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「吉田茂と昭和史」を読んで

皆様、だいぶご心配をお掛けしてしまい、申し訳ございませんでした。

結局、黄色と黒は勇気のしるし♪さんのご助言もありおとなしくずっと寝ている・・・はずでしたが、やはり電話が何回か鳴りその都度仕事の対応をしていました。

そして今日は熱もすっかり下がり、単純にウィルスをなくすための日だなあと思っていたら会社から「共有ディスクが動かなくなりました」とのショッキングなお話。さすがにあれが壊れると会社の一大事なので、マスクをしながら1時間だけ出社、なんてこともしていました。

まあ、それはさておき、そんなことも出来るくらいに回復したと言うことですから、まずは一安心。

で、養生中に何をしていたかと言えば、読書ですね。

そんな中で印象に残った本をご紹介させていただきます。

この本の帯には「<自立>か<協調>か、<自由>か<統制>か- 歴代首相の立ち位置は吉田との政治的距離で決まっている。今の日本政治は昭和の歴史から何を学ぶべきか」とあり、Amazonでの書評では「本書は、日本外交史を専門とし学習院大学教授である著者が、吉田茂を通して「昭和」を概観する著作です。1920年代を理想とする吉田が激しく移り変わる政治的状況の中でどのようにその信念を貫き、どのような妥協をしたのか吉田とその周囲の政治家らの言葉に基づき検証。 」とあります。

そんな本を読んでいく中で感じたことを、思うがままに2つ書いてみます。

まず一つ目です。

民政党内閣であった浜口内閣下でロンドン海軍軍縮条約を批准しようとした際、政友会、特に鳩山一郎氏が「政府がロンドン海軍軍縮条約に調印したのは統帥権干犯である」と言って攻撃したことは知っていました(これが自分が鳩山一郎氏をどうやっても好きになれない理由なのですが)。
が、その1年ほど前の政友会の田中義一内閣の時、不戦条約を締結しようとした際、民政党がその機関誌において不戦条約第一条のin the names of their respective peoplesを「人民ノ名ニ於テ」と訳し、これを天皇大権(条約締結権)に触れる憲法違反と難じていたことは知りませんでした。

つまり政友会が与党の時は、民政党は党利党略から不戦条約問題を政治的に利用し、これを含みあらゆる機会を利用して政友会打倒を目指した。つまり手段を選ぶ余裕がないほど野党の民政党は追い詰められていたし、その後の民政党が与党となった後は、少数党に転落した政友会が攻勢を転じるには天皇の権威を利用して政府批判を展開するしかなかった。すなわち、不戦条約問題と攻守所を代えての政友会の論難だったわけです。

この時外務次官だった吉田茂は「政争がかくの如く苛烈になるに従って、常に外交問題を政争の具に供されるために、日本の外交の立場が非常に悪くなる虞(おそれ)がある、現に外交上頗(すこぶ)る面白くない現象がたびたび起こる、どうかしてこういうことのないようにしたい」と言っています。

・・・ん?どこかで見た風景が・・・?

では、それまでの明治・大正期には見られなかった現象が起こったのか?

それは二大政党制になったからとも言えるでしょうが、忘れてはいけないのは第一回普通選挙、すなわち納税額の制限がなくなった初めての選挙(男子のみですが)が行われた直後ということです。これにより政治参加の底辺が飛躍的に拡大し、有権者が一挙に1000万人も増えたのです。各政党はこの票を取り込もうとあの手この手で相手を攻撃したり、社会政策の整備に力を入れます。
ちょうどこの頃は第一次世界大戦の特需が終わり、昭和恐慌を迎えてもいます。そのため中央の都市の上流階級と地方の農村・漁村における下流階級との格差がより広がりを見せていた時代でもありました。

つまり一挙に増えた1000万人の有権者達は、ちょうど昭和恐慌に入っていく中で、社会的不安にさいなまれていたのです。

これらの要因が、よく言えばわかりやすい言葉、悪く言えば本質とは関係のないところでの耳に入りやすい言葉で時の政府を攻撃することが民衆の支持を呼び、政権を奪取するには手っ取り早いという発想につながったのではないでしょうか?

実はこの時も政友会と民政党に大きな政策の違いはなかったのです。であればこそ、イメージ重視ってやつですね。

その結果「統帥権干犯」というパンドラの箱を開いてしまうことにもつながったわけです。

そう考えると保守の二大政党というのは、余程両党が良識を持って取り組まない限り、国益上大変やっかいな問題を生むのかも知れませんね。政党政治の時代において国益を優先した外交優位の体制を確立することは難しいのでしょう。

もう一つはこの本の終章で書かれていた文が全てです。

「戦前・戦後の昭和史をとおして、対米関係をめぐり、日本は<協調>と<自主>の間を揺れ動いた。対米<自主>志向は、戦前の昭和期において、戦争の破局に至る。戦後の早急な対米<自立>志向は、鳩山や岸のように挫折する。 他方で吉田は、戦前・戦後、一貫して対米協調に努めた。戦前は軍部と対立してでも、アメリカとの<協調>と帝国日本の発展のバランスをとろうとした。戦後の吉田は、平和憲法と日米安保条約の矛盾を自覚しながらも、敗戦国日本の国家的独立のために、この矛盾を受け入れ、対米協調を基軸とする経済的な発展を優先させた。

(中略)

この戦後日本の矛盾は、戦勝国アメリカと敗戦国日本とが協調関係を築いたことに起因している。矛盾を解消する方法が一つだけある。日本がふたたびアメリカと戦争を戦い、勝利すればよい。しかし第二次日米戦争の決意がなく、あるいは決意はあっても勝利の見込みがないのであれば(おそらく今の日本には決意も勝利の見込みもどちらもないだろう)、この矛盾に耐えるしかない。」

今ギクシャクとしてし始めているように見える日米関係に対しても、何かと示唆するところが大きいと思いませんか?

やはり歴史は単純にお話としても面白いですし、今の状況に合わせて考えてみるのもまたいいですね。

これからの日本が弥栄えの国となることを祈って止みません。

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コメント

こんばんは!

IKEAで相当時間を掛けたのに罠にハマって?全品返品の危機でヘコんでるげんきです(笑)

吉田首相、日本史の教科書にはサンフランシスコ講和条約とバカヤロー解散くらいでしか出てこないけど、永く務められただけあって、リーダーとして強い信念のあったかたなんですねflair

歴史は繰り返すから、ちゃんと予習して備えないとイカンですねsign01

吉田茂の功績は、対米従属を装いつつ、
ダレスのアメリカの再軍備要求を、新憲法を理由に拒絶し、
予算を産業育成に回し、
さらにアメリカ企業の技術支援を得るため
米政府に根回しさせたこと。

ニューヨーク・タイムスは、綿密に秘密文書を分析、
「US(われわれ、アメリカ)が経済大国日本をつくった」
という衝撃的なタイトルでコラムをのせ、
吉田茂の外交手腕を評価していました。

ちょうど経団連で日米構造摩擦でアメリカに押しまくられていたので、
当時、この記事についてアメリカ側とも意見を交わしたことを
思い出します。


民主党の理想外交にしたたかな戦略が欲しい!

吉田茂にご興味をお持ちならば、「敗北を抱きしめて」の著者であるジョン・ダワーが学位論文として書いた「吉田茂とその時代」(TBSブリタニカ。現在絶版のようですが、図書館あるいは中古で容易に読むことができると思います)を一読されることをお勧めします。

アメリカ人研究者の視点からの「吉田茂」、非常に興味深いものがありました。

ちょっと面白かったのは、巷間英語の達人と言われていた吉田茂ですが、英国大使時代の外交交渉において彼の喋る英語はよく理解できなかったという英外交官の逸話が紹介されていたことです。

げんきさん

コメントありがとうございます。

IKEAの家具のパーツは、日本製品に慣れていると余りのルーズさに驚くし、途方にくれてしまいますよね。でもへこたれずに、えっと思うくらいに乱暴に組み込んでみると、それで何とかなってしまい、仕上がりを見るとなかなかじゃないの!と思えます。
げんきさんも相当苦労されたみたいですが、達成感もまたひとしおではなかったのではないでしょうか?

やはり歴史は現象の羅列より、ひとつの物語として捉えるととても面白いですよね。彼のお父さんは土佐で自由民権運動に身を投じているのですが、吉田茂さんにも「土佐っぽ」を感じます。とにかく信念を持って進んでいる人なので、何かと面白いですよ!

文武両道さん

コメントありがとうございます。

さすがニューヨークタイムズは上手いことを言いますね!

戦後の彼の活躍というのは私も結構本で読んではいたのですが、戦前との連続性という観点では余り見たことがなかったことに、この本を読んで気づかされました。

その中で筆者が何回か言っていたのが「昭和デモクラシーへの郷愁」。考えてみれば昭和一ケタは、まさに二大政党制のもと、近代文明が都市には広がる中、市民生活を各自が送っていたのですよね。それがなぜ国民服とモンペになってしまうのか。そのとき、戦後の有名人たちは何をして過ごしていたのか、連続性という観点から見るのはとても興味深かったです。

民主党は「こういう結果がほしい」という外交ではなく、「こうあるべきだ」という一種の原理主義的な考えで外交に取り組んでいるように見えます。いわゆる書生論のように感じます。もう少しリアリズムを身につけてほしいと思いますが、今正にいろいろな経験をしてリアリズムを身につけているところなのでしょうね。期待して見ていくことにします。

Flamand@擬藤岡屋日記さん

コメントありがとうございます。

返信がどうにもこうにも遅くなってしまい、申し訳ございませんでした。

さて、本のご紹介どうもありがとうございました!確かに新刊では発売されていないようですので、図書館等で探してみることにします。
それにしてもこれを「学位論文」として書いていることに驚きます。自分の学生時代を思い返してみると・・・sweat01

吉田茂の英語が実はひどかったという話し、どこかで聞いたことがあるような気がします。白洲二郎さんの英語とは対極にあったんですね。逆説的ですが、だからこそ外交官は語学力よりも大局観の方が余程大事だとも言えると思いますね。

是非、本を探し当てて読んでみます。ご紹介ありがとうございました!

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