾高の審判してました。しかし、尾藤監督早すぎますね。残念です。

http://blog.canpan.info/kanbe-c/
愛読するブログで尾藤さん追悼

細かいことまで指示したがる
大多数の管理職に読ませたいお話でした。

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