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2009年12月

多事争論 -「ユニクロ型デフレで日本は沈む」を読んで年の瀬に思うこと

今年もあと残すところ僅かとなりました。

なかなか時間が取れないので今日やっと文藝春秋新年特別号の「「ユニクロ型デフレ」で日本は沈む」を読んで、正直驚きました。エコノミスト、経済ジャーナリストを名乗る人がこういってはなんですが、とんでも本のような類の論説を、それも文藝春秋の表のページに掲載するとは!

なぜ日本のデフレはこんなにひどいのか?というところでこんな会話がなされています。

ここまでデフレが進んだのは、いわば日本がグローバル化に過剰に反応してきたからだといえると思います。適応は日本のお家芸ですからね。それを過剰に後押ししたのが、2001年から始まる小泉改革だった。 小泉改革は規制緩和を進め、市場原理主義を進め、日本にグローバル・スタンダード主義を持ち込みました。その結果、日本はかつてない競争の激しい社会になりました。その過程で起こったことは、すべてデフレに直結しています。安い労働力を求めて海外に生産拠点を移せば、失業者が増えます。失業しないまでも、日本の労働者は外国の安い労働力と競合関係に入りますから、賃金は増えない。また、企業はコスト削減と柔軟な生産調整を実現すべく、正規雇用を非正規雇用に切り替えていく。それが雇用の不安定化と低賃金化にますます拍車をかける。低賃金に甘んじざるを得ない労働者たちは、安物買いを強いられる。こうして低賃金と低価格の下方への循環が定着することになってしまった。ユニクロもデザインと品質管理を日本で統括していますが、生産は中国などでしているので、あれだけ安くできる。だから、この十年のデフレは「ユニクロ型デフレ」とでも呼びたいですね。

・・・?その前にスーパーの話しを延々とされていたので、地域の商店街の話しと勘違いでしょうか・・・?

1)この文章を読む限り、「安い労働力を求めて海外に生産拠点を移」したのは、「小泉改革が規制緩和を進め、市場原理主義を進め、日本にグローバル・スタンダード主義を持ち込」んだからと読めます。どんなところの規制緩和をおこなって、どんな政策が市場原理主義となって、企業が安い労働力を海外に求めていったと思っていらっしゃるのでしょうか?例えば政府が今まで「安い労働力を求めて海外に行ってはいけない」といった規制でもしていたのでしょうか?

2)「企業はコスト削減と柔軟な生産調整を実現すべく、正規雇用を非正規雇用に切り替えていく。」のは、派遣職種を大幅に緩和した派遣法の改正が呼び水になっているとは思います。では、なぜ企業はそうしたのか?またその結果、企業は儲かるようになったのでしょうか?

3)「ユニクロもデザインと品質管理を日本で統括していますが、生産は中国などでしている」のは、小泉改革のどんな規制緩和が影響しているのでしょうか?さすがに「理由は小泉改革だ!」としているデフレの名称に「ユニクロ型デフレ」と名付けていらっしゃいますから、どこかに関連性があるのでしょう・・・。

確かに地域の商店街にとって、自分たちの立地と違う、しかし商圏がかぶるところに大型店がどんどん出来ることはこの上ない脅威であり、それが故に地方の商店街が衰退していってしまった一因となっていることは否定し得ません。ここに確かに「大店法廃止」の影響があるように見えます。しかし、大店法の廃止はそもそも1998年であり、小泉内閣とは関係が無い時期。その上、廃止の経緯はWTO違反の疑いもあることから始まったことであり、「小泉改革」とか「市場原理主義」とは全く関係の無いところです。敢えて言えば、グローバル・スタンダードでしょうが、自由貿易を標榜する以上、WTOに敢然と立ち向かうことが何になるのでしょう・・・?(参考にこちらをどうぞ)

上でちょっと揶揄してみましたが、自分が考えるこの理由は今までG8と呼ばれてきた国以外の新興諸国が、それぞれの国民の教育レベル、制度の改革、インフラの整備、運搬手段の発達から、日本が今まで得手としてきた「国際的に比較的低賃金で、高品質なものを作り上げる」ことを出来るようになってきたからに他ならないと思います。ユニクロが中国に生産拠点を設けたのは規制緩和のせいではなく、中国でも管理をしっかりすれば日本並みの品質の製品を作り、輸送コストを含めてもより廉価で消費者に提供出来るようになったからです。

「ユニクロ型デフレ」との名称は自分も正しいと思いますが、意味合いが違います。19世紀以来の世界各国の大競争時代に突入したがゆえに起こったデフレなのだと思います。19世紀は軍事力による大競争時代でしたが、今は経済活動による大競争時代。いわば武器を使わない戦国時代なのだと思います。鎖国を志して完全に閉じた社会を作るつもりなら別ですが、そうでないのであれば好むと好まざると戦わざるを得ません。そう、この方もおっしゃっているように「日本の労働者は外国の安い労働力と競合関係」になってしまっているのです。

最近の日本は高付加価値型の工業製品で主に先進国をターゲットとした市場で戦い、そして成功してきたのです。それがリーマン・ショックという経済変動を迎え、高付加価値はあくまで余裕がある時に必要とされるもので、そうでない必要十分な機能の商品が求められた時、多くのライバル国との競争に苦労しているのが今の状況なのでしょう。アメリカ市場で韓国車が躍進しているような状況です。

確かに競争型社会はきつものですが、これは「小泉改革」のせいではなく、「世界の情勢がそうなってしまった(アジア諸国の国力が上がった)」ことによる、「世界規模での経済競争」に起因するものだと思うのです。

ここでの文で「適応は日本のお家芸ですからね」とも言われていますが、とんでもない。確かに80年代までは適応をうまくし続けていたと思いますが、90年代以降は適応がうまくいっていないからこそ「失われた10年(20年)」と言われているのではないでしょうか。これだけ世界的に通用するような企業がたくさんある国がどうして90年以降の成長率が群を抜いて悪いのか考えればわかることです。

80年代までを引っ張っていった人たちは、太平洋戦争-敗戦という激動を乗り越えて来た人たちだけあって、リアリズムが大いにあった人たちだったのでしょう。それに対して90年代以降をリードした人たちは社会に出た時は既にそれなりに復興した後だったので、どうしても日本という国に対して安易に信頼してしまっているところがあるのではないでしょうか?それこそ「世界の五大国に仲間入り!」と浮かれていた昭和初期の人たちみたいに。

それよりも現下の世界情勢、日本の国力を冷静に見た上で、「日本はこういう状況下にいて、今こうやって現下の情勢を打破すべき」と政治家もマスコミも言うべきだと思うのです。そうしていれば、きっと「ユニクロ型デフレで日本は沈む」のような対談がもてはやされることも無いと思うのです。

「敵を知り己を知れば百戦危うからず」

まさに今日本がすべきことは、この言葉をじっくりと考えることだと思うのです。


年末の買い出し

年末の買い出し
お年賀とかの買い出しに玉川高島屋に来ていますが、いつもながらのスゴイ人混み!レジの列に並んでからどれほど経ったことか。

でもこれだけの人が買い物に来ているのだから、来年の経済もこの勢いで上昇気流に乗って欲しいですね。

年賀状

年賀状
暦上では昨日からようやく休みになったので、まずは年賀状だ!ということで、会社用と個人用をせっせと書いておりました。

しかし、ちょっとした年末の買い物のためラゾーナに行ったり、書いていてもコメントに行き詰まり居眠りをしたりと一向にはかどらず、最終手段として近所のファミレスにこもり、何とか今書き上げた次第です。

そう言えば小栗旬くんの年賀状のCM、何だか言い得て妙といった感じでいいですね。まさにそんなことを思いながら、書いていました。

さあ、これからちょっと寝て、大掃除に取り掛からねば!

今年最後の引渡

今年最後の引渡
長かった師走の月も、気付いてみれば後僅か。

こちらの越谷の物件をお引き渡しすれば、あとは明日の仕事納めのみ。

ようやく返信できる時間が!

気付いた事

最近これくらいの時間になると、取り敢えず投稿しておこうとなってしまっている、コメントを放置し続けている管理人です。もう、本当に申し訳ないです!

さて、そんな流れの中ふとした事に気付きました。

自分がファンというか、とっても応援したい人が最近では2人います。

一人は塾野球部の青山君。

そしてもう一人はいろいろな役で様々な顔を見せてくれる女優の上野樹里さん。

実は2人とも兵庫県加古川市出身なことに今、気付きました。

歳も2つしか違わないので、もしかしたら接点があったりして。

だからどうした!というお話しはあるのですが、取り敢えず気付いたもので。

いいところだなあ、加古川市coldsweats01

さっ、お仕事の続きをやろうっと。

今日は天皇誕生日

今日は今上陛下の76歳のお誕生日を祝した祝日の日です。

・・・、ですが世情を見ているとどちらかというとあと1日でクリスマスイブの方ばかりに目が行っており、特に今上陛下のことについては申し訳程度にご感想が報じられているくらいですね。中国の習副主席との会談問題の時はあんなにニュースになったのに。

ちなみに今日発表された御感想は以下のとおりです。

 この一年を顧みて、まず思い起こされるのは、世界的な金融危機に端を発した我が国の厳しい経済情勢により、多くの人々が困難な状況に置かれたことでした。住む家を失った人々もあり、心の痛むことでした。また五月以来流行が心配されていた新型インフルエンザは秋になって患者数が増加し、来年がどのような状況になるのか案じられます。ワクチン接種などが進み、流行が抑えられることを期待しています。

 今年も豪雨や台風など自然災害により六十人を超す人々が亡くなりました。家族を失った人々の気持ちはいかばかりかと察しています。五千人以上の命が失われた伊勢湾台風から今年は五十年になります。当時ヘリコプターに乗って、上空から、一面水に浸った被災地の光景に接したことや、木曽川、長良川、揖斐川の木曽三川(さんせん)の氾濫(はんらん)の災害を受けた長島町の町長の話を聞いたことなど、痛ましく思い起こされます。豪雨や台風については近年予報が詳しく報ぜられるようになり、これまでの治山治水の効果と合わせ、災害による犠牲者数は減少してきましたが、いまだに年間数十人の犠牲者が生じることは非常に残念なことです。防災関係者の尽力とともに、国民の防災に対する関心が更に高まることを期待しています。

 今年の夏から、裁判員制度が実施されるようになりました。かつて昭和初期に我が国でも短期間陪審制度が行われたことは、戦後間もないころ、当時の穂積東宮大夫、後の最高裁判所判事から聞いたことがあります。しかし、この制度は日本にはなじまなかったということでした。この度の制度は、以前の陪審制度とは異なり、裁判官と一般の人が共に裁判に参加するという制度であり、今後の様子を期待を込めて見守りたいと思います。

 七月には総督閣下の御招待により皇后と共にカナダを訪問しました。私自身は五十六年前、エリザベス女王陛下の戴冠式に参列するため、英国に赴く途次、カナダを訪れましたが、これは結婚前、私がまだ十九の時でした。この度の訪問では、カナダが良好な環境を守り、この地に住む様々な民族を大切にしながら国を発展させている姿に接し、今日のカナダへの理解を深めることができました。私どもを温かく迎えてくださった総督閣下を始め、この訪問に心を寄せられたカナダの人々に心から謝意を表したく思います。

 昨年は十二月初めに体調を崩し、静養期間の間に誕生日を迎えました。多くの人々が心配してくれたことを感謝しています。そのようなことから、今年は日程や行事の内容を少し軽くするようにして過ごしてきました。昨年十二月の体調よりは良くなっていますので、来年も今年のように過ごし、皆に心配をかけないようにしたいと思っています。

 本年は、私の即位から二十年、私どもの結婚から五十年という節目の年に当たりますが、四月の結婚五十年に際して、また、十一月の即位二十年に際して、多くの人々から祝意を寄せられたことに深く感謝の意を表します。

 この二十年間も、我が国の人々は様々な困難を乗り越えてきましたが、人々が高齢化の著しい社会状況に対処しつつ、助け合って良い社会をつくるよう努める姿に接する時、深い感動を覚えます。私どももこのような国民に支えられ、日々の務めを行っていくことに幸せを感じています。

私は最近こう思うことがあります。昭和天皇はあの厳しい戦前戦後の激動の中でいわゆる「人間宣言」を出されましたが、今上陛下は美智子皇后とともに人間から神になってきているのではないかと。

あのお二人と当然のことながら直接の知り合いでもなんでもなく、実際のところどういった方々かは知る由もありませんが、あのお二人が怒るとか拗ねるとか妬むとかネガティブな感情を表されているお姿とかお言葉を、寡聞にして聞いたことがありません。今回の御感想もそうですが、ひたすら国民の安寧を祈り、公務に励み、祭司を司っている姿は、いわゆる俗的な神ではなく、神々しいという意味での理想的な神といった存在になるべく、自らを律していらっしゃるように見えてきているのです。そういったところから、「父は多くの苦難を経て神の座を否定し人間を宣言し、子は人間であることを当然としながら日々の務めが自らを神の立場にしていく。といった風に感じてしまっているのです。

ある日、会社の前の道路の信号が10分ほどずっと青でした。周りにはいかにも私服警官だなと思う人から制服を着た警官までずらっと等間隔で立っていました。どうしたのだろうと思って見ていると、お二人が車の窓を開けたまま(寒い12月の日です)ずっと微笑みをたたえて手を振りながら通り過ぎて行かれました。信号の件も驚きましたが、それ以上にいつもああいった形で国民に手を振り続けているのかと思うと、その途方もなさに驚きました。

なかなか今の時代皇室もどのように進むべきかといった難問もあり、ご苦労も多いかと思いますが、今上陛下と皇后陛下におかれましては、末長いご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

もっとマスコミも国民も、このような稀有なご夫妻を天皇皇后両陛下としていだいている幸せを感じてもいいのではないかなと思うのです。

ショートケーキのイチゴ、いつ食べる?


ブログネタ: ショートケーキのイチゴ、いつ食べる?参加数

ようやく書類整理が終わった記念で、今日もまた会社から投稿してみます。

余り頭も働いていないので、ブログネタをちょっと。

今回のお題は、「ショートケーキのイチゴ、いつ食べる?」とのこと。

やっぱりホールケーキは何にせよ、ショートケーキが好きなんですよね。そういえば昨年の拙ブログでもショートケーキを掲載していたような気が。

クリスマスケーキ

なので、この「イチゴをいつ食べるか?」は、いつも大きな問題となります。

最初は三角形の頂点をフォークですくい、まず一口。

その後もほぼ平行な形で一口一口食べていき、イチゴの近くに迫ります。

そして、その流れに従い、イチゴも一緒に食べるというのが一番多いパターンですね。

明日(今日?)は天皇誕生日。そして明後日はクリスマスイブと、年末のおめでたい日が続きますね。

楽しくケーキでも食べて過ごしたいものですconfident

深夜の仕事にコレ!

勝手にブログネタ風にタイトルを付けてみましたが、今の気分でちょっと会社から投稿してみます。

深夜の仕事になると、だんだんダラダラとした感じで効率も上がらなくなる物ですが、ここで私は遂にリーサル・ウェポンを使うようになりました。

1)スピーカーを用意。(家電量販店で680円で買いました)

2)とある音楽ファイルを用意

3)それを再生。

これだけで、キーを打つ早さが当社比1.5倍に!

その音楽ファイルとは・・・、ファイル名を見ると「H20夏_高校野球北神奈川大会決勝戦の5回表」となっていますcoldsweats01

おっ!ちょうど山﨑君が同点打を放った!よしこれからだ!!


・・・。さてと頑張って、あと1時間くらいでこの書類を片付けるのだpunch

2010年はどんな年にしたい?漢字一文字で教えて!


ブログネタ: 2010年はどんな年にしたい?漢字一文字で教えて!参加数

まあ、本当に長い間放置してしまい、申し訳ございませんでした。

日曜日のこの時間にようやくこうしているところが、なんとも言えず、まあ確かに師走らしい時間を過ごしています。

さて、そういった時にはまずはブログネタと言うことで。

今回のお題は「2010年はどんな年にしたい?漢字一文字で教えて!」とのことです。

自分としては









です。

今年もいろいろとあった年ですが、結局大事なのはなんだろうと考えると、この一文字に行き着くのです。

どんな人、どんな事に対してもやはり「誠」の一文字を大事に、来年一年を過ごしていきたいと考えています。

この1年であなたのエコ度は変わった?


ブログネタ: この1年であなたのエコ度は変わった?参加数

コメント、記事共に放置気味になってしまい、申し訳ございません。

このままではいかんと思い、取り敢えずブログネタに参加を。

今回のお題は「この1年であなたのエコ度は変わった?」とのこと。

う~ん、どうでしょうか?自分がというより、社会のエコと称するものに対する考え方が変わった気がします。最近ちょっといいなあと思ったのが、アスクル。ECO-TURN配送と言うことで、コンテナとか袋とかを使い回しするようになり、回収しています。

ECO-TURN配送に関する梱包資材の回収方法変更のお知らせ

こういう継続性のある試みはいいことでしょうね。確かに包装ゴミはムダだなあといつも思っていましたし。

こういう試みが他でもドンドン出てくるのでしょうね。

そうやって努力していった時、20年後はどんな地球になっているのでしょうか?

国を動かす覚悟

坂の上の雲も第3話が終わり、いよいよ近代日本が対外戦争に乗り出す時期にさしかかってきました。

第2・3話の感想はどこに行った?と思うことはごもっともですが、暫しご容赦を。

ちょうど、第3話が放送された後文武両道さんが第1話の記事にコメントして頂き、そこで伊藤博文について書かれていました。それを読ませて頂いたらちょっとご紹介したいものがあったので、ここに記してみます。

この物語の終着点は日露戦争の講和です。この時の首相は桂太郎で、伊藤博文は枢密院の議長を務めています。そのまさにポーツマス条約を批准するか否かで国内は揺れに揺れます。あれだけ負担を強いられた(兵役で多くの命が失われたのは勿論、更には度重なる凄まじいと形容したくなるような増税もあった)国民としては、ロシアから賠償金をびた一文取れないことに民衆は激高していました。(WIKIの日比谷焼打事件をご参照下さい)

そういった中、天皇の最高諮問機関と位置づけられた枢密院で、ポーツマス条約を審議します。その時、議長である伊藤博文は自らこの条約の説明をしますが、その説明を是非ご覧下さい。


 「日露講和条約批准に関する枢密院会議筆記録」 (From 国立公文書館 アジア歴史資料センター

(口語訳のみご紹介します)

議長(伊藤)  ただいま書記官が朗読しました日露講和条約および追加の条項は、内容がきわめて重大ですので、議長みずからが報告を担当します。ご承知のとおり、昨年からの18ヶ月の長きにわたる戦争を終わらせる条約ですが、この戦争のために数十万の兵士を犠牲にして、10数億円の金額を使い(現在の約5~10兆円に相当)、結局は戦いがいつ終了するのかまるで予測できない情況になっており、アメリカ大統領の発案によって日本とロシアの両国への勧告がなされ、講和の交渉が開始されることになりまして、その結果この条約が締結されることになりました。この条約は過去に例のない関係を生み出す条約であり、事態は極めて重大であるため議長みずからが報告します。

 講和談判に関しては、内閣で充分に審議しつくされ、そして陛下のお許しを得て全権委員の派遣の前にそれぞれ細かな指示を与えられたことは枢密院でご存じのことと思います。しかも全権委員は天皇陛下の命令を受け承り、話し合いの相手に対し全力をつくして交渉を成し遂げたと考えなければなりません。にもかかわらず、この条約については、言うまでもなく国の世論は様々な意見が提出され、激しく議論を戦かわす状況となっています。議長はみなさんとともに静かに開戦からの状況を深く見きわめ、この条約に対する天皇陛下のご批准についての賛否を決定し、ここで陛下の前でそのご心配事を取り除きご安心いただく手だてをとらなければならないと考えます。

 この条約については様々な意見があります。世間の批判と議論はもちろん無視する訳にはいきませんが、枢密院は国家の重大な事柄を論議するところです。枢密院は、世間の議論と全く関係している部分がなく、衆議院などとは性格が大きく異なっており、重大な事件について陛下が判断し決定するにあたって、補佐させて頂くところがなければなりません。これが我々の職務上の本分であります。陛下がご決断されるにあたって、真心をつくしてお考えに適うようにすることが我々の職務上の責任であります。

 よくよく考えてみますと、世間で様々な議論が出ている中で枢密院は落ち着いて考慮し、談判ではかけひきをする相手国がいるものですから、この条約の締結については陛下の命令を受けた全権委員が全力をつくしたものと考えなければなりません。

 敵国は満州の大地では敗れたものの、なお戦争を継続する力があります。また、敵国は戦いには敗れたものの、いまだ降伏を求めているわけでも和平を求めているわけでもありません。世界の状況を考えた上で、講和の交渉を開始すると同意したのですが、我が全権委員は力の限りをつくして交渉の任務にあたったものの、その結果、相手国は我々の要求を全て受け入れたわけではないことは事実であります。

 政府の見解と世間の無責任な議論とは、そもそも一致しにくいものです。全権委員が全力をつくしても結局妥協することができない場合は、政府はこの条約で戦争の終わりを告げるべきなのか、それとも交渉を決裂させるべきなのか、もし、交渉がうまくいかない時は、将来いつになったら戦争の終了を告げられるのか、ほとんど予測することができない情勢であることはまず間違いないと確信しています。

 このように国家の重大な案件を即断しなければならない時、政府は危険な道を避け、安全な道を選択し、短時間の内に議論をまとめ、責任を負い、さらに数万の人命を失い十数億の軍費を費やすよりは、人道上と国家の利益から考えて議論を決定して、今日、この条約のご批准を天皇陛下に申し上げて裁可をあおぐことになったものと枢密院では考えざるを得ません。

 本件は極めて重大なので、あなた方も陛下と国家の心配を分担する考えから充分にご検討されたことと思います。議長は細かい事柄に言及するよりは、全体的な見地から、開戦以来の全ての状況にもとづいて陛下のお尋ねに答えるべきであると確信し、意見を述べた次第です。ご議論、ご質問がありましたら、担当大臣も出席されておりますので、随意におねがいいたします。熟慮の上で決定されるよう、切に希望します。

議長(伊藤) 各議員においてご意見を述べられる必要がなく、またご質問もなければ採決します。天皇陛下がご批准されるべきであると考えます。みなさんの起立をお願いします。

〔全会一致〕

議長(伊藤) 全会一致をもって賛成されました。

司馬遼太郎はしばしば明治人達のリアリズムの徹底に触れますが、公文書に残されている記録からも、少なくとも伊藤博文は全く日本海海戦や奉天会戦での戦果に浮かれることなく、日本の置かれている状況を冷静に見ていたことがわかります。

特に「政府の見解と世間の無責任な議論とは、そもそも一致しにくいものです。全権委員が全力をつくしても結局妥協することができない場合は、政府はこの条約で戦争の終わりを告げるべきなのか、それとも交渉を決裂させるべきなのか、もし、交渉がうまくいかない時は、将来いつになったら戦争の終了を告げられるのか、ほとんど予測することができない情勢であることはまず間違いないと確信しています。」の言葉を、今の政府の方々に送りたいと思います。「戦争」を「交渉」、ないしは「普天間基地移転」という言葉に置き換えてみたらどうでしょうか?

伊藤博文という政治家のリアリズムに感嘆すると共に、今の政府の「リアリズムの欠如」に、不安を感じています。

早稲田の桑田さん

午前のお客様とのお話が終わり、社内でカップラーメンをすすりながら何気なくwebを見たら、なんとも言えない感情の湧く記事が。確かに宿敵校とはいえ、「本当に良かったね」と言いたくなるようなお話しなのでご紹介させて頂きます。

夢実現!桑田氏「WASEDA」で熱投(From sanspo.com)

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 元巨人投手で、早大大学院生の桑田真澄氏(41)が12日、東京・西東京市の軟式野球場で行われた早大準硬式野球部のOB戦に出場。初めて『WASEDA』のユニホームを身にまとい、マウンド上で躍動した。

 背番号は現役時代と同じ「18」。OB組の「4番・投手」で先発し、3回無安打無失点。その後は遊撃にまわったが、最終回の七回、同点とされなおも一死満塁の場面で緊急再登板。走者一掃の二塁打を浴びるも、終始笑みが絶えなかった。

 「中学生のときにPL(学園)、早大、巨人と進む目標を立てた。順番は違いましたが、早稲田のユニホームに袖を通せて本当にうれしい」

 自分の夢を実現させた後は、今も夢を追う巨人の後輩へエール。松井秀には「ヤンキースだけがすべてじゃない」。高橋尚には「言葉を勉強すれば3、4勝は上積みできる」と語学習得の大事さを説いた。(吉村大佑)

小さい頃はおばあちゃんが子守歌代わりに早稲田大学校歌を歌っていたという桑田さん。何が真相かは私なぞには知るよしもありませんが、この笑顔を見ると、少なくとも本当にWASEDAのユニフォームを着たかったんだなあと思います。それにしても粋な事をしましたね、早稲田の準硬式野球部OB会。

睡眠時無呼吸症候群?

コメントの放置のツケがなかなか払えず、未だに返信が終わっていない、焦り気味な管理人です。

さて、この前の記事で「睡眠時無呼吸症候群の検査のため」などと書いただけで、これまたそのまま放置してしまっていました。なので、一応その顛末を。

睡眠時無呼吸症候群とはこんな病気です。

概説  いびき、とくに無呼吸後の猛烈ないびき、昼間の強い眠気、熟睡感がない、起床時の頭痛などの症状を訴え、睡眠中に頻発する呼吸停止(無呼吸)を特徴とする疾患が睡眠時無呼吸症候群(SAS)ですが、そのほとんどは気道が閉塞する閉塞型睡眠時無呼吸症候群(OSAS:obstructive sleep apnea syndrome)です。この閉塞型睡眠時無呼吸症候群の問題点は、家族にとっては「いびき」のために安眠を妨げられることだけですが、実は本人にとっては大きな問題が3つあります。

症状
 1つめは、無呼吸が繰り返し起こるためにたびたび脳が目覚め、熟睡ができない結果として昼間に著しい眠気に襲われます。2つめは繰り返される無呼吸の時に、動脈血中の酸素が不足する(低酸素血症)とともに、二酸化炭素がたまって血液が酸性に傾くことから、不整脈、心筋梗塞、脳梗塞などを起こしやすくなります。3つめも夜間に脳が目覚めることが繰り返えされるため、交感神経の緊張状態が続いて自律神経が乱れることにより内分泌系にも影響を及ぼし、低酸素血症のストレスも加わり、動脈硬化症、糖尿病や高血圧症などの合併症を発症するといわれていることです。

いやあ、なかなか怖い病気です。実は以前から「寝ているときに息が止まっていることがある」などと言われていましたし、ちょっと眠気がひどいのはもしかしたら?と思っていたところ、たまたまインターネットでそう言った症状を見てくれる病院が見つかったので、行ってみました。

それが、この病院です。

グッドスリープクリニック

きれいな病室、感じの良いスタッフ、明快な説明をしてくれる医師。好感を持てたので、では検査入院でもしてみようと思ったのです。

そして、いざ入院。寝るときに10個以上のセンサーを体中に付けて眠るわけです。暗くなったので、さて寝ましょうということでやく8時間寝ました。

朝になって起こされ、そして診察を受けます。

その結果は・・・、

「あなたは無呼吸じゃないね」

ホッ、良かった。

「でも、だからと言って問題が無い訳じゃないんだ。」

えっ?

「あれだけ多くの器具を付けていたら普通はなかなか眠れないもんだけど、あなたは5分でレム睡眠(熟睡)になっていたよ。きっと強い睡魔を慢性的に感じる体質だね。1日12時間くらい寝ないとダメな体質だね。ずっと寝続けることが出来るでしょ。」

はい。とっても。

「まあ、ちゃんと脳波を解析してみるけど、場合によっては薬で眠気を抑えないと、日常生活では危ないかもね。」

・・・、どうやら小学生体質なようです、私は。で、再来週に改めて診察を受けることになったわけです。ご心配をおかけして済みませんでした。もっとも、病名をよく知らず、寝ている最中に息が止まり、慌てて救急車で運ばれたようなイメージを持った人も会社にいて、ちょっと違った意味で焦りました。

おっと、そう考えるとこんなことをしている場合ではありませんね。もう寝ないと・・・。ではみなさま、お休みなさいsleepy

新幹線で移動中

新幹線で移動中
新幹線で移動中
溜めに溜めたコメントの返信をする絶好のチャンスとばかりに返信にいそしんでいたら、その状況を見透かされたかのようなコメントが。

そうです、私は今は新幹線のN700系に乗り、一番先頭のコンセントが使える席で、流れ行く景色が見える窓際に座っているのです。

さあ、次の返信に移らねばV(^-^)V

これから大阪へ!

これから大阪へ!
甲子園に行くならいいのですが、残念ながらお仕事です。

とは言え、新幹線に乗ることに何となくワクワクするのは、きっと子供のころからの習性でしょう。

まずはお弁当を食べないと(^_^)v

うそのような本当の話

拙ブログをお読み頂いている皆様、コメントの返信が滞っておりまして本当に申し訳ございません。

仕事もさることながら、昨日は睡眠時無呼吸症候群かもしれないということで一日検査入院をしておりまして・・・。
その話は後日またしようかとも思いますが、その時に本を2冊持ち込んでいましたが、両方ともとても面白かったのです!

まずはそのうちの一冊をご紹介しようかと。


佐々さんの本は実践的で、いつも興味深く読ませて頂くのですが、今回はそれもさることながら、本当にこんなことがあったんだ!というお話です。

1986年、三原山が大噴火を起こしたのをおぼえていらっしゃるでしょうか?

三原山とは伊豆七島の大島にある火山で、209年ぶりの大噴火を起こしていました。溶岩流が迫ってきていましたし、なにより水蒸気爆発でも起こったら島民も観光客も何千人と吹っ飛ぶかも知れないという緊急事態。一刻も早く避難させるため、船舶を急派しなくてはいけない状況です。

そんな折り当然活躍しなくてはいけないのは、担当官庁であった国土庁(今の国土交通省)。しかし何の報告も上げてこない。

ここからは原文にてご紹介します。

藤森官房副長官が後藤田長官に報告する。

「長官、国土庁は夕刻より一九関係省庁の担当課長を防災局に集めまして、長い長い会議に入っております。佐々君や私が名を名乗って電話を入れても、『会議中です』の一点張りで、らちがあきません。国土庁には任せておけない。これは”伴走”いたしましょう」

これを聞いて後藤田長官、ついに怒った。

「何の会議をやっておるのか?議題は何か?すぐ聞け!」

制度上は、情報は国土庁長官が総理へ報告することになっており、官房長官や副長官には報告されない。そこで、何の会議をやっているのか裏から探ってみた。

すると、驚いたことに、第一の議題は「災害対策本部の名称」。大島災害対策本部とするか、三原山噴火対策本部にするか・・・、だそうだ。

そして第二の議題。何と「元号を使うか、西暦を使うか」、つまり昭和61年とするか、西暦1986年とするか、だという。さすがにあきれて、「何でそんなバカなことを!」と聞くと、「昭和天皇はご高齢だから、万が一、元号が変わるようなことにならないとも限らない。しかし、西暦は前例がない」と議論しているのだとの答え。あまりのバカバカしさに目がくらんだが、念のために第三の議題も記しておくと、「臨時閣議を招集するか、持ち回り閣議にするか」だった。

踊る捜査線 the movieでの有名なシーンを思い出しました。あれはさすがにデフォルメしているんだろうと思っていましたが、全くその通りのことが行われていたとは!

でもこの当事者達はきっと真剣にこの話しをしているんですよね。

結局今の状況下で一番行わなければ行けないことは何か?そしてそれはどのポジションが責任を負うべきか、その判断が的確でないと、まさにコメディのような出来事が大まじめに行われるのでしょう。

今この話を読んだら、自分も含め「なんてわけのわからんことを・・・」と言うに違いありません。でも、実際に自分がその状況下にあった場合、どこまで的確なことを判断出来るかと思うと、心許ない気もします。

どんなことであっても、自分ならどう行動するか、どう判断するかを考えて、いざというときのために備えておきたいと思った一節でもありました。

なかなか面白いサイトを見つけました

11月の始めは病気によるダウンでコメントが溜まっていくのを呆然と眺めていただけですが、今月は時間の使い方が下手なのか、全くそういった時間が見つけられずにいます。

書きたいのですが、未だ書いていないタイトルをご紹介すると・・・、

「(仮)のだめカンタービレ最終巻を読んで」
「(仮)坂の上の雲 第2話」
「(仮)国を支えて国を頼らずを読んで」

さて、いつ頃になるやら・・・。


とは言え、ちょっと興味深いサイトを見つけたのでご紹介してみます。

その名も「アゴラ」!!

なんだかとても馴染みのあるお名前のサイトですねcoldsweats01

その中でも、自分は少なくとも以下の2つの記事については、共感していますし、実際にそう言った趣旨をここまでしっかりは書けませんでしょうが、記事にしたいとも考えていました。

株価が予言する民主党政権の未来 某米系投資銀行勤務/藤沢数希

2009年8月30日衆院選、自民党の歴史的な惨敗により戦後初の本格的な政権交代が起こった。鳩山由紀夫率いる民主党政権が生まれたのだ。「アメリカ型の『市場原理主義』は崩壊した」と世界同時金融危機を総括した鳩山首相は、経済成長を最重視した小泉・竹中の構造改革でボロボロになった日本経済を立て直すため、「友愛」により新しい経済システムの構築を目指すと宣言した。競争より平等、成長より分配を重視し、経済合理性にこだわらず社会に友愛精神を醸成し本当に豊かな日本を創っていくことを目指す民主党政権がここに誕生したのである。

政権発足後まだ3ヶ月であるが鳩山由紀夫率いる民主党政権は矢継ぎ早にさまざまな政策を実施している。
郵政再国有化。政権の重要ポストへの官僚登用。社内失業者への補助金延長による失業率を抑える労働政策。事業仕分けによる次世代スーパーコンピュータ開発プロジェクトの廃止。そして、史上最大の概算要求と過去最大規模の国債発行。
これからさらに子供手当て、農家への所得補償、公教育を担う教職員の待遇改善、労働組合に守られる正社員労働者の権利強化などが実施されていく予定である。また200兆円の郵便貯金を経営難で困っている地方の中小零細企業などに貸し出し、小泉・竹中構造改革で疲弊した地方経済を活性化する政策も亀井静香金融相を中心に活発に議論されている。

ところがこのような「友愛」政策にもかかわらず日本株がまったくさえない。下の図は米国S&P社が算出している国別の株式市場のパフォーマンスである。各国通貨の変動をとりのぞくためにすべてドル建てで計算してある。年初来の日本株のパフォーマンスはS&Pが算出する45か国中44位である。ブラジル、ロシア、インド、中国などの新興国は軒並み株価が2倍前後になっており去年の経済危機からV字回復している。米国、欧州の先進国も最悪だった2008年から株価は順調に回復しているようだ。しかし、日本株のパフォーマンスはわずか7%であり、かろうじてモロッコに勝っているだけである。年初来で円高ドル安がかなり進行したので、自国通貨の円でみると日本の株価はなんと年初来でマイナスなのである。世界の株式市場の中でまさに日本のひとり負けなのだ。

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衆愚政治をどう克服するか? - 松本徹三

先回のブログで、私は、民衆は「もっとパンを、もっと見世物を」と叫び、皇帝はこれに応えることによって民衆の支持を得ようとした「帝政ローマの末期症状」に喩えて、現在の民主党政権の危うさを憂いました。

実は、ローマが世界を支配するそのはるか昔、「直接民主主義」が機能していた古代ギリシャの都市国家アテネでも、同じような危惧を持った人がいました。それは「衆愚政治を必然的にもたらす民主主義」に代わる「哲人政治」を提唱したプラトンです。
プラトンの師であったソクラテスは、「物事の善悪は、その時々の状況によって判断されるべきものである」とするソフィスト〔法律家〕達に反対し、「物事の善悪は、客観的、普遍的、絶対的な基準で判断されるべきである」という「イデア論」を展開しますが、結局ソフィスト達の策謀によって死に至らしめられます。

このことを深く心に刻んだプラトンは、移り気で強欲な「普通の人間」が政治を動かしていれば、数々の不正義や不合理なことが世の中に満ち溢れざるを得ず、これをなくすためには、政治は「イデー」を理解した一握りの哲人達によって行われるべきと考えました。

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ちょっと尖った部分もあるかとは思いますが、結構最近ニュースとかを見ていると感じている事なんです。さて、他の方々はご覧になると、どうお感じになるものなのでしょうか?

雨上がりの朝

雨上がりの朝
冬はつとめて

清少納言はそう言いましたが、確かに一番空の青さがきれいな季節は冬だと思います。

更には昨日の夜に降った雨が、ちりやホコリを洗い流してくれたので、本当にすがすがしい朝の景色です。

今日は最近よくあることですが、地鎮祭とかの用があり丸一日出勤。昨日は久しぶりに遅くまで楽しく飲んだのでまだちょっと体が重いですが、このさわやかな風景にいやされながら、また新たな人との出会いを楽しんでこようと思います。

大学生とプロの技

12月に入り、当分は塾野球部とかの記事も少ないかなあと思っていたら、なんのなんの。連日報道されていて、喜ばしい限りです。

今回ご紹介する記事は、すでに拙ブログ内のコメントでご紹介されていましたが、やっぱり記事としてご紹介したくなったので掲載します。

江藤・慶大“エンジョイ”から“地獄”へ (From sponichi annex

 慶大の新監督に就任した元巨人、中日の江藤省三氏(67)が1日、神奈川の慶大日吉グラウンドで本格始動。純白のユニホームに身を包んだ新指揮官の心は闘志で燃えていてた。

 「僕は“地獄の多摩川”を経験した。長嶋さん、王さん。みんな血へどを吐いていた。日吉も2月には地獄になる」

 自身が慶大からドラフト3位で巨人入りした65年はV9元年。その後3年間の巨人在籍中は当時の多摩川グラウンドで血と汗を流して黄金時代の礎をつくった。慶大では後期試験が終了する2月上旬まで終日練習は不可能で、3月の高知・春野キャンプまで練習量は控えめなのが通例だった。だが、今年は違う。試験終了後からの終日練習を宣言。「バント、走塁、守備、走り込み。できるまでやらせる。ナインには苦痛ですよ」として、東京六大学最古1888年創部の名門に誕生した初の元プロ監督には“地獄の日吉”のイメージができあがっている。

 さらに、新指揮官は慶大のチームカラーでもあった「エンジョイベースボール」も封印。「優勝してこそ楽しい」として、04年秋以来遠ざかる優勝までは、厳しさを前面に押し出していく方針を示した。「グラブさばき一つでもプロを感じる」と湯本新主将が話すように、ナインもその気だ。目の色を変えた“陸の王者”が、地獄からはい上がって頂点を目指す。

 ▼地獄の多摩川 55~85年、巨人が使用した東京・大田区の多摩川グラウンドでの厳しい練習を指す。長嶋、王、堀内、土井、高田、柴田らV9戦士が悪天候の中でもグラウンドで練習に明け暮れた。柴田は当時の「練鑑ブルース」の替え歌「多摩川ブルース」をつくって“人里離れた多摩川に野球の地獄があろうとは”と歌った。


もう一つも。

元プロならではの人脈 由伸らに“自主トレは母校で” (From sponichi annex

 慶大の江藤新監督は「少しでもプロ選手を見ることができれば部員も刺激になるから」として高橋由(巨人)、佐藤、長田(ともに西武)、山本(オリックス)、加藤(ヤクルト)ら慶大OBの現役プロ選手に、オフの母校での自主トレを呼びかけた。これも元プロならではの指揮官の人脈。「OBも含めて慶大を強くする意識が大事」と“オール慶大”態勢を強調していた。


新監督、始動時から情熱を感じると共に、マスコミにもうまくアピールしていますね!こういった姿勢はこれから塾野球部を志そうとする選手たちにも好影響なんでしょう。

今は野球界はプロアマ規定の問題もあり、直接指導がダメだとかなんだかとかありますが、やはり卓越したプロの技術というのは大きな刺激となるわけだし、自分たちのためになるのだから、どんどんこういった機会を設けてあげて欲しいですよね。湯本主将の「グラブさばき一つでもプロを感じる」という言葉からもそういったものを感じました。自分の場合、学生野球を見慣れた後にプロの試合を見て、まず最初に感じるのは内野手の守備なんです。打球に対して点で捉えようとしているなあと思えるのが学生、面で捉えていてグローブも垂直に入り、捕ることが必然だったなあと思わされるのがプロなんです。

そういえばスーパーOBのMassyさん(勝手にご紹介してごめんなさい)の去年のブログの記事の中にこんなものがありましたね。

<インコースを打て...読後感>   ’08-9-23 (From Massy's Academy

(前略)

☆僕らの同期の中から、衆樹、中田、日野の3人がプロ入りしている。1961年秋、当時は、水原、宇野、別当、飯島の慶応OBが衆樹を見に日吉の練習を見に来た。一番印象的で今でも瞼に鮮明に浮かぶのはこの時の別当さんである。背広、普通の靴、ネクタイを締めたまま、上着だけ脱ぎ、しばし、レギュラーのバッティングを見ていた後、「インコースはこうやって打つんや」と言って打席に立ち「おい!インコースを投げろ」と言って脇を締めて右中間やレフトのネットの上段に軽々と打ち込んだ。正に、「グリップエンドをボールの内側に向かって打つ」のである。今までの僕らが持っていた「イメージ」とは全然違う、「インコースを右中間に飛ばす」プロの技術には本当に驚いた。あの時のバッティングピッチャーは左の浜部君だった。

(後略)

ここで出てくる別当さんとは別当薫さんのことで、阪神-大毎で活躍された慶大出身のスター選手です。映画の「最後の早慶戦」でも紹介されるほどでしたね(役者さんが結構似ていてビックリしました)。
この当時でも「プロの技術には本当に驚いた」と思えたんですものね。

普通の会社では普通に行われる、慶應社中での仕事の指導・伝統の引継ぎ。これが野球部内で、特にプロ出身者との間でなかなかうまく出来ないのは残念なことですが、このような体制となったので、是非ともうまく流れて欲しいなあと思いました。

まだ12月だというのに、もう期待感が溢れていますshine

ちょっと見つけたニュースとお礼

相変わらずの時間になってはしまいましたが、取り敢えずの投稿を。

いよいよ塾野球部の新体制が始動しました!

慶大・江藤新監督が始動!さぁ大学日本一(From nikkansports.com)

 東京6大学野球の慶大・江藤省三監督(67)が1日、監督として初めての練習に臨んだ。11月中旬から指導員としてチームを見てきたが、監督として練習を見た感想を「気分的に違うね。これからはチームづくりをしていかないと」と話した。慶大は04年秋以来リーグ優勝から遠ざかっているが「来春の大学日本一? もちろんですよ」と、大きな目標をあらためて掲げた。

いよいよ始動ですね。この時期の練習なので、焦ることなく体力作りと課題克服に専念して、「チームづくり」の土台を作り上げて欲しいですね。まずは部内競争の活性化からでしょうか。


あと、自分のお恥ずかしいミスを。

すでに訂正はしたのですが、11月24日にアップした記事で「キャスティングボード」と書いてしまっていましたが、正しくは「キャスティングボート」です。これを親切にもご指摘頂いたのです。大変ありがたいことであると同時に、へえ~と思ったので、一部ご紹介させて頂きます。

ところで、11月24日のアップされてエントリ、タイトルが「政党政治におけるキャスティングボード」となっておりますが これは英語のCasting Vote(本来の意味は賛否同数のときに議長が投じる決定投票の意味)の誤読です。

今までの経験では間違って覚えておられる方が殆どのようです。従って、正しくは「キャスティング・ボート、ヴォート」となります。

なるほど!確かに板(board)をだしても仕方ないですよね・・・。本当に勉強になります。

いつも書いていることではありますが、こうやって多くの方々がいろいろなことを教えて下さるので、大変ありがたく思います。本当に幸せ者ですねhappy01

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