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坂の上の雲旅行2日目その1

松山旅行2日目は、今回の旅行の主目的のための1日のようなものでした。

こちら松山は、今日もまさに紺碧の空です。

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そんな中、JR松山駅で市電に乗るところから今日の旅程は始まります。

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車内のレトロな感じは何とも言えない味を出してくれています。この運転席、操作盤の懐かしさ漂う作りがいいですね。計器類が殆ど無いのがすごいなあと。

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と思ったらこの車体はなんと昭和26年製!大事に使えば電車ってこんなに保てるものなんですね。何回も改造された跡があり、例えばクーラーもしっかり付いているので、ちょっとガタガタするところはありましたが、快適な車内でした。

そうこうしているうちに「大通り」駅に到着し、下車しました。そして一路、最初の目的地である坂の上の雲ミュージアムへ。

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こちらの建物は日本を今や代表する建築家である安藤忠雄さんが設計したことでも知られています。彼の作風はなんといってもコンクリートの打ちっ放し。内部には木製の型枠のアクと思われる物がコンクリートに滲んだりしていて、それがまた味を出していました。

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館内は小説の「坂の上の雲」を踏まえながら明治の日本を紹介するといった感が強かったのですが、展示されていた物の中にはこんなものも含まれていました。秋山好古が師範学校に通い、また晩年は中学校の校長先生を務められたことからでしょうか。

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このように師範学校では、まず教え方から教えていたんですね。国の大本は教育にあり。明治政府はその教育というものをいかに大切に考えていたかが窺われます。先生の権利より、子供の自由より、まずどのように教えるべきかを考えていたのでしょう。

館内の展示で一番興味を引いたのは企画展の「日露戦争と明治のジャーナリズム1 新聞『日本』と子規」でした。

正岡子規も勤めた新聞『日本』の発行者陸羯南は新聞を「機関新聞」(公共機関や政党などの機関紙)、「営業新聞」(部数を売って儲けで運営する新聞)に分け、機関新聞は機関の主張をそのまま載せるだけであり、営業新聞は流行に追従するだけである、として両者とは違った己の主張をのべる「独立新聞」の必要性を強調しました。まさに今の世の中にも通用する意見です。

また、その展示室で展示されていた日露戦争時の各国の新聞のコピーとその翻訳版も大変興味深かったです。アメリカの好意的な態度(中国への新たな利権獲得を目指していた)、ドイツ・フランスの親露的な態度(ドイツ皇帝はロシア皇帝と姻戚関係、フランスはロシアと同盟国)、イギリスの論調(日英同盟)など、時間の関係上余り読めませんでしたが、当時の情勢が少し脳裏に浮かんでくるかのようでした。この流れを把握していれば、日露戦争後にアメリカが申し出てきた「満州共同開発」に対する日本の応対ももう少し考えようがあったようにも思えます。

他にもいろいろと坂の上の雲にちなんだ展示物があり、時間を忘れてしまいそうな、大変興味深い博物館でした。

次に、そこから徒歩4-5分かけて松山城のふもとのロープウェー乗り場に行き、そして松山城を見学するのですが、時間が凄いことになっているので、それはまた次回の時に。

では、おやすみなさい

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