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2011年2月

松本くん、どうもありがとう!

昨年の年末より、ず~っとこのネタで書こうと思っていましたが、なかなか手に付かず今に至っていました。が、もうすぐ彼は卒業してしまうではないかとハタと気がつき、ようやく重い腰を上げてみましたcoldsweats01

自分が最初に松本くんに気付いたのは、彼が3年の春の時の立教戦でした。大きな声で真剣にチームメートを応援している姿は、とても印象的でした。ただ、ベンチ上からだったので顔が見えず、見えたのは青いバンドだけ。なので、バンドだけ写真を撮ってみました。

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そして夏が過ぎ、「ブログ玉子」として名乗りを上げているのを見てどんな人なんだろうと思って探してみたら、松本くんでした。長谷くんは小柄だったので、なんとなく小柄な印象で見ていたら、とても体格の良い選手で驚いたのを覚えています。秋になるとちょっとした有名人にもなっていて、彼がコールされるとスタンドが盛り上がるようになっていました。そして2009年秋のヤマ場の一つ、対法政戦1回戦の大事な場面に代打で登場し、初球を積極的に打って内野安打で出塁します。余りに自分も盛り上がりすぎて、本人を撮る前にヒットを打たれてしまったのが残念でしたが・・・。

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この試合、そして次の試合も勝ち優勝戦線に残った塾野球部。きっと彼も活躍出来て満足しているんだろうなあと思ったら、塾野球部ブログにこんな文を投稿していました。ショートカットを貼っておきます。

四年生の意地(慶大野球部ブログ2009)

この文の中で彼のお母さんの話は出てくるものの、後は先輩の活躍、同級生らの活躍に触れるだけで、自分のヒットには一切触れていないところに驚きました。

そして、その後も。更に最上級生になってブログ担当(?)となってからの彼の文章からも、チームの紹介、頑張っている選手の紹介、ホッとするお話しはいろいろ出てきていましたが、本人の活躍について触れられることはあまり無く、彼が余りにも周りに気を遣いすぎて自分を出せずにいるのではと心配していました。そして実際に春季リーグ優勝記念のブログ記事にもそんな風なコメントを投稿させて貰いました。

そして4年生としてのラストシーズン、秋季リーグ戦が始まります。彼は、先ほど紹介したブログの中でこんな一文を載せています。

来年の今頃、僕自身が最上級生になっていて、下級生に今日の四年生のような姿を見せられるような、ラストシーズンに懸ける執念を後輩たちにプレーで伝えられるような、僕が今感じているこの気持ちをそのまま後輩たちにも届けられるような先輩にならなくてはいけないと、今日ベンチの中で身に染みて感じました。

そしてその文章に恥じないプレーを秋は見せてくれました。

印象深かったのは対立教5回戦と優勝決定戦。

まずは対立教5回戦です。

勝ちこしを狙い、2塁にいた長﨑君に代走を出した後、塾野球部の命運は松本くんの頭脳とミットに託されることになりました。彼も真剣に疲れの見えてきた福谷くんをリードします。

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そして、ようやく14回の表に山﨑君のタイムリー2塁打で貴重な1点を勝ち越した後、もう1点を取るためには是非とも必要な送りバントを、それこそ気持ちを込めてしっかりと決めました。ここにも彼の絶対決めよう!という思いが感じられました。

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14回の裏、敵も諦めず攻め立てます。話し合う姿も真剣です。

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そして最後は同じ4年生の田中投手が登板し、しびれる場面の中抑えきってくれます。この達成感の溢れる姿を見て本当に良かったなあと感じていました。これまた4年生の田村陽太郎くんとのハイタッチがいいですね!

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この日のブログ、彼のプレーでの気持ちがようやく登場します。

3と11へ(慶大野球部ブログ2010)

この中で、

ぼくが田中を試合でリードしている時、田中は大きく縦に首を振ってくれます。「おれもそのボールを投げたかった」という気持ちが伝わる大きなうなずきです。昨日は田中が投じた全8球、最後のバッターの最後のボールまで大きなうなずきで意思疎通ができていました。強い気持ちでバッターと戦っていた田中とうまく呼吸を合わせることができてほっと一安心でした。田中、これからはもっと厳しい場面でリリーフすることになると思うけど、今日のボールなら大丈夫。今日の強いハートなら大丈夫。明治戦も一緒に頑張ろう。

と書いているのを見て、自分のプレーに対する欲が出てきたように感じました。一歩引いた所から見るのでは無く、戦士の一人として戦い始めたと。

そしてあの慶早優勝決定戦です。

余りにも流れの悪い中、松本くんがキャッチャーとしてグランドに入ります。

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うまく金子くんをリードし、無得点に抑えたりもしますが、7-0と大きく水を開けられ、しかも塾打線はノーヒットで8回裏まで来てしまいます。このままでは、斎藤君の大いなる引き立て役だけで終わってしまいそうな中、宮本くんがエラーで出塁し、山口君の内野ゴロで1死2塁という場面で松本くんが打席に入ります。

(積極的にいかなくては、積極的にいかなくては)と思っていたのかもしれません。初球から果敢に打って出ますが、少々力が入っていました。気持ちが先走り、ツッコミ気味で身体も開いています。まあ、あの雰囲気で力を入れるなという方が無理な相談ですが。

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フラフラとファーストのファウルグランドに。万事休すかと思ったら、早稲田の後藤くんが落としてしまいます。これで命拾いをした松本くん。今度も冷静に、しかし悔いを残してはいけないとばかりに思いっきり振りますが、これが斎藤君の黄金パターンの落ちるスライダーできれいに空振りしてしまい、追い込まれてしまいます。

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ここで彼もいろいろ考えたことでしょう。(ここで終わってしまうのか?)とか(ここで無様な姿は見せられない)とかかな。その気持ちを突こうと、斎藤君は3球勝負、すなわち同じく低めから落ちるスライダーで三振を狙いに来ます。う~ん、よく人の心理を読んできますね。ここら辺が彼の真骨頂で、いわゆる単なる好青年では無いことは明かですよね。

この球にギリギリ引っかからずにすんだ。これが後々に大きく影響してきます。

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自分が見ているに、ここで松本くんは所謂「ゾーン」に入ったのだと思います。バットの振りが急に軽くなりました。一つのヤマ場、つまり三振を狙いに来たボールを見ることが出来たことでなんらかの気持ちの余裕が出たのかもしれません。次の球をしっかりミートしました。結果はファウルでしたが。

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そして、きっとこの後も語り継がれる怒濤の追い上げのきっかけとなる、あのヒットが生まれます。

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遂に松本くんが自慢の打撃で、ヒーローとなった瞬間でした。この表情がそれを物語っています。

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もちろんノーヒットノーランを破るヒットだったからということもあるでしょう。でもそれ以上に、いつもチームのために身体を張り、声を張り上げ、時にはコンピューターに向かいながら頑張ってきた彼だからこそ、チームのみんなもあれだけ喜んだのでしょう。

代走と交替する時も

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ベンチに戻ってからもこの雰囲気。この空気があの怒濤の5点を生み出したのだと確信しています。

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残念ながら勝利には一歩届きませんでしたが、彼の強い想いはきっと後輩達にも伝わったことでしょう。兎にも角にも彼がプレーで活躍して、人の心を動かしたことが何よりも嬉しくて、ラスト記念のコメントではそんなことを書いてみました。そうしたら、最後に彼からとっても素敵なプレゼントが。

余りにも嬉しかったので、何回もそれを読み返しては、思いにふけっていました。

>独自さん コメントありがとうございます。 独自さんも先代から大変お世話になりました。独自さんのブログ、いつも拝見させていただいてます。毎試合自分の写真があるかどうかチェックしていました(笑) 確かに今シーズンはぼく自身も苦しいシーズンでした。ぼくの前には常に長崎が立ちはだかり、このまま野球部に何も残すことなく引退してしまうのかなと思うと、練習に身が入らなくなってしまうこともありました。でも優勝の可能性が残っている以上、ぼくには下級生ピッチャー陣を盛り上げて鼓舞する役割があるはずだと自分に言い聞かせて頑張ってきました。正直言って優勝戦線から脱落していたら今の自分はなかったかもしれません。本当に野球の神様と運命に感謝です。 ぼくも温かいファンの方に囲まれて本当に幸せな一年でした。独自さんにも個人的にとても感謝しています! 来年からは一緒にスタンドから後輩たちに声援を送りましょう!!

今までずっと気になっていたこと、それについての答えがありました。

「ぼくの前には常に長崎が立ちはだかり、このまま野球部に何も残すことなく引退してしまうのかなと思うと、練習に身が入らなくなってしまうこともありました。」

なるほど、同じ学年に大きなライバルが、それも一つしか無いポジションである捕手の場合、これほどきついことなのかと。確かに投手であれば第2戦もあるし、内野手・外野手であれば多少違うものの、複数ポジションにトライも出来ます。しかし、捕手はただ一人。しかも先輩ならいざ知らず、同じ学年でいると言うことは大きな意味合いがあったわけですね。そりゃあ、心が挫けそうになる事もあったでしょう。でも、

「勝の可能性が残っている以上、ぼくには下級生ピッチャー陣を盛り上げて鼓舞する役割があるはずだと自分に言い聞かせて頑張ってきました。正直言って優勝戦線から脱落していたら今の自分はなかったかもしれません。本当に野球の神様と運命に感謝です。」

となったのですね。まさにこれからの人生に於いても多々起こり得ることだけに、そしてそれは等しく我々にも起こり得ることだけに、そこを打ち破ってあそこでヒットを打つことが出来たことに、心からおめでとう!と言いたいです。

そして、

「独自さんにも個人的にとても感謝しています!
来年からは一緒にスタンドから後輩たちに声援を送りましょう!!」

の言葉には、涙しました。こんなに嬉しい言葉をかけてもらえるなんて・・・。本当に感謝感謝です。

でも、

「独自さんのブログ、いつも拝見させていただいてます。毎試合自分の写真があるかどうかチェックしていました(笑)」

と書いて貰っているにも関わらず、余り松本くんの写真が無かったなあと反省もし、是非このタイトルで記事を書こうとその時誓いました。そしてそこから4ヶ月かかってしまっていたわけです・・・。

兎にも角にも松本くん、今までいろいろな夢を見させてくれて、本当にどうもありがとうございました!もうすぐ新しい社会での暮らしが始まると思いますが、益々のご活躍を心より祈念させていただきます。

「日本人はなぜ戦争へと向かったのか 第2回 巨大組織“陸軍” 暴走のメカニズム 」を見て

放送からはかなり経ってしまいましたが、「日本人はなぜ戦争へと向かったのか 第2回 巨大組織“陸軍”暴走のメカニズム」を見ました。

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今回のお話しは、戦前の最大の官僚組織と言ってもいい(海軍は陸軍に比べ段違いに人員が少なかった)陸軍に焦点を当てています。

曰く、日本を戦争の道に引きずり込んだとされている陸軍が、実は一致団結して戦争の道に突き進んだのでは無く、エリート集団の人事・派閥抗争からあれよあれよという感じで進んでいったのだと。

物語は、第1次世界大戦で手痛い打撃を受けていたドイツの保養地バーデン=バーデンで少壮幕僚たちが会談したところから始まります。


バーデン=バーデンの密約

この中で第一次世界大戦とその後のドイツの惨状を見た上で、近代戦争は総力戦(くわしくはこちら)となり、その破壊力のすさまじさ・国家体制のあり方と現状の日本の情勢・軍の状態を考えると、早急に軍の近代化と国家の戦争遂行体制の刷新を図らなければいけないと彼らは危機感を抱き、そして語り合いました。

これを契機に一夕会(詳しくはこちら)が結成され

1. 山縣有朋の影響下にあった陸軍の人事を刷新し諸政策を強力に進める
2. 満蒙問題の解決に重点を置く
3. 荒木貞夫、真崎甚三郎、林銑十郎の三将軍を盛りたてる

を目的としたそうです。そこでクローズアップされるのが「永田の前に永田無し、永田の後に永田無し」と謳われた永田鉄山(詳しくはこちら)です。彼を始め一夕会のメンバーはそれを実現するには自分たちがある程度の地位にいないといけないと考え、人事でのポジション争いに移ってきます。そして考えもそのうち人それぞれによって変わってきて、人事抗争が激化する中、軍務局長という要職に上り詰めていた永田鉄山が相沢中佐に斬殺されるという事件が起こり、いよいよ収拾が付かなくなり、翌年に226事件、さらに1年後に日中戦争(宣戦布告が無かったので語句が適切かどうかは別にシナ事変の方が合っているのかもしれません)勃発といった具合にどんどん事態が膨らんでいく様が描かれています。

さらに対米戦争前夜、誰もが対米戦争への勝利の見込みが無いまま、予算縮減をしようとすると大きな抵抗に遭い、抜本的な解決に向かわず、戦争になだれこんでしまったということです。

ここでクローズアップされていた永田鉄山、その心の動きを見ると自分は大久保利通を想起します。きれる頭、冷静な判断能力、組織を作り上げる能力、そして私心のためではなく自分の役割を果たす為に出世しなければならないという考え方。当然今までと違うことをしようとすれば快い人もいれば不快な人もいるわけで、軋轢が生じます。それを理詰めでどんどん進めていくと、大久保利通が暗殺されてしまったように、こうなってしまうこともある意味必然だったのかも知れません。

しかし、大久保利通が暗殺されても国家の近代化は連綿と進んでいったのに対して、永田鉄山が暗殺された後は軍の近代化は迷走をしてしまいました。

これはなぜか?

明治維新前夜の大混乱期と西洋列強の強さを実感した人たちは政権内に多かったのに対し、第一次世界大戦の衝撃を目で見たのは軍の中でもごく一部。ここに危機感の温度差が生まれ、ある人は陸軍の近代化が目標だったのに、ある人は単なる人事抗争になり、またある人は中国権益の確保といった具合に同床異夢の状態になってしまったことも原因では?と思うのです。

あとは自分たちの国に対する冷静な判断の違いもあるかもしれません。明らかに欧米に遅れていると思った明治初期、世界の五大国に仲間入りし、世界に冠する国になったにも関わらず欧米からの目線は冷ややかで、隣国中国も我々と真剣に向き合おうとしないと苛立つ昭和初期。何よりもまず国民がそう思っていたきらいがあります。

変わると言うことは相当な覚悟が必要であり、それにはそう覚悟を決めるだけの危機感が必要だと思うのですが、その危機感の温度差と、その判断の背景があったからこそ、ずるずるとひきずられていったのではないでしょうか。だからこそ、自分の目線に入る狭い目線のみで判断し、全体の方針を見誤る、部分最適が全体最適にならない状況となったのではと思うのです。

翻って現在の日本は、状況にしても、考え方にしても明治初期の日本と昭和初期の日本と比べて、どちらに似ているのでしょうか・・・?


(余談)

こんなお話を何日もかけて(筆が進まず)書いていたのですが、他のブログを拝見していたときMassyさんのブログが目にとまりました。何でもよく読むと永田鉄山さんのご子息と、永田鉄山さんに相沢中佐(暗殺した人)を紹介した有末さんのご子息がMassyさんのお知り合いとのこと。本やテレビで知る歴史のお話と、実在する方がクロスして大変不思議な気分になりましたshine

<読後感 「この命 義に捧ぐ」 門田 隆将>(From Massy's Academy

片付けするの、得意? 苦手?

ブログネタ: 片付けするの、得意? 苦手?参加数拍手

年度末はやっぱり忙しいですね。最近家に日付が変わる前に帰っていないような・・・。早く球場で野球を見たいものです。

そんなことはともかく、コネタマに参加してみます。

今回のお題は「片付けするの、得意? 苦手?」とのこと。

自分はA型のおとめ座なので、片付けは得意なはずなのですが、これがさっぱり。

小学生の頃、担任の先生に

「あなたの机は夢の島だ」

と言われました。それは夢があっていいなあと思ったら、ただのゴミの埋め立て地を意味した言葉でした。ひどすぎる・・・。

今でもそこまでひどいかどうかはわかりませんが、よく会社とかでも捜し物をしている気が・・・。不思議とついさっき見たものが見つからなくなるんですよね〜coldsweats01

一度くらい、「いつもきれいに片付いているね!」と言われてみたいものですcatface

海外での電車

記事の更新、コメントの返信が滞ってしまっていて、申し訳ございません。仕事から戻ってきたので、投稿してみます。

今からもう16年前になるのですが、卒業旅行と言うことでギリシャに行ったときのこと。バスに乗ったとき何が困ったかというと、路線図の文字がいわゆるギリシャ文字の為さっぱり読めなかったこと。なのでバスの運転手さんのアナウンスを聞いても、それがどこなのかさっぱりわからなかったんです。なので、バスを下車するときは、なんとなく廻りの景色を見て、えいや!という感じで下りたんです。

それから時間は過ぎ、一昨日のことです。

地下鉄日比谷線で会社から銀座に向かって乗っていました。日比谷を過ぎ、もう銀座だなあと思っているくらいの頃、目の前のアジア系の女性2人が地図を持ってなんじゃかんじゃと話しています。何語かはわからなかったんですが、多分迷っているんだろうなあと。確かに漢字だし、読めないからさぞやお困りなのではと思い、ちょっと勇気を出して、たどたどしい英語で声を掛けてみることに。

そして「どこに行きたいのですか?」と聞いたところ、

「新宿」

とのこと。・・・?日比谷から北千住に向かうこの日比谷線でどうやって新宿へ・・・?
ぱっと思い浮かんだのは日比谷に戻って新橋に移り、そして山手線なり、東京に出て中央線なりと考えましたが、そんな細かい場所の説明は日本語でも無理なほど。まあ、下りて考えればいいやということで、銀座に到着した時点で「自分についてきて下さい」と話し、一緒に下りて貰いました。

そして路線図を眺めていると、反対側に戻ってもらい、恵比寿で下りて山手線に乗ってもらうのがいいのでは?と、考えが浮かび、もう一度持っている路線図を借りようとすると

「いやいや、自分たちはこの路線図の裏(裏側が新宿の詳細図でした)の新宿に行きたいんです」

いや、場所じゃなくて路線の話しなんですけど・・・

ということでそんな説明をしてから、路線図で指を指しながら「恵比寿で下りてJR線に乗って新宿に行って下さい」と3回繰り返したら、多分理解してくれ、そして大いに喜んでもらえました。

最後に「ところでどこからいらしたんですか?」って聞いたら、「タイのバンコクです」とのこと。そりゃあ確かに大変だったでしょうね。ああやって喜んでもらえると、また困っている人がいたら声を掛けるのもいいもんだなあと思えますね。

でも。全体を通して明らかに彼女たちの方が英語が上手で、偉いもんだなあと思うと共に、自分も話しかけるんであれば、もうちょっと英語もまともに話せるようにならないとなあ・・・と反省。

それにしても彼女たち、ちゃんと新宿にたどり着けたのかなあ・・・?

キレたら困るもの」といえば?

ブログネタ: 「キレたら困るもの」といえば?参加数拍手

久しぶりにコネタマでも書いてみます。

今回のお題は「キレたら困るもの」といえば?」とのこと。

自分の場合は「ヤク」ですねsweat01

もちろん怪しい方ではありませんが、常用している薬があり、それがきれると困ります。

もう5年以上前なんですが、急に下唇が腫れたり瞼が腫れたりしました。そのときは結構焦って病院に行ったところ、「クインケ浮腫」という聞き慣れない病名を言われました。なんでもジンマシンの一種とのこと。この病気が不思議なことに、腫れても大体一日くらいで何事もなかったかのようにひいてしまうんです。但し腫れると放っておくしかない。それだけなら害も少なくていいのですが、万が一気道付近が腫れると、呼吸が困難になることも考えられるので、なるべく出さないようにするしかないのです。

薬も特効薬はないのですが、抑制する薬はあります。H1ブロッカーと呼ばれる「アレロック」とH2ブロッカーと呼ばれる「ガスター10」です。この薬のおかげで、最近では余り腫れることもなく、平穏に暮らしています。

とは言え、3日飲まないときっちり晴れが出てくるんです。これもまた困ったのもので・・・。

そんな訳で、「キレたら困るもの」といったら自分の場合は薬ですね。

思ったより大雪

あの時は雪は東京西部くらいで、23区内は降らないのかと思っていました。

そんな訳で車で移動中に雪が強くなっても

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きっとどこかで雨に変わるんだろうと思い、そのまま東名高速に乗って走りました。自分としては、どこがその境になっているのか興味津々なくらい。でも、どこまで行っても雪は続きます。そうしているうちに事務所に到着。どうやら雪はまだまだ降りそうだったので、社員も早めに帰ってもらい、自分もある程度のところで区切りをつけることに。

外を見てみると、こんな感じでした。早めに決めて良かったです。

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そして家に帰ると、

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雪も積もり気味。足下が滑りそうでしたsweat01

そして今までお家で深夜残業。そうなんです、家に帰ってもサーバーのデータが見ることができるように、この年末年始をかけてファイルサーバーを再構築したのです。業者さんを頼めば楽なんでしょうが、そこは頑張ってみようと言うことで、Mac Mini Serverを導入してみたのです。いやあ、頑張っておいて良かったです。ご心配下さった方、どうもありがとうございます。そんなわけで無事に家に帰っております。

さて、ではそろそろ寝ないと明日が・・・sleepy

町田街道冬景色

町田街道冬景色
今日は町田で打ち合わせがあったのですが、終わって外に出てみると、結構な雪の降りっぷり。でも事務所に電話したら、目黒は降っていないとのこと。東京と言っても、広いものですね。

サッカーのアジアカップでの猿騒動から思ったこと

この前のサッカーのアジアカップ優勝は、余り明るくないニュースが続く日本において、一服の清涼剤のようなニュースでした。

その中での激戦の一つ、対韓国戦で先制点となるPKを決めた奇誠庸選手がカメラに向かってサルのまねをしたことに対して、ちょっとした騒ぎがネット上で起こりました。

その際に彼はツイッター上で

「旭日旗を見て「私の胸中で涙が流れた」と説明。その後「私は選手である前に大韓民国の国民」」

と釈明したそうです。

戦後65年以上経った今でも、旭日旗はこんな風に言われてしまっています。

対米英戦争に突入する際、指導者層の中で勝算のある人はいなかったそうです。ただ、このまま座して圧迫を受け(当時、ABCDラインと呼ばれ、経済封鎖が行われていた)戦わずして負けるという精神的に堕落した形に陥るより、死中に活を求め、遮二無二頑張れば、例え負けても精神的なもの(大和魂、国体)は後世に残ると考えていたようにも思えます。また、軍にしてみればあれだけ強硬論を唱えていたので、今更勝てないとは言いにくいといった事情もあったように思えます。

つまりこの時の目的は

「日本の不屈の精神を残す」
「軍を維持する」

といったところにあったように思えます。

サイパン島が陥落した段階で絶対国防圏は崩れ、敗色は濃厚になってきました。なんといっても日本全土が空襲圏内に入ってしまったのは、途方もないことだと思います。でもやはり、上記の目的もあり、それから1年近く、とことん戦い、そして負けました。

その結果、日本は通常の軍事力を持てない国となり、日本国の国旗を辱められても何ら抗議も出来ず、栄光の象徴でもあった旭日旗は、反感を買う旗になってしまったのです。それが遠い中東のサッカー場でも出てしまうようになってしまいました。
また、当時の人が思っていた日本人の良さ・誇りというのは、その後のWar Guilty Programによって結構壊されてしまいました。

つまり、目的が全く達成されていないどころか、それを目的とするなら一番最悪なのでは?と思えるような結果となってしまっているのです。

これは、なぜ?

それこそ我々がよくやってしまう、部分最適を見て、全体最適を見ないところが原因なのでは?と思うのです。

何をするにしても、当然そこには理由があるわけですが、その一つ一つの理由に気を配りすぎると、全体の方向性がおかしくなることが多々あります。そうならないようにするために巨視的な見方が重要なのです。出来なかった理由はいくらでもあったと思いますが、「日本の不屈の精神を残す」「軍を維持する」が目的であったのなら、サイパン陥落時に和平交渉に向かうべきだったのでしょう。何のかんの言ってイタリアはさっさと降伏し、更に連合国に加わってしまっています。そういった柔軟性(?)も必要かと。

翻って今の日本においても、数多くの難問が山積しています。我々が目指すべき全体最適とはどこでしょうか?高福祉社会を作るにも、便利な世の中を作るにも、自分らしい生活が出来るようにするにも、雇用をしっかり確保するためにも、結局は着実な経済発展をするしかないのだと思います。その経済発展についての国会での議論が、少なくともマスコミの報道上低調なことに、危機感を感じます。TPPはいったいどんなことになっていくのでしょうか・・・?

最近の国会を見ていて感じるジレンマ

この前の菅総理大臣と自民党の谷垣総裁の党首討論。なかなか噛み合わない議論が続きました。

その中で自民党が基本戦略としている部分がこの会話なんだと思います。

谷垣総裁 「23年度までに法制上の措置を講ずる。これはされるわけですよね?そうしますとね、菅さんたちがお作りになって戦われたマニフェストの基本構造は、消費税をやるという前提にはなっていないと思います。むしろ、色々な無駄を排除することによってできるんであって、消費税はやらないという前提に立っていたはずです。そうしますとね、いずれにせよ任期中に、23年度中におやりになるということはですね、そのままやればこれはマニフェスト違反ですよ。(中略)それで、まずは、まずは、消費税率を引き上げるという新しいマニフェストをお作りになって、そして国民の声をお聞きになることが必要じゃないかと思いますよ。」

そして、それに対する菅総理の反応が、以下の答弁なんだと思います。

菅首相「やはりこの問題(社会保障と財源)は単に税だけの議論を先行させては、国民の理解を得られない。手順が重要だ、順序が重要だと。そのためにはまずあるべき社会保障の姿を、きちんと国民の皆さんに丁寧に提示して、その社会保障の姿を実現する上で、どうした財源がどういう税制の上で必要になるかということを合わせて提案をして、そしてその中でご理解をいただかなければならない。そういうことで4月と6月というこの日程を決めて、皆さんに提案をしているわけです。それなのに、そういう議論もしないまま、『まず解散だ』というのは、国民の利益よりも党の利益を優先されている提案だとしか思えませんが、いかがですか」

今回民主党が政権を担っているのは前回の参議院選挙の結果では無く、前回の衆議院議員選挙の結果であることは間違いありません。

そして、その政権を担うこととなった衆議院議員選挙では、谷垣さんが言っているように消費税を上げる前提になっていないどころか、全く裏付けの無い政策のオンパレードだったマニフェストが基軸で出た結果だったわけです。

消費者に故意であろうと無かろうと、事実と違うセールスポイントを挙げて商品を購入させれば、それは詐欺の誹りを受けてしまいます。今の菅政権が前回の衆議院議員選挙で得た議席を権原として成立しているのであれば、確かに虚偽の説明をもって得たものであり、谷垣さんの言うことも一方では正当性を持っていると思います。

とは言え、菅首相の言っている「『まず解散だ』というのは、国民の利益よりも党の利益を優先されている提案」というのもまた、そう思えます。またこれで解散となれば何億もの国費が経費としてかかり、更に問題解決をする日程が後ろに回されることを意味しますから。大体、気に入らないから総選挙というのであれば、いつまでたっても動き出さないことにつながります。

つまり今感じているジレンマとは

1)今の民主党の政権は、まやかしのマニフェストが前提となっており、正当性に欠ける

2)でも、頻繁に政権交代をするには時間の上でも費用の上でもコストがかかりすぎるので、続けて欲しい


1)を許せば選挙の時には何でも言った者勝ちになってしまい、勝つためにはなんでも言っていいのか?ということになってしまいます。
(そのなれの果てのインタビューがこちらに・・・。鳩山前首相一問一答 見通しなく「県外」発言(琉球新報)

2)民主主義が選挙によって行われる形である限り、勝者と敗者が出るわけで、その勝敗に対して自分の意にそぐわぬ形だからと言って受け入れないのであれば、制度が立ちゆかなくなります。それなのに、毎回「解散だ!」と唱えていると、政策闘争ではなく、ただの権力闘争になってしまいます。

このジレンマを打破するには、やはり選挙の際に甘言に惑わされず、自分たちの価値基準を有権者がしっかりと持つしかないと思うのです。でも、この前の愛知の選挙結果を見るとどうしても・・・。彼らが選挙後小沢さんのところに挨拶に行ったのもまた・・・。いつになったら、現実に即した事を言い、現実に即した対策を行うためにみんなで知恵を出し合う形になってくれるのでしょうか?

おお!伊藤君だ!!

サッカーのアジアカップを振り返ろうと、今回のナンバーを買って、さて読もうと思ったら最初の「FACE」のページに伊藤隼太くんが!!

週刊ベースボールその他にも載っているし、今年は注目されていますね〜happy01

使える遅刻の言い訳って・・・?


デイリーポータルZ

ブログネタ: 【賞品付き】使える遅刻の言い訳を教えて!参加数拍手

ご心配をおかけしましたが、なんとか復活しました。

で、復活ついでにコネタマでも。

今回のお題は、「【賞品付き】使える遅刻の言い訳を教えて!」とのこと。

この【賞品付き】というのには弱いですねcoldsweats01 深く考えることなく、このネタを選んでしまったのですが、とは言え特に何か目論見があったというほどでもなく・・・。

電車が遅れた→遅延証明書が必要

道が混んでいた→だったら早く出れば

寝坊した→素直だが言い訳か?

人助けをしていて→本当だったら素晴らしいが、嘘だったら心が痛む

滑って転んで→それらしい怪我の状況でないと

腹が痛くて→であれば腹が痛くなったときに報告しないと

なんだか、ろくでもない言い訳しか出てこないものですsweat01

やっぱりまずは遅刻しないことで、もししてしまったら潔く言い訳せずに反省し謝るしかなさそうですね・・・catface

ダウン!

年明けから結構遅い日が続いていたのですが、一昨日の夜、会社にいる際になんとなくの悪寒を感じ、これは熱が出そうだなあと思ったら、案の定38度まで上がりました。

なので昨日は仕事を休み、昨日・今日と家でゆっくり休んでいます。

熱はそれほど上がらないのですが、身体の節々が痛く、それがなかなかひかないのでちょっとインフルエンザを疑いましたが、検査をしたら大丈夫だったので、まあ疲れが溜まったからと解釈することにしました。

巷ではインフルエンザの流行も耳にしますし、どうぞ皆様もお体にお気をつけください。

どうもすみませんでした

昨年は、塾野球部が春季優勝、秋季優勝決定戦と話題が豊富なこともあり、自然と塾野球部に目が行ってしまっていました。

もちろん、塾高野球部も忘れていたわけではありません。年賀状にもよく見ると、しっかり塾高野球部の戦いの写真も入っています。そもそもあれは、ハイライトとした選んだ写真をコンピュータが自動的にコラージュにしてくれただけで、そうしたらたまたま伊藤君の優勝決定戦での3塁打の場面になったので・・・

まあ、それを見て「これでいいじゃないか!」と思ったわけですがcoldsweats01

そうしたら、フレフレ少女さんからは「塾高のシーンが殆ど無い」と手痛いご指摘。

そうやってちょっと反省していたら、自分のことではないでしょうが、M's Talkにもこんなお言葉が。無断転載してすみません。

2011/1/30 選抜出場校決定

夜中までサッカーを見ていて睡眠不足ではあったが、この土日からユニフォームを着て練習をはじめたせいか、気合十分の練習だった。やっぱり野球はユニフォームがいい。練習も打撃、内外野の連係、挟殺プレー、投内連係、走塁と続いていくとやっぱり野球らしくて楽しい。まだまだシーズンインの気持にはなれない寒い気候が続くが、選手は元気に頑張ってくれた。

 12年前にアメリカ留学したときに、当時オリックスで5年連続首位打者をとっていたイチロー選手に会った。昼飯を一緒にとった時に『マスコミを含めて、周囲は5年連続首位打者を当然のように思っています。周囲はまるで関心を持たなくなり、冷たいんですよ。』『だから大リーグに挑戦するしかありません。』と言っていた。天下の鈴木一朗と比べるつもりは毛頭ないが、3季連続甲子園出場し、4季連続甲子園を逃すと周囲の目は最近厳しくなっている。あるOBには『最近、塾高は弱いから観に行かない』と言われてしまったし、OBポボさんのブログでは年間の話題ベストテンにも入らず。『チキショー。甲子園には行けなかったけど相模、横浜、桐蔭と死闘をしてきたのになぁ』ととぼやく私である。

 しかし『勝負の世界は勝ってなんぼの世界』急に冷たくなった方々の名前を日記に書き込んで再起を図る。私はO型ですが、結構昔のことは忘れない。この土日も時折雪がちらつく寒風吹きすさぶ日吉台で朝8時から夜6時まで練習に明け暮れた。『めちゃくちゃ練習したるでー。いまに見てろやんけ』(怪しい関西弁)選抜出場校が決まり羨ましくて、こんなボヤキを書いて見ました。

こんな上田監督、自分はとっても大好きですhappy01

「晴れの時に傘を貸して、雨の時に傘を取り上げる」とはとある業界を指した言葉ですが、やはりファンたるもの、こういった時こそ積極的に応援しないといかんですね。

胸に手を当て、深く反省し、今年の塾高野球部の活躍を祈って(信じて?)応援していきたいと思いますshine

ラーメンを食べるとき、一口目はどっち?

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もうこんな時間になってしまい、家に帰らねばと思いつつコネタマに手を・・・。

今回のお題は「ラーメンを食べるとき、一口目はどっち?」とのこと。

本当は麺かスープかという選択なのですが、敢えてラーメンライスの場合、麺が先か、ご飯が先かと読み替えさせて貰います。

これは自分の場合、ラーメン屋さんによって正反対になるのです。

自分がよく行くラーメン屋さんというと、「天下一品」か「家系のラーメン屋」になります。

天下一品の場合、最初に麺を全部食べ、そしてレンゲにご飯をすくい、あのスープに浸して食べるのが美味しい!あのスープはご飯にとても合うのですが、いれてしまうとふやけてしまう。なので、麺がいなくなってからゆっくりとレンゲにスープを含ませながらご飯を食べるのがいいと思うのです。

反対に家系ラーメンの場合は、あのスープに浸された海苔でご飯を食べるのを悦びとしています。なので、必ずのり多めにします。そして海苔でスープをすくうようにしてご飯茶碗に持っていき、ご飯と海苔を一緒に食べるのが美味しいと思うのです。

考えてみれば学生の時以来ですから、もうこの食べ方で20年(18才からなので・・・)になるんですね。いやあ、随分と長いお付き合いなんだと今更ながら気付きました。

さて、家に帰らねばdash


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