天気予報

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

geotargeting

« 3月10日という日 | トップページ | 「しゃぶしゃぶ」vs「すき焼き」、どっちが好き? »

外交というものの業の深さ

ここ最近、日米密約についていろいろと報道されています。密約があったとかなかったとか。

外交とは正しい正しくないという問題ではなく、国を保つことが出来たのか出来なかったのかというところが問題だと思います。

前回、ご紹介した東京大空襲。それを指揮したカーチス・ルメイ少将は、当然に多数の民間人を巻き込むことは承知していました。しかも、効果を最大化するために日本家屋の火災を目的とした専用の焼夷弾を開発し、アメリカでテストを入念に行ってから行いました。

彼は後日こんなことを言っていたそうです。

「もし、我々が負けていたら、私は戦争犯罪人として裁かれていただろう。幸い、私は勝者の方に属していた」

そこまでの認識があった上で為された東京大空襲の結果が下記の写真です。

800px19453102

しかし、ここで書きたいのはルメイ少将の人間性ではありません。問題はその後です。

戦争中とはいえ、これだけ多くの一般市民を死に追いやる作戦を立てたカーチス・ルメイ氏に対して、日本政府は東京オリンピックの2ヶ月後の1964年12月7日(アメリカにおける真珠湾攻撃の日ですね)に、勲一等旭日大授賞を授与します。名目は「航空自衛隊の育成に貢献した」とのことですが、これは多くの批判を呼びます。

この授賞を強力に推薦したのが、真珠湾攻撃の作戦を立案した源田実氏。実は彼も昭和37年にリージョン・オブ・メリット勲章の叙勲を受けています。彼もまたアメリカから見ればだまし討ちした張本人のようなもので、退役軍人を中心に大変な批判が巻き起こったそうです。

彼ら2人がなぜそのような批判の中、叙勲されたか?一説によると、「日米両国政府が真珠湾攻撃と日本本土空襲の責任者を相互免責し、日米同盟の強化を図った」とのこと。確かに1984年10月には中国が東京オリンピックにぶつける形で初の核実験に成功しており、日本としても自国の防衛にかなり頭を悩ませ、結局アメリカのジョンソン大統領と日本の佐藤栄作首相の間で、アメリカの核の傘下に日本が入ることになった時期でもあり、そういった過去の清算が必要だった時期だったのでしょう。

ここには人間的な感情というものは働いていません。あるのは国際情勢と国益の問題のみ。今の日本にそういった覚悟、姿勢があるかが問題だと思うのです。

しかしそれにしてもこのお話しで思いを馳せると一番心が痛くなるのが、昭和天皇です。陛下は、東京大空襲後、杉山陸軍大臣や、梅津参謀総長が強く反対するにも関わらず、3月18日に極秘で焼跡への巡幸を強行します。
戦災地のありのままを」という陛下たっての希望で、焦土と化した現地を取り片付けて見た目をつくろうような事は行われなかったそうです。焼け落ちた深川富岡八幡宮の跡地で被災状況の説明を受けた昭和天皇は車で四ツ木橋、汐見橋、錦糸町とまわり、ところどころで車を止めて被災地を歩くなどされました。生気を失って歩く人々の姿、放置されたままの焼死体、初めて目にした戦争被害の惨状に陛下は、杉山陸相ら軍首脳が危惧したとおり、戦争終結への思いを一層強くされたそうです。例えば佐藤栄作さんは戦争当時軍事には全く責任を持っておらずそういった感覚は起きにくいでしょうが、陛下からすればそうはいえ、「忠良なる臣民」を焼き殺した張本人に最大級の勲章を授与することは最高責任者として正に「五内爲ニ裂ク」思いだったでしょう。例え例外的に直接勲章は渡していないとは言え、御名御璽は押されているわけですから、その心中を察すると、言葉を失ってしまいます。

ただ「沖縄県民の感情にも配慮して」とか「この自然を壊してはいけない」といった言葉を発しているだけとは、重みも覚悟も全然違うように思うのです。

外交がどうしても抱える「非人道性」。これを受け入れる覚悟を今の政権にも持って欲しいと切に願います。

« 3月10日という日 | トップページ | 「しゃぶしゃぶ」vs「すき焼き」、どっちが好き? »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

http://tokyo.usembassy.gov/j/p/tpj-j20061031-50.html

船橋洋一の「同盟漂流」(岩波)と上記報告。

自民も政争の道具にせず、
振り返ってほしい。

B軍の試合、まず2試合観てきます。
白村君など期待の1年生、
コンバート伊場君。

志村、相澤君のチームとの対戦。

楽しみです。

こんばんは
3月10日にまつわる記事、興味深く拝見しました。
私は小中高と墨田区両国で過ごしました。通っていた中学校の
正面には震災と戦災の犠牲者を祀った東京都慰霊堂があります。
そのような環境でしたので、私もおのずと近現代史への関心が高く
なったのかもしれません。
ところで阿川弘之の「米内光政」によると、終戦の詔勅は
御名御璽まで含めると丁度815文字という話が書いてあった
記憶が・・・。

今の政権はいわば革命政権だから、過去を否定する動きが強い
のは仕方がないとしても、これまでの国際信義をも反古にしかね
ない危うさにはウンザリ。方向性の間違った「掃除破壊」ほど
始末の悪い物はないと思います。しかも、このあとでどんな
「建置経営」したいのかが見えません。
出てくるのは情緒的な発言と、国益、国の尊厳を軽視するような
優先順位の低いことばかり。
福澤先生は政治のことを「悪さ加減」と表現されたそうですが、
それにしても今は酷すぎだと思います。

神宮で目の覚めるような打撃を見て溜飲を下げたいデス。

変えちゃいけないこと
変えなきゃいけないこと
があるかなと。

変えられないところがあるからなぁtyphoon
優先順位付けを忘れないで欲しい。現政権にも今は頑張ってもらわないと。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/53337/47778885

この記事へのトラックバック一覧です: 外交というものの業の深さ:

« 3月10日という日 | トップページ | 「しゃぶしゃぶ」vs「すき焼き」、どっちが好き? »