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学問のすすめ 現代語訳 を読んで

以前、文藝春秋の名著講義「学問のすすめ」を読んで、記事を投稿したことがあります。文藝春秋十二月号~名著講義「学問のすすめ」~を読んで

ただ、その時でもまだ「学問のすすめ」そのものをしっかりと読んだことはありませんでした。やはり福澤先生の文はくだけているとはいえ、文語体の文章を読むにはそれなりの気合いが必要で、ちょっと敬遠していたところがあるからです。

そうしていたら、昨日たまたま「高校野球小僧」を買いにいった時に、この本が目にとまり、現代語ということで読みやすく、そのまま一緒に買っていました。

そして、休日の今日一気に読んでしまいました。

その感想としては、何よりもまず驚きました。これを天保生まれの人が、明治5年くらいに書いているということに。揺らぐことのない思想と、現代に通じる、というか寧ろ現代社会の指針ともなるべきような事が書かれていたのです。

見出しだけでも伝わるものがあると思います

初編 学問には目的がある
第2編 人間の権理とは何か
第3編 愛国心のあり方
第4編 国民の気風が国を作る
第5編 国をリードする人材とは
第6編 文明社会と法の精神
第7編 国民の二つの役目
第8編 男女間の不合理、親子間の不条理
第9編 よりレベルの高い学問
第10編 学問にかかる期待
第11編 美しいタテマエに潜む害毒
第12編 品格を高める
第13編 怨望は最大の悪徳
第14編 人生設計の技術
第15編 判断力の鍛え方
第16編 正しい実行力をつける
第17編 人望と人付き合い

そして本の最後に解説がつけられていますが、これがまた秀逸で、この本を的確に表してくれています。私の感想もまさにこんな感じでした。抜粋ですがご紹介してみます。

学問をすることで自分の意識がはっきりし、経済がうまく回り、幸せな生き方が出来ると福澤は言っています。 当時の日本は、どのようにすれば国や個人が独立し、植民地化を防いで近代化できるのか、皆が考えなければならない状況にありました。そう考えますと、当時の学問がいかに切迫した重要事だったかわかります。 福澤は、すべての人が学ばなければならない、いわば「国民皆学」の思想を鼓舞したわけです。

今の時代にもっとも必要なのは、大きな目標を目指して動くことで、自分自身も充実するという連環ではないでしょうか。
世の中を良くしていくことと、自分自身の充実ということ。「国」や「公」と、「個」や「私」が、常に矛盾なくつながっている。そこが福澤スタイルなのです。

この本が書かれた明治初期は、男性が社会的に有利な社会で、女性は家庭生活においても今では考えられないほど低い位置にありました。
これに対して福澤は「親はともかく、結婚してからも夫の言うことを聞いて、最後は子にしたがえというのはあまりに不公平ではないか」と徹底的な批判をしています。おそらく女性はこれを読んだときに、非常に勇気づけられたでしょう。

そのような読み方をしてみると、今の時代にも通用する普遍的な論理が満載です。例えば、「国民は個人に契約もしくは委託されているようなものなのだから、きちんと一人ひとりの国民のために安全保障をして守るべきである」と正論を述べる一方で、「国民は気持ちよく税金を払え。少しのお金で安全を買えるなんてこれほど安い買い物はない」というようなざっくりとした言い方をしています。

今は自分たちが社会に参加しているという意識を持ちにくい時代です。その結果、自分の私的で快適な空間をどれだけ守れるかということに必死になり、国によって社会が安定している恩恵を大いに受けているにもかかわらず、国などいらない、税金など払う必要がないと考えてしまいがちです。自己意識はどんどん肥大しているのに、社会の中で自分の占める割合が極度に小さい。このギャップは、個人をむしばんでいます。
そのような社会では、「気概」を持つことは非常に難しい。福澤は、「衣食住を得るだけでは蟻と同じ」とバッサリ斬っています。また、「独立の気概のない者は、必ず人に頼るようになり、その人を恐れ、へつらうようになる」とも言っています。
ここで言う「気概」とは、単に根性を指すのではなく、きちんとやるべきことが見えていて、そこに全精力をかけていきたいという明確な思いのことです。

今はインターネット時代になって、交流の範囲がどんどん大きく広がっています。リアルの世界で気が合う人間がいなかったとしても、ネットの世界では自分と志を同じくする人をみつけられる可能性があります。
これを福澤流に言えば、「交際」ということで、「関心をさまざまに持ち、偏らずにいろいろな人たちからいい刺激を受けながら、多方面で人と接しよう」と説いています。交際は広げていくべきだという考えの究極の形がまさに現実となっているわけです。
しかし、逆の暗い面を見れば、ネットで知り合った顔見知りでない者同士が集団自殺したり、一緒に強盗殺人を犯してしまうことだって起こり得る。
しかも今の日本の場合は、日常生活において柱となる道徳がはっきりとありません。
生き方の型を失った現代では、心を安定させて生きていくことが一層大切になってきています。そのためには、社会と自分との関係をしっかりつかまえて、客観的に物事を判断できる能力は皆つけたほうがいい。そのざっくりとした態度というのも、やはり福澤の遺産と言うべきものです。

本書の最後は「人間のくせに人間を毛嫌いするのはよろしくない」という言葉でしめくくられています。そこでは、他人と積極的に交際し、知見を広めて、この社会全体を良くしていこうではないかという明るい展望が語られています。個人、人間関係、コミュニケーションの問題と、社会の作り方、国の支え方みたいなものがひとつながりになった一つのモデルをこの本は提示してくれます。
こうした民主主義の基本や、身分制に対する批判、人間は相互に皆同等の権理を持つという基本原理などは、戦後の憲法に慣れている私たちには馴染みやすいものではあります。しかし、現代の私たちはそのような原理が骨身に染みてきちんと身に付いているのかどうか、見直すきっかけにもなるでしょう。

この後、「福澤諭吉のことば」「福澤諭吉という人」「ビジネス書としても読める『学問のすすめ』」と続くのですが、訳して下さった斎藤孝さんも本当に素晴らしい方だと思います。

彼のプロフィールは「1960(昭和35)年生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程を経て、明治大学文学部教授。専攻は教育学、身体論、コミュニケーション技法」とのこと。義塾出身者で無いにも関わらずここまでやってくださったことに、感謝の気持ちを捧げたくなります。おかげさまで、『学問のすすめ』の世界に、義塾を卒業してから14年経ってようやく触れることができました。

皆様も、是非一度ご覧になってみて下さい。福澤諭吉という人物が明治初期に思想家・教育者として日本に存在したことの奇跡を、感じることが出来ると思います。

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書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

“善とは自己の発展完成self-realizationであるということができる。
即ち我々の精神が種々の能力を発展し円満なる発達を遂げるのが最上の善である。”

西田幾多郎の「善の研究」における「善」の定義です。
利己主義、利他主義はともの善ではなく、
自己実現に懸命に生きることこそ「善」である。

福沢のいう
「自分自身の独立なくして、国家を論ずることはできぬ」
と同じ趣旨です。

「学問のすすめならぬ哲学のすすめ」では、
ヘーゲルの弁証法にもとづく留まることを知らぬ、
螺旋系の自己実現、を西田は説いています。

今日、私塾で「現代における善の研究」を講じて・・・

「関心をさまざまに持ち、偏らずにいろいろな人たちからいい刺激を受けながら」このブログは螺旋系の発展をしています。

管理人さんのことですから、当然「福翁自伝」は読んでいらっしゃると
思いますが、北康利さんの『福沢諭吉 国を支えて国を頼らず』はお読みに
なったでしょうか。
福澤先生の伝記として、あるいは福澤先生を主人公とする歴史小説として、
傑作だと思います。

塾の中にいると、却って福澤先生と素直に向き合えないということなのか、
特に近年では、塾内よりもむしろ塾外の人の方が、福澤先生を正面から
研究し、評価しているような雰囲気があります。
斎藤孝氏しかり、この北康利氏しかり。また、三田評論2008年6月号の
座談記事「いま立ち戻る古典としての福澤諭吉」において、東大の北岡
伸一氏も、ゼミなどで福澤先生を読ませていたと語っています。
それに対して、塾内だと、身びいきと思われないかと遠慮するのか、塾生の
側でも煙たく思うのか、自分の在学中(高校、大学を通しても)、福澤先生に
ついて特に学ぶようなプログラムが塾に用意されていたことはなかったと
思います。
(高校の卒業時に「福翁自伝」はいただきましたが…)
これは実にもったいないことだと思うのです。正に福澤先生の創った学校に
学びながら、福澤先生を知ることなく卒業するなんて!
(普通部ではどうだったでしょうか?)

過去に何度も「学問のすすめ」現代語訳は出版されましたが、斎藤氏の訳は
非常にこなれているように思います。日本語力の違いなのでしょうね。

在職のときから大学で教えるともとに私塾をやっていますが、
退職時、自宅の書棚を見て、大学4年間に読んだ本の輪読を
やろうと決めました。

初回は迷うことなく「文明論之概略」でした。
大学卒業間際、三田で開催された丸山真男の講演を
聴いたときの感動からでした。

その後、丸山真男、中江兆民、三木清、西田幾多郎など
とりあげていますが、
特に問題解決に向けての議論の仕方、
その多事争論のプラクティカルな視座が、
日本の思想、議論に欠ける
「柔軟性のなさ」「逆に長いものに巻かれる無原則」
の修正を私自身にも自覚させます。

安全保障の問題から、慶應野球部応援まで、
どちらの立場に立って相手を非難するか、
が横溢しています。

最も大切な実学が福沢の考え方にはあります。

文武両道さん

コメントありがとうございます。

「螺旋系の自己実現」、深い言葉ですね。直線でも曲線でもメビウスの輪でもなく、螺旋系。終わることのない、しかし前とは何かが違う位置に行くことが出来るわけですから。

100%を目指すべきではあるけれど、100%には絶対に到達しないものです。なので、また一歩を踏み出す。そんなことの繰り返しが人生なのかなと思っています。

この拙ブログも、様々な話題を含みながら、螺旋形の発展を続けていければ、これ以上ない喜びです。

そしてそれが出来るのも、多くの方がこちらにお越し頂き、またコメントを頂戴出来るから。

本当にありがたいことだと思っていますhappy01

某掲示板、団長さんには感謝と敬意をもっています。
管理人さんのコミュニケーション対応能力につても
どなたのご返事にも通りいっぺん、ということがなく
このブログへの過剰投稿をしてしまう誘因でもあります。

あごらさん、げんきさん、管理人さん、
慶應普通部が「慶應らしさ」の原点と感じ入っています。

あごらさん

コメントありがとうございます。

さすがに福翁自伝は読んだことがありますが、ご紹介頂いた北康利さんの『福沢諭吉 国を支えて国を頼らず』は寡聞にして読んだことがございませんでした。今度是非読んでみます。

確かに塾内、特に大学では自ら望まない限り福澤先生に触れると言うことは殆ど無いですよね。大学に在学中は、後輩が「独立自尊」という言葉を知らなかったことにショックを受けるほどですからね。その中で一番触れたのはやはり普通部の時だったと思います。あの有名な「慶應義塾は単に一所の学塾として~」の拓本みたいなものを、一番最初に渡された記憶があります。そして1ヶ月くらい経つと応援指導部のお兄さん方がいらして、それまでは広島東洋カープの応援歌などでよく聞いていた「ダッシュケイオー」が慶應の歌だとわかり、あの華やかさと相まって、脳がやられてしまった記憶がありますcoldsweats01

とはいえ、やはり通り一遍であった印象は否めず、最近いろいろな方に触発されて読んでみると、そのすごさに今更ながら感じ入ります。

せっかくそんな素晴らしい、現代に出しても全く遜色が無いどころか、より一層輝く論説を発表していたわけですから、まずはどの課程に於いてもそれを学ぶ時間は作って欲しいですね。それが塾員になる条件だと。

斎藤孝さんの訳、素晴らしかったし、その後の解説も秀逸でした。仰るように日本語力を感じます。
文藝春秋での藤原先生の
「福澤は武士の姿形を真っ先にかなぐり捨てながら、武士の核心たる義勇仁、もう少し正確に言うと、それに実証的学問を意味する理を加えた義勇仁理、を掲げ自ら貫いた「新武士」だったのである。」
という言葉にもしびれました。

他大学の人の方が素直に見ることが出来るのかもしれませんね。

文武両道さん

コメントありがとうございます。

「文明論の概略」といい、「学問のすすめ」といい、どうしてあの思考が、あの時代で出来たのか不思議でならないほどです。どの問題に対しても過度に肩入れすることをせず、評価することは評価し、ただすべきところはただしていますね。

「学問のすすめ」でも明治新政府を、割と評価しつつ、でもこうすべきだといった論調でした。幕臣であったこと、上野の彰義隊との戦いなどを考えれば批判的に、現在の体制派であることを考えれば盲信的になってもおかしくないのに。これだけ読むと、明治初期の日本の方が、民主主義も言論界も今よりよほど素晴らしいのではないかと思えるほどです。

我々も福澤先生の時代よりは情報が比較にならないほど多く手に入る時代だからこそ、自分の芯を持ちつつ、柔軟に多くの意見を取り入れていく姿勢が大事ですね。

明治初期の知識人は漢学の素養、これが語学習得、
合理的な西洋思想を吸収するのに役立っているように
思います。

西周、福沢諭吉、中江兆民
どれも合理的な思考に驚かされます。

難解な西田哲学と言われますが、初期の「善の研究」は
すこぶる容易で、合理的な思考です。

それが戦争末期になると「絶対矛盾的自己同一」
と言いはじめて、神風特攻隊で美しく死ぬイデオロギー
に利用されることとなりました。

苦しくとも生きぬく、ぶざまでも生きぬく
これが秋山好古に典型的に見られる明治の軍人の
合理性でしたが、
昭和の軍は、いつの間にか、非合理性の組織となって
しまいました。

私は、いつも神宮で応援指導部があれほど
大声を張り上げて先輩の耳元で叫ぶ訓練をしなくても
いいのに・・・
通りすがりの普通の塾生にとっても異様に感じます。

「勝てなかったのは、おまえたちの応援が足りないからだ」
という言い分は、無理ヘンにゲンコツという感じ。

別の欄でとりあげられたテーマに関連して、
「封建制度は親の仇でござる」
という福沢の名言は、非合理なもの不合理なもの
に対する異議と思われます。

文武両道さん

コメントありがとうございます。

認識の仕方、文章の格調高さ、やはり漢籍の影響を強く感じますよね。特に春秋戦国時代付近に書かれた百家の文章は、戦国のリアリズムに裏打ちされた、合理性高い理論ですからね。
古代ローマと言い、混沌から安定に向かおうとする時期に考え出されるものは、観念的なものを許さないほど、現実に追われた形で、考え出されるものなのでしょう。

「苦しくとも生きぬく、ぶざまでも生きぬく」。幕末の動乱をくぐり抜け、明治に入って初めての近代国家の戦争という試練に立ち向かっていった当時の軍人達もまた、観念的な要素など無く、リアリズムに裏打ちされた行動を取っていたように思えます。

やはりなんのかんの言っても基本的には安定しているものの、なにかしらの閉塞感のある時代、なんだかよくわからない観念的や空想的な論調が流行るのだと思います。地に足が付いていない考え方とでも申しましょうか。

「勝てなかったのは、おまえたちの応援が足りないからだ」
という言葉は一つの語を替えるだけで、すなわち
「勝てなかったのは、おれたちの応援が足りないからだ」
としただけで、とても美しくなるのですがね。そうやって自分としてのリアリズムに替えて欲しいですね。

>明治初期の知識人は漢学の素養、これが語学習得、
合理的な西洋思想を吸収するのに役立っているように
思います。

仰有る通りだと思います。
三田評論2005年3月号に掲載された、塾経済学部教授の小室正紀氏の講演録
「江戸の思想と福澤諭吉」の中で、「江戸時代の教養が、日本が早い時期に
福澤先生のような方を生んだ必要条件なのではないか、と考えています。」と
述べられています。
科挙のため学問が朱子学にほぼ統一されていた清国や李氏朝鮮と違い、
日本の江戸時代は、藩ごとにいろいろな系統の学問(儒学も様々な学派があり、
その他に国学や蘭学も)が教えられており、文教が統一されていなかった。
つまり、「異端妄説」や「多事争論」が存在することができた。
様々な学問の良いところを集めて折衷しようという試みも現れた。
そういった、いわばばらした思想の部品を体系化する試みは、結局江戸時代の
間には成功しなかったけれども、「江戸時代後半の折衷学の時代というのは、
思想の上では模索の時代であったと言っていい」。
こうして、既に「ものを考えるいろいろな部品は用意されていた」ところに、
西洋文明の思想が入ってきたわけです。「西洋文明の思想を考える個々の
部品は、既に自前で揃っていた」からこそ、それに触れたとき、「それまで
模索し求めていたものが何かということが、おそらく目から鱗が落ちる
ようによくわかったのだと思います。」
この講演録では、前半部分で具体的に江戸時代の儒学と福澤先生の思想の
関係について説明されているので、この見解には非常に説得力があります。

長いこと、あまり読むところがなかった(失礼!)三田評論ですが、
ここ数年は、なかなか面白い文章が載っていて、とても参考になりますよ。
塾高野球部が甲子園に出たときの特集なども、とても読み応えがありました。

管理人さまや、あごらさま(おそらく、げんきさんや文武様もそうかな?)が卒業の際にいただいたという本。野球小僧編集部が菊地くんへの推薦図書に入ってますよbookそれにしても彼は毎日30ページ本を欠かさず読んでいるとは凄いなhappy02

私が慶應入試に合格できたのは、
ジョージ・オーウエルを読んでいた、
まさにその本が英語で出題されたこと。

国語は現代国語だけのはずなのに、
漢文が半分以上、出題されたこと。

普通の高校ではせいぜいバートランド・ラッセルの英語
漢文は殆どやりませんから・・・

その年、予備校では今年の最悪の難問、奇問と
批判されましたが・・・・

教養を試す試験だったのでしょう。
今は、私のような受験勉強せずに好きな本を読んでいる
受験生は慶應義塾には入れないかも?

もいかしたら普通部の先生が出題されたのかも?

>もいかしたら普通部の先生が出題されたのかも?

さすがにそれはないでしょうが、普通部出身の先生だったのかも知れませんね!
それならば、大いにあり得ると思いますよ。

>野球小僧編集部が菊地くんへの推薦図書に入ってますよ

それはもしや、慶應へ行ってはどうかというお勧め???

あごらさん

コメントありがとうございます。

いやあ、本当に興味深いお話をありがとうございます。
三田評論、改めて読むといろいろと興味深いお話が多いですよね。実は、とある人からその号を勧められたことがあります。4年前の甲子園出場を記念して前田祐吉さんが上田監督・ノンフィクション作家佐山和夫さんと三田評論の「三人閑談」でEnjoy Baseballの起源や野球道とスポーツの違いに関してお話しされたものですね。

そのとある方の要約を使わせて頂くと、前田さんは「絶対に勝たなければいけないと言われても、そんなことできっこない」「18年監督をやらせてもらって、唯一自慢できるのは全員が卒業したこと」「学生が野球をやるのであり、その逆ではない」「監督が学生が勉強するのを妨げてはならない」「まずグラウンドに向かって礼、審判をはさんでホームプレートでお辞儀をするのはいいけれど、相手のベンチ前に整列して礼、バックネットに向かって礼、もう見ていていい加減にしてくれって思う。茶道じゃあるまいし」「自分の監督時代になんの新基軸もなかったが、唯一やったことは『声を出すな』ということ。100人も練習していると余計な声で騒がしくて肝心な打球の音が聞こえない。1年生が『さあ、いこうぜ』とかよく声を出すが、『お前たち、どこへ行くんだ。黙ってろ』と」

もう痛快であり、過激でもある意見でした。でも本質だとも思います。

しかもその号は小泉信三元塾長特集でした。もう、隅から隅まで面白い号で、改めて三田評論の素晴らしさを知り、定期購読の申し込みをしてしまいましたhappy01

いろいろと面白いことが、義塾の中にはまだまだありそうですね。

黄色と黒は勇気のしるし♪さん

コメントありがとうございます。

その本とは「新訂 福翁自伝」~学問の世界での英雄から学べたらすごい でしたね!もしかして、ちょっと芽があるのかな?

「高校球児ってただの「野球バカ」って思う人もいると思いますが、実際そうではないし、自分はそうなりたくないんです」って本人が言っているからこそ、毎日30ページなんでしょうね。その意識の高さに感心しますconfident

文武両道さん

コメントありがとうございます。

自分は大学受験をしていないのでよくわからないところがあるんですが、予備校が「今年の最悪の難問、奇問と
批判」することがあるんですね!
でも、それは褒め言葉のようにも感じますね。
だって、そんなわかりやすい問題で選ぶのであればただ詰め込んだ学生さんを取ろうとしているのでしょうが、教養を問う問題であれば、自分の頭で考えられる学生を選ぼうとしていたわけですからね。

普通部出身の先生かどうかはわかりませんが、そういう風におっしゃって頂けると、「慶應義塾の本流である普通部」とおっしゃっていた某先生も喜ばれるだろうなあと思いましたhappy01

あごらさん

コメントありがとうございます。

そうやって拙ブログを媒介に、いろいろなやりとりをしていただいて、大変嬉しく思っています。
今後ともまた、いろいろ教えて下さいねhappy01

>定期購読の申し込みをしてしまいました

をを!!何とまあ、既に定期購読なさっていたとは!
さすがですね!

お話にあった号は2006年5月号(「小泉信三君没後40年」)だと思いますが、
それとは別に、2005年5月号(ちょうど45年ぶりの甲子園の直後の号)でも
「慶應義塾高校、甲子園の軌跡」という小特集を組んでいたのです。
上田監督と日吉倶楽部会長(当時)の松方正範氏の対談があり、その中で、
新谷君のサイン見逃しの話や、準々決勝の湯浅君の見逃し三振が監督の責任
だというお話などが出ています。
もしお持ちでなければ、バックナンバーを請求なさっては如何でしょうか。

あごらさん

コメントありがとうございます。

ああ、勘違いしていました・・・coldsweats01
お恥ずかしいです。

そちらの号も大変面白そうですね。三田評論はバックナンバーを請求出来るのがいいところ。今度また頼んでみます。

いやいや、実際に、小泉先生の特集号は素晴らしい号でした。
こういっては何ですが、その号の三人閑談の方が正直に言って面白かったです。
前田監督って、本当にすごい方ですよね。

あごらさん

コメントありがとうございます。

あの号は本当に素晴らしく、最初の阿川さんとの対談もおかしくて吹き出して(あっ、自分も笑い上戸なんです)しまいました。

前田元監督、外面の柔らかさと内に秘めた剛毅さ。エンジョイベースボールを体で表したような方ですよねshine

管理人さん、
本流云々の件はもしや…故アウチsign02


だとすれば、覚えていて口に上る管さんも凄いが、これを説かれた太田さんも凄い魂だと…四半世紀過ぎた今更ながら武者震いが襲ってきました。

あの後、早速通販申し込みをして、本日三田論評到着。色々と書かれており面白いですね。しかし最後の方の寄付のページ。いやー桁が違いますね。。。そうそう野球部への寄付も書かれていました。米、、、豚肉、、、

げんきさん

コメントありがとうございます。

さて、おっしゃるように英語のO先生もそうですし、現代社会のI先生もそうでしたね。
O先生は、そこの席は石坂浩二が座っていたとかよくやっていました。
なんだか懐かしいですね。ちょっと切ないですけどweep

黄色と黒は勇気のしるし♪さん

コメントありがとうございます。

その通りでございます。あごらさんもおっしゃっていましたが、その後の号の2006年5月号も大変面白いのでお勧めですよ。ちょっと過激なところがありますがcoldsweats01

でもすぐ注文されるとは、さすがですね!そういった行動力、本当にすごいと思いますhappy01

http://8.health-life.net/~susa26/zakkityo/gensisiroku/gensisiroku3.htm

塩野七生さんのローマ人を編集している方からの年賀状に
吉田松陰や西郷隆盛の心の師であった佐藤一斎の「言志四録」の
「順中の逆有り、逆中の順有り」
という言葉が紹介されていました。

ネットで探すと、他にも今年の教訓になりそうな言葉がありましたので・・・

福沢諭吉がジャーナリストでもあったとの観点で「宮本常一と渋沢敬三の評伝」を高く評価するのですが、今回の佐野さんの連載には戸惑っています。猪瀬さんも高く評価していたのですが。
優れたノンフィクションライターが有名になると劣化していくのは何故でしょう。
とはいえ彼らの初期の作品の価値は下がるものではありませんが・・・

樋口:僕は文学部の英文科に進んでいるんだけど、進級が難しいと言われている学科だからこそ、野球以外で志の高い人たちと一緒に居られることが刺激的だね。英語を勉強している他には、3年から経済学部のゼミに入っていて、大学では自分の学びたいことを学べるという環境があるから、僕も充実してるな。

今日の塾野球部ブログでびっくり
我々の時代には文学部にいて経済学部のゼミをとれるという制度はなかったかも
私も法学部一般教養で加藤寛先生の授業が面白かったのでもしゼミに入れるなら
入りたかった。

あがさクリスマス氏の作品、日本初の擬古文解読法「現代文de学問のすすめ」愛の四つ葉社が元山形大学理学部教授伊藤博士から推薦されました。
ぜひ読んでください!

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