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2008年4月

東京六大学野球 H20春 慶明戦観戦記

今日は久しぶりに神宮球場で観戦してきました。

噂に聞いていたスコアボード、人工芝は本当にきれいですね!5回時にスコアボード全面に背番号と選手名が表示されるのも個人的にはかなりGOOD!でした。

さて、平成20年度の塾野球部は前年までの主力メンバーが抜け、いささか不安の残るチーム構成でした。なので、自分もある程度今期は覚悟して見ていないといけないのかなあと思っていましたが、そうでもないところが野球の面白いところ。昨年度のメンバーはとても思い入れがあって見ていましたが、細かい部分での野球を考えていないような印象がありました。

ところが今年はノーヒットで点数を上げていたり、去年までではあまり見られなかったシーンが。慶立戦3回戦の時のインターネット中継を見ていたら、相場監督のお言葉として「いろいろな得点パターンを作ろうとしてキャンプの時から頑張ってきました。走塁面でも気を遣い、常に先の塁を狙うように意識付けしてきました」といったような趣旨のことを話されていたというのが、紹介されていました。まさに我が意を得たり!昨年の掲示板で何度となく書いていたことです。まさかあれを見て参考にされたということはないでしょうけど、何かテレパシーでも通じたみたいなうれしさを感じました。

そんな感じで見に行った塾野球部ですが、今日の結果は0-0。まあよく守りきったと言うべきなのでしょう。その中で好印象だったのが

1)守備の時、何かと選手同士で声を掛け合っている姿が見られました。フォーメーションの確認、意識の鼓舞、お互いの注意点の確認など、いろいろと出来ることがあります。確かに今年のチームは塾高野球部のレギュラーが数多く出ていてまとまりやすい部分があるのでしょうが、とにかくチームとしてのまとまりを感じました。

2)守備に入る際のボール回し、一球一球を丁寧に掴み、きちんと一塁手の胸のあたりに強いボールを投げていました。こういった基本動作をおろそかにすることなく取り組む姿勢はとてもいいですね。昨年はボール回しからヒヤヒヤすることもありましたから。

3)中林君は相当下半身をいじめたようです。昨年のフォームと明らかに違うと思います。というのは左足のタメがとてもよく出来ているからです。振りかぶってセットして投球モーションに入っているときギリギリまで左足にためてから、腕を振り下ろす。これによって体軸もぶれずコントロールもつきますし、打者からすれば同じ球速でも伸びのあるボールが来ることになります。とてもいいフォームですね。8回くらいから段々タメがなくなってきていましたが、ちょっと疲れてしまったかな?でも本当によく頑張りました。これでまた明治戦の防御率が上がりましたね、と言ってももともと0点台だったようですが。

4)相澤主将、やっぱり最高だ!彼ももともと右足のタメがとても大事な投手で、これが出来ているかどうかが調子のバロメーターです。今日の救援登板の最初の打者にはほとんどタメがなく投げ、あっという間に四球を与えていましたが、次打者に投げているときにどんどんタメが出てきました。そして最後は人を食ったようなスローカーブで相手も気を抜かれて当てただけのピッチャーゴロ。見事ゲッツーで試合を終えました。
そういえば報道で「今まではあまり活躍していなかった」とか「昨年は勝ち星をあげられなかった」とか言って相澤君を今年出てきたぽっと出の如きに扱うのは納得いきません。2年生の時は完全にローテーションに入って柱として活躍しその秋のヤクルト戦ではプロをしっかり無得点に抑え、3年生の時は抑えとして試合を締めていた訳で、2年生の頃から彼は塾野球部の主柱であったと声を大にして言いたい!わけです。

でも今日は勝てなかった。もちろん反省点もいろいろあると思います。この前雑誌で読んだ言葉で
「思い切りのいいバッティングとは、思い切り振ることではなく、思い切って狙いを絞ること、思い切って狙いはずれのボールを捨てること」というのが印象的でした。点がなかなか取れなそうだとわかった時は、ひとり6球以上投げさせるとか、徹底してストレートのみを狙うとか、何か方向性を絞るというのも一つの方法だと思います。

でも、こんなチームはとても好きだなあ。発展途上のチームだけどそれだけ伸び代がある楽しみなチームです。明日以降の試合も塾野球部のみなさん頑張ってください!

中国

リンク: 仏スーパー不買運動に反対した中国著名人がネットでバッシングの嵐に―中国 - 速報 ニュース:@nifty.

今、チベット対応を巡り中国は国際的な非難を招き、北京五輪の聖火リレーが激しい反対運動の波に揉まれています。また、環境破壊問題でも主犯の一人として扱われ、工業製品・農業製品を問わず品質意識・管理の低さが問題視されています。

これに対して報道で見る限り中国国民は、ここ10年の愛国教育の成果か、愛国的な心情で他国に対して反発しています。我が偉大な国をなぜ侮辱するのかと。これほどのことをされて怒らない国がいるのかと。

これらの光景は、昭和初期の日本の動きにそっくりだと、私は思ってしまいます。今中国という国の存在感は高まり、どの国も無視することは出来ない。二十世紀初頭は黄禍論が広まり、その代表格として日本が挙げられていました。つまり当時のアジアの先頭ランナーとなった日本に対して、宗教も違う・肌の色も違う・文化も違う欧米諸国は興味と期待と不安と疑いの目を持って見て、また扱いました。その結果満州事変に対するリットン調査団だの移民排斥運動だの資源の禁輸だの資産差押えなどが起こりました。戦後も経済が復興すると今度はジャパンバッシングが広まりました。

これに対して日本は戦前は強烈な国家意識で対抗しようとしました。欧米に対しては反発、中国に対しては「暴支膺懲」と言ってつまりは懲らしめようとしていました。今でこそ国民は被害者で、軍部に踊らされていたとする向きが多いですが、当時は国民が「強い日本」を熱烈に支持していたと思います。新聞も昭和の初期までは軍部の政治介入に対して批判的な論陣もはったりしますが、国民(在郷軍人会等)の強い不買運動にも見舞われ、やがて先頭を切って強硬論を唱えます。その結果中国戦線にのめり込み、その果実(実際にはそうはいえないものと思いますが)を守ろうとして対米英戦争にまで突入してしまうわけです。

今の中国は、以前日本が立った位置、すなわちアジアの先頭ランナーになろうとして、その際に受けるいろいろな軋轢に面しているように思えます。その苦しみに本当の意味で気づいたときに、日本の明治維新以降の苦しみがわかるのかもしれません。

中国はよく「歴史を鑑として」と言ってきます。しかしその歴史とは誰が加害者で誰が被害者であるかを明確にすることではないはずです。そんなことをしていれば憎しみを再生産するだけです。そうではなく、今も昔も大して精神構造は変わらない人間が、どんな状況の時、どんなことを行ってしまうのか、どんなことを感じていくのか、どんなことをすればよいのかといった、大いなる人間学の場とすべきだと思います。

福沢諭吉は【文明論】の中で、政体というものが手段に過ぎず、文明を進捗せしめること、すなわち人民の民度を高めることこそが重要であることを述べています。今の中国は久しぶりに国際社会で地位を高めたばかりで、その場所に対する思い入れの強さが排外的な姿勢を生んでいます。自らを貴きとし、他を蔑む。こういった考えがやがてその人々たちそのものに大いなる禍をもたらすのは、数多の歴史の教訓が指し示しています。

我々は中国に対して過度の疑念を抱かぬように、中国は徒に愛国心を煽り排外的な思想に走るのではなく、中心にどっしりとした信念を抱え合理的な判断を一人一人の国民ができるようにするべく、研鑽を重ねる。こういった形になってもらいたいのです。偉大な文明を生み出した中国、本当の意味で国民の文明化がなされることを祈ってやみません。そのためには、より多くの人と人が出会いわかり合いふれあうことこそが遠回りであっても、結局は一番の近道となるのではないでしょうか。そうなるように、中国も世界も立ち回ることが出来るでしょうか?

道路財源と首相会見

日経ネットプラスの「竹中平蔵教授のオフィスアワー」というページにこんな記事が。
(このページは多分ユーザー登録が必要なので、全文をご覧になりたい方はどうぞご登録を。著作権もあるかもしれないので見出しだけ)

評価したい「突破型」首相提案
■冷ややかだったメディア
■郵政民営化にならった突破型
■民主党の決定的戦略ミス
■追い込まれたこその大胆提案


まあ、何となく見出しで予想できる内容だとは思いますが、このことは正にその通りだなあと思いました。

「道路特定財源を一般財源化する」。これだけのことが為し得るのはもしかしたら今しかないのでは?と思えるのです。つまり自民党が多数を握っているときは勿論のこと、例え民主党が多数を今後握ったとしても、それこそ党内議論を経ていく中で「特定財源を一般財源化する」ことに対して反対論が高まり、結果そのまま葬り去られるか骨抜きの状態になってしまうことでしょう。利害関係が一致することはないので、少なくとも誰かにとっては特定財源であることは良いことなわけですから。

まあ、政党はその時々の党利党略からどうしても離れられないのでこういった反応は納得は出来ませんが、理解は出来ます。ただ社会の木鐸たらんマスコミが全く援護射撃をせず、徒に政争を煽るかのような報道しかしていないことにがっかりしています。小泉さんは道路公団を手掛けたが中途半端、安部さんは一般財源化を掲げたが頓挫といった流れの時にあれほど批判していたのに、一番理想的とも思える福田さんの、それも国民に直接語りかけるあの形に反応できないようでは・・・。お陰で世論も否定的に。誰が見ても自民党内での自爆テロに近いことを福田さんがやったと思うのですが。

あと、日銀総裁の空位の問題も3月になってやっと騒ぎ出し、期限が切れたらまたほとんど報道しなくなる姿勢にも大いに疑問を感じます。日本の国際的信認がどうのこうのと言いながら、今正に空位となっている現実があらわれてからはほとんど報道せず。これでは、本当に日本の国際的信認を心配していたのではなく、ネタとして面白かったから取り上げていたように見えてしまいます。

何か物事の本質と離れたところで報道がなされ、またそれにあわせて所謂「世論」が形成されるのを見ていると、なんだか閉塞感を覚えますね。

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