好きな数字1桁とは?
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最近はネタと関係無く、お話がどんどん進むこともありますが、それもまたブログならでは。
では、早速今回のお題ですが、「あなたの好きな数字1桁を教えて?」とのこと。
月並みですが、ラッキー7にちなんで「7」が好きです。
もし2桁なら「17」です。理由はもちろん、山田久志さんが付けていた番号だから。
ちなみに、ラッキー7の由来はキリスト教の聖なる数から来ているが、決定的に広まったのは野球の「ラッキー7」からのようですね。なるほど。
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コメント
この記事へのコメントは終了しました。

一桁ですかぁ、、、私は『1』かなぁ。エースで四番でキャプテン。球児が憧れるものって感じですかね
二桁だったら、、、ネット上には書けません
ただ、長嶋ジャパンの際にミズノさんが好きな番号と自分の名前を入れて、代表と同じユニフォームを作成できるということで作りました。今年の春のセンバツ時は、これを着て塾高戦は観戦しましたよ
だってあの日は。。もちろんWBCとオリンピック仕様は違いますがね
投稿: 黄色と黒は勇気のしるし♪ | 2009年5月 6日 (水曜日) 06:08
追記。昨年の都市対抗で、山田さんが始球式をされておりましたよ(喜)
投稿: 黄色と黒は勇気のしるし♪ | 2009年5月 6日 (水曜日) 10:25
こんちは!
部屋の片付けの合間にPCを立ち上げました。
関東はお天気渋いですね。
僕は自分の誕生日に関わる4つの数字が何かと縁がある気がします。今の社員番号やら昔の学籍番号やら部屋番号やら・・・
そして二桁番号なら48です。
48→47→46→48→48→48
↑フツウ、なんだか解からないですよね(笑)
中学高校6年間の出席番号なんです。
その中でも、4はご縁のある番号です。
昭和40年代生まれですしね!
日本では4は忌み避けられる番号ですが、僕にとってのラッキーナンバーとして捉えてあげて、その分神通力を発揮してもらおうと思ってます(笑)
投稿: げんき | 2009年5月 6日 (水曜日) 14:28
私の中高でのクラスおよび出席番号は、
C40 A38 B42
A41 B43 C39でした。平均すると美しい?
子供時代の住所が2-41-3でした。この4つの数字を入れ替えると、私の誕生日になります。(昭和12年3月4日ではない!)和が10だから、気に入っています。
大学と会社の住所は2-1-1でした。計算結果が0だから、気に入っています。
一桁を選ぶならば、好きな数字は3ですかね。奇数の素数で最小だから?
投稿: フレフレ少女 | 2009年5月 6日 (水曜日) 17:28
This is the best blog I have ever seen in my life.
海外のブログが殆どお気に入りに並んでいますが、
日本では、このブログが一番。
ということでベスト、1!
投稿: 文武両道 | 2009年5月 6日 (水曜日) 17:49
黄色と黒は勇気のしるし♪さん
コメントありがとうございます。
アテネ五輪の時はミズノさんも粋なことをしていたんですね。今回のWBCでそれをやったら、すごく需要があった気がします。
ちなみに五輪仕様とWBC仕様の日本代表のユニフォームが違う理由ってご存じですか?WBC仕様のユニフォームはMLBが権利を保有しているのだそうです。つまり、私も買いましたがWBCの日本代表Tシャツとか買ったりすると、権利金がMLBに支払われる仕組みになっているそうです。さすが商売上手ですね。
投稿: 管理人 | 2009年5月 6日 (水曜日) 22:44
黄色と黒は勇気のしるし♪さん
追記ありがとうございます。
そうですね、山田さんは富士製鉄出身ですからね
投稿: 管理人 | 2009年5月 6日 (水曜日) 22:45
げんきさん
コメントありがとうございます。
さて、我々の時代の塾高のクラスの定員は48名。ということは・・・。確かにそうでしょうね。うんうん。
自分は単純に4は好きではありませんでしたが、言われてみればそんな発想もありですね。者は考えようですね。
投稿: 管理人 | 2009年5月 6日 (水曜日) 22:47
フレフレ少女さん
コメントありがとうございます。
では、もしかして、昭和3年12月4日とか・・・。
ウソです、調子に乗ってすみません
でもそれだけクラスも番号も分布に規則性があると、なんだかすごいですね!
「3」ってある年代以上は長嶋さんの影響が強いですけど、結構素数~の話をされる方もおおいですよね。鼎の足も3つですし、3ってなんだか安定感があるんですよね
と諸葛亮孔明さんも自分の家で劉備さんに言っていました
投稿: 管理人 | 2009年5月 6日 (水曜日) 22:52
文武両道さん
コメントありがとうございます。
本当にいつもながら、過分なご評価をいただきありがとうございます。「人生で今まで見てきた中で」「日本の中で」と、フィールドが大きすぎて・・・
そういった声を励みに、これからも頑張って参ります
投稿: 管理人 | 2009年5月 6日 (水曜日) 22:54
ベストの反対、ワースト。
独立さんの大先輩(普通部)
岡本太郎さんが、かつて
「俺と藤山一郎は慶應普通部で最下位を
争った劣等性だった」
とNHKで暴露したことがありますが、
美術、音楽、
それぞれの分野でベストになったのですから
学校の秀才と天才は別物なのでしょう。
投稿: 文武両道 | 2009年5月 6日 (水曜日) 23:48
文武両道さん
コメントありがとうございます。
ベストにせよワーストにせよ1番になる大変さってありますよね。
よく「優勝しなければ2位も3位も関係無い」って言いますが、よくわかる気がします。
結局のところ1位になるというのは、一つのことを突き詰めた結果だと思うのです。岡本太郎さんも藤山一郎さんも一つのことを突き詰めることを知っていたんだと思います。
どんな分野であれ、そういったことは単純でもあり、難しくもあり、貴いことででもあるのだと思います。
投稿: 管理人 | 2009年5月 6日 (水曜日) 23:55
管理人さまのフレフレ様へのコメをみて、そういえば昨年の夏の大会の田村くんと只野くんの背番号の由来についての監督のお話を思い出しました。あれはグッとアイデアって思いましたね
投稿: 黄色と黒は勇気のしるし♪ | 2009年5月 7日 (木曜日) 08:26
明日、ヤクルトファームで16番先発予定とヤクルトのホームページに。しかも戸田。見に行こうかな
投稿: 黄色と黒は勇気のしるし♪ | 2009年5月 7日 (木曜日) 10:57
げんきさんへ
今頃になってコメントをつけるのも間抜けなのですが・・・
普通部ってかつては3年間クラス替えがなかったと聞いているのですが、
どうして毎年げんきさんの出席番号が変わっていったのか?
まさか、途中で二人も抜けてしまったとか???
それで下の学年が1クラス50人になってたりとか?
妄想してしまいました。
普通部、塾高、大学、とトータルで3年もずれちゃった知人がいるものでつい・・・
くだらないことを書いてしまい、失礼致しました。
投稿: あごら | 2009年5月 7日 (木曜日) 21:09
あごらさん
こんばんは、です。
見ていただいていて恐縮です。
さて出席番号の件ですが、お察しの通りです…
中学は当時、5クラスあり三年間替わりませんでしたが、高校は18クラス毎年クラス替えがありました。ですが高校の三年間一緒だったクラスメートが二人もいました!
なお、中学で一期下のクラス定員が増えたかどうかは定かではありません…
またよろしくお願いします。
投稿: げんき | 2009年5月 8日 (金曜日) 02:14
去年夏の田村君、只野君の背番号の由来を良かったら教えて下さい。
未だにポジションと背番号が違うと、見ていて混乱してしまうバカな私です。
投稿: フレフレ少女 | 2009年5月 8日 (金曜日) 08:56
黄色と黒は勇気のしるし♪さん
コメントありがとうございます。
あのエピソードとは、うちのONコンビ、1番(王さん、塾高では田村君)
と3番(長嶋さん、塾高では只野君)ってやつですね!(フレフレ少女さん、コメントありがとうございます。こんな理由だったと思いますよ)
あれはグッドアイディアでしたね。もっともあれは高野連的にはOKだったんでしょうか・・・?
塾野球部の練習でも、謙虚に元気よくやっている姿があちらの掲示板でも報告されていましたね。彼らの神宮での活躍も心から期待したいですね!
投稿: 管理人 | 2009年5月 8日 (金曜日) 13:26
黄色と黒は勇気のしるし♪さん
コメントありがとうございます。
今日の加藤君登板予定の試合は、降雨中止だったようですね。残念!でも怪我から回復したからこそ登板できるのでしょうから、まずはほっと一安心ですね。
投稿: 管理人 | 2009年5月 8日 (金曜日) 13:28
あごらさん、げんきさん
コメントありがとうございます。
なんだか懐かしいことを思い出しましたね。普通部って結構珍しいところで、中学にして留年がありましたからね~。
でもおっしゃるようにそうなったら下の学年の定員は変わるんでしょうか・・・?でもあの教室にあれ以上の人数は・・・?なんて思いながら読ませていただきました。
投稿: 管理人 | 2009年5月 8日 (金曜日) 13:31
そういえば、上田さんによる王、長嶋発言がありましたね。
お二人には大学に入っても活躍してもらいたいです。先日田村君を見かけましたが、日焼けしていましたし丸刈りに近かったから、かなり衝撃を受けました。
投稿: フレフレ少女 | 2009年5月 8日 (金曜日) 17:22
今年は東都、六大学で例年以上に
1年生の活躍が目立ちます。
慶應でも志村、高橋、高木、加藤と
1年生が活躍したシーズンは
優勝、もしくはそれに近い面白い
シーズンでした。
今年は他大学に負けない有望新人が多いので
秋には彼らの活躍を見られることでしょう。
投稿: 文武両道 | 2009年5月 8日 (金曜日) 22:48
岡本太郎、藤山一郎さんの卒業した
普通部は52人が定員。
51位が藤山一郎、52位が岡本太郎。
それでもふたりとも現在の芸大に入ったのですから。
藤山一郎は神宮で初めて「若き血」の
指揮棒をふるったそうですが、
「普通部の歌」も初めて歌ったそうです。
投稿: 文武両道 | 2009年5月 8日 (金曜日) 22:53
確かに珍しい中学ですよね。
何しろ普通部は、戦後新制高校に移行せずにそのまま中学校として
とどまりましたから、中身は旧制中学のまんまなんですね。
身内の普通部出身者の普通部時代のノートを見せてもらったことが
あるのですが、現在の大学の一般教養科目レベルの内容で、
本当に吃驚しました。
理科の実験レポートも。ほぼ毎週、32000字だったそうですね!
当時はまだ、旧制の時代の先生も残っておられたそうですが、
彼は管理人さんやげんきさんとは10年違わない世代ですから、
きっとおふたりもそういう教育を受けられたのでしょうね。
塾の屋台骨を支えているのは、普通部なのではあるまいか、と
いう気がします。
投稿: あごら | 2009年5月 8日 (金曜日) 23:05
理科教育にそれだけ力をいれているとは
知りませんでした。
学生時代の親友、
普通部出身で工学部をトップで卒業しましたが、
その訳が今、わかりました。
独立さんの建築の資格取得も
普通部の理科教育のおかげかも?
投稿: 文武両道 | 2009年5月 8日 (金曜日) 23:27
フレフレ少女さん
コメントありがとうございます。
ええっ!田村君が丸刈りに近い頭とは!!

もしかしたら監督に合わせたのかもしれません
でもあれだけみんなから騒がれているのに、自分を見失わない姿勢は素晴らしいですね。
これからの彼らの活躍が楽しみでなりません
投稿: 管理人 | 2009年5月 9日 (土曜日) 01:37
文武両道さん
コメントありがとうございます。
確かに1年生の活躍をよく耳にしますね。
塾野球部も塾高組もそうですが、それ以外にも才能溢れる選手たちがいるので、彼らの躍動する姿を神宮で早く見たいですね。
そういった若手の存在がチーム全体を活性化することも多々ありますよね。
投稿: 管理人 | 2009年5月 9日 (土曜日) 01:40
文武両道さん
コメントありがとうございます。
確か藤山一郎さんは、本当の意味で「若き血」を流しながら指揮をしたってどこかで読んだ気がします。つまり下記のような話しです。
昭和2(1927)年に慶應の応援歌「若き血」が作られたとのこと。普通部(中学)に在学中の藤山一郎氏が学生の歌唱指導をしたそうです。厳しい指導で先輩にも容赦なかったらしい。この年の早慶戦では慶應が勝ち、神宮には「若き血」の大合唱がこだまします。藤山一郎氏はその後、先輩に呼び出され、後輩のくせに生意気だったと歌唱指導の恨みを拳骨で晴らされたとのこと。鼻血が出てこれが本当の「若き血」と、生前の藤山一郎氏は嬉しそうにこの思い出話をしていたそうです。
普通部の歌は「まなこをあげて あおぐ青空~」ってやつですね。とても懐かしいです
投稿: 管理人 | 2009年5月 9日 (土曜日) 01:44
あごらさん
コメントありがとうございます。
なるほど、旧制中学からそのまま新制中学に移行するのは珍しいでしょうね。確かに普通部在籍中に、大学より普通部の方が歴史が長いとも言われましたし、いわゆる慶應の本流意識が強いところなのかもしれません。そういった慶應義塾のエッセンスみたいなものを感じることが出来たのは、自分にとっても大きな財産となっている気がします。
ただ、余りまじめな生徒でもなかったので、理科教育の記憶と言えば「キムワイプ」(げんきさん、わかるかな~)と、「フィールドノート」くらいなんです・・・。
投稿: 管理人 | 2009年5月 9日 (土曜日) 01:48
文武両道さん
コメントありがとうございます。
理科教育もそうですが、普通部と言えば「労作展」のイメージが強いです。あそこで自ら課題を見つけて追究していくことを学ぶのだと思います。今となっては遠い記憶となってしまっていますが・・・。
いずれにせよ、自分の頭で考えることを求めるものが多かったような気がします。
ただ、自分がそれにどれだけ付いていっていたかというと、極めて疑問ですが
投稿: 管理人 | 2009年5月 9日 (土曜日) 01:51
丁寧なお返事をありがとうございました。
私が特に感銘を受けたのは、社会科のノート及び担当の先生の
自作の教材でした。
(自分が社会科学系なので、そちらに反応したのでしょう)
経済学や会社法の基礎の部分を、正に大学の一般教養科目レベルで
扱っていたからです。
文武両道さんも高く評価される管理人さんの力量は、勿論ご本人の
素質によるところが大きいのでしょうが、普通部での教育がこれを
育むのに資するところもまた大きかったのではないでしょうか。
投稿: あごら | 2009年5月 9日 (土曜日) 02:34
あごらさん
コメントありがとうございます。
その社会科の先生とは、漢字三文字の何だか由緒正しい名字と思われる方のことでしょうか?
確かに、今から思えば普通部ではその先生を始めとても深い内容のことを話されていた記憶があります。特にその先生は、会社の形態、会計の考え方、経済の流れなどを独自の教材で教えていただき、大変興味深かったです。そのときは余り意識していませんでしたが、経済学部に入った時、すんなりと入って行けた気がしたのは正にその先生のお陰かも知れません。
そもそも自分の力量は何もないのですが、普通部を始めとする慶應義塾の先生方、先輩たち、仲間たち、後輩たち、伝わってきた考え等が、自分に大きな影響を与えてくれているのは、間違いありません。そういったところで学生時代を過ごせたことを大変ありがたいと思いますし、そうさせてくれた両親にも感謝しなければいけないと思っています。本当にありがたいことですよね。
投稿: 管理人 | 2009年5月 9日 (土曜日) 02:42
正直、それだけ素晴らしい教育をしているとは!
大学は、正直にいえば、経済政策の加藤寛さん、
経済法の正田彬さんの講義くらいしか
「凄いな」とは感じることはありませんでした。
東大で政治学の丸山真男、社会学の見田宗介、
学習院で久野収の講義を聴いていました。
普通部の授業も受けたかった!
確かに独立さんの
パースペクティヴ、普通部仕込みですね。
雑誌の編集者と話していて、
「ちょうど、梅田望夫さんと話したあと、
先生(私のこと)とお話していると、
似た感じですね」
と言われたことを思い出します。
普通部の教育の近来の傑作ですね、
梅田さん、独立さんは・・・・
投稿: 文武両道 | 2009年5月 9日 (土曜日) 03:38
でたー!
ガマさんの「あのーフィールドノート集めます」(笑)
方眼紙のノートでしたね〜
まだ続いているでしょうか?
キムワイプは理化学機器の展示会で山積み状態で陳列されているのに再会しました!今でも業界ではメジャーな製品でびっくりです。
僕は理科のレポート書きが大の苦手で…酷かったですよ
辛い思い出です…
すごいのは中一から万年筆で手書きなんですよね…修正液!が欠かせなかったなぁ
今はワープロの世の中で助かりました
投稿: げんき | 2009年5月 9日 (土曜日) 12:54
文武両道さん
コメントありがとうございます。
例えば自分は文藝春秋をよく読むのですが、これも普通部時代に国語の先生が資料として配っていたところから始まっています。余り意識していなかったのですが、確かに知らず知らずのうちに自分で考えていく癖を付けるような教育だったのかもしれません。なるほど、旧制中学の薫りですね。
但し、「近来の傑作」なんておっしゃっていただくと、恐縮を通り越して、申し訳ないやら何やら・・・。本当に自分が大したことないと知っているだけに、周りの方々にも申し訳ない気がしてしまいます・・・。
投稿: 管理人 | 2009年5月 9日 (土曜日) 19:52
げんきさん
コメントありがとうございます。
やはりわかっていただけましたか。ええ、特に日光に林間教室(で良かったでしたっけ)に行った後のフィールドノート提出は恐怖でした
キムワイプは考えてみれば、げんきさんの業界でかなり使いそうですよね。でも社会に出てまた出会うとは、なんとも味わい深いですね。
自分はとにかく字が下手だったので、万年筆というより自筆で書くことそのものがレポートの評価を下げていたようで、塾高に上がった後ワープロが登場したので試しにワープロで出したところ、余り内容は変わっていない気がしたのですが、評価がずいぶん上がって驚いた記憶があります。
でも最近では逆に手書きに目覚め、文房具店でついこの間、万年筆を買おうかどうか迷っていたんですよね。そうか、ここにも普通部の影響が・・・
投稿: 管理人 | 2009年5月 9日 (土曜日) 19:56
私が私淑している幾人かの大学教授は、
異口同音に「受験勉強の弊害」を教育の
最大の問題と言い、
旧制高校は、落第しなければ帝大に進学できるので、
みんな役にも立たない哲学をやり
思索を深めることができた、と言っていますが、
普通部は、まさに「旧制高校の学風」が漂いますね。
国語の授業で文藝春秋というのは凄いですね。
独立さんの漢籍の造詣も中学のころから・・・
と思われますね。
投稿: 文武両道 | 2009年5月 9日 (土曜日) 20:21
理科のレポートは今でも手書きだそうですね。
翌年の使い回しができないようにインクで書かせる、のだとか?
三田評論2006年10月号に、「国語教育を考える」という座談が
載ったのですが、そこで何故か理科の先生なのに参加されていた
普通部の大貫先生が、お話しなさっていました。
ちょっと検索をかけたら、その記事について紹介しているブログを
発見しました。
http://blogs.yahoo.co.jp/honmanotemanabi/23081073.html
そうそう、上で理科のレポートを32000字などと打ち間違えて
しまいました。
いくら何でも毎週そんな大論文は書けませんよね。
本当は3200字でした。失礼致しました。
投稿: あごら | 2009年5月 9日 (土曜日) 20:25
塾高に進んでからワープロで書いたらレポートの評価が上がったと
いうお話でしたが、それは恐らく要求水準の違いなのでは?
上でご紹介した三田評論の記事中での大貫先生のご発言によれば、
レポートの採点のポイントは「その実験に対して筋道をつけて
整合性のある捉え方をしているかどうか」だそうですから、
中学段階でみっちり訓練を受けてきた普通部出身者と外部出身者
では、差が出てしまってもおかしくありません。
投稿: あごら | 2009年5月 9日 (土曜日) 21:15
文武両道さん
コメントありがとうございます。
受験勉強も全く悪いところだらけでは無いのだと思います。学ぶ人の意識によっては。四則演算をしっかり出来てこその数学、単語がわかってこその国語・外国語。やはりつまらなくとも反復による基礎固めの重要性は多々あると思います。ただ、その先に学ぶ喜びが待っていないといけないのでしょうね。
基礎を固める努力・忍耐と、物事を自分の頭で考えようとする姿勢。この両輪が合わさってこその教育なんだと思います。
人に言われて、普通部のありがたさが改めてわかる気がします。どうもありがとうございました!
投稿: 管理人 | 2009年5月10日 (日曜日) 14:35
あごらさん
コメントありがとうございます。
国語教育に大貫先生(愛称はミーシャでしたね)が登場され、しかも素晴らしく見識のあることを仰っていたというところが、塾らしいですね。確かに雰囲気のある先生が多かったように思います。
ワープロの件は自分がそれほど大したレポートを書けていたようには思えませんが、確かに普通部の頃からレポートはよく出されていたので、それに慣れていたのかもしれません。
)、全くと言っていいほど自分の字に自信がありませんでしたので、きっと字のせいだとばかり思っていました
自分は普通部時代に習字で学年に2人しかいない「D」をとったこともあり(先生にちゃんと提出物を出しているか?と聞かれほどです
今回あごらさんがげんきさんの出席番号の件から普通部の話題を出していただいたお陰で、こんなにも楽しいコメントをたくさん頂戴することが出来ました。本当にどうもありがとうございました!
投稿: 管理人 | 2009年5月10日 (日曜日) 14:40
こちらこそ、長々とお付き合いくださり、ありがとうございました。
私自身は塾生になったのは高校からなので、普通部とは全く関係は
ないのですが、常々凄い学校だなぁと思っていたところだったので、
ついつい力が入りすぎて、最初のお題からめいっぱい脱線してしまい、
恐縮しております。
それでは、この辺りで失礼致します。
投稿: あごら | 2009年5月10日 (日曜日) 21:28
あごらさん
コメントありがとうございます。
いえいえ、こういった展開の方が断然面白いですよね。どうぞこれからもたくさんコメントくださいね。
では、今後ともよろしくお願いします。
投稿: 管理人 | 2009年5月10日 (日曜日) 23:39