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2006年5月

六大学野球と母の日

六大学野球と書いても、これは今日行われている早慶戦ではなく、母の日に行った慶應義塾大学対明治大学の試合のことです。

かなりマニアな話ですが、秋の六大学で「孔明」を聞いて以来もう一度あの歌をとずっと思っていたので、明治戦はなんとしてでも見に行こう!と思っていました。(※1)

そんな訳で観戦に行き、当然学生席に行き(※2)、最初から大騒ぎしていました。

試合展開も理想的で、初回にいきなり3点を先制し、その後も着実に得点を重ね9対3で見事慶應が勝利しました。

そんな展開ですから、ずっと声は張り上げっぱなし。チャンスになるとメガホンを振り回し、得点を重ねるたび幾度となく周りの人と肩を組み、「若き血」や「おお我が慶應」(※3)を歌い、六大学の応援を満喫させてもらいました。

そして、勝利の後のエール交換も終わり、帰ろうとしたとき、隣に座っていた初老の夫婦から声をかけられました。

「どうも、ありがとうございました。」
「いや、こちらこそありがとうございました。」
「いやあ、あなたのお陰で大変楽しく応援し観戦することが出来、大変楽しい時間を過ごすことが出来ました。」
「お恥ずかしい限りです。逆に迷惑じゃありませんでしたか?」
「そんなことは無いですよ。本当に楽しかったんですよ。」
「そういえば、貴方も慶應のご卒業生ですか?」
「いや、実は娘が昨年SFC(※4)に入学して、その年の早慶戦を見て以来、観戦するのが好きになったんですよ。」
「確かに、早慶戦の雰囲気は素晴らしいですよね。」
「そうですね。今日は本当にありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ。」

といった風な会話を交わしました。TV中継もなかなかないし、どうしても関係者以外は入り込みにくいものではあると思いますけど、本当に学生野球の雰囲気って華やかでいいと思います。応援している風景は好きで、それこそプロ野球だったりサッカーの日本代表の試合だったりも好きなんですが、それとも違う盛り上がりがあるんですよね。そういった楽しみを、見ず知らずの人と語り合えたことがとても嬉しかったです。

さて、その帰り車で青山を走っていると目の前にWEST(※5)がありました。ちょっとおやつを買って帰ろうと思い店内に入りました。店内にはいかにも上品な貴婦人風なこれもまた初老の女性がお孫さんとおぼしき2人の子供たちと一緒にいました。この人はきっとここの店の常連さんだろうと思い、ならば何がおいしいかよくご存知なはずということで
「ここでは何がお勧めですか?」
と聞いてみました。

すると、

「ここのは何でもおいしいのよ!有名なのはリーフパイだけど、他の焼き菓子や生菓子もとってもおいしいのよ。」

とここまでは良かったんですが

「うんうん、わかるわあ。今日母の日だから何を買おうか迷っているのね。本当によくわかるわあ。」と何度も頷かれ、

「うちの娘も昨日夕食をご馳走してくれたの。銀座の○○ホテルに連れて行ってくれて嬉しかったわあ。なんか全部で5万円も遣ってもらっちゃって~」

と話されました。そこで

「じゃあ、そのリーフパイを3つ下さい」

とはとても言えず、結局3500円の缶入りのお菓子詰め合わせと生菓子と焼き菓子少々を買うことになりました。
ちょっと見栄っ張りな自分・・・。

その後実家に行き、自分にしては珍しく母の日のプレゼントを贈ることになったのでした。

ってな1日でなかなか面白かったのですが、それを書くのに2週間も経ってしまったのはちょっといただけないですね。

(※1)孔明という歌は、慶應が明治戦限定で使用する応援の歌。詳しくはこちらに経緯が書いてあります。

(※2)六大学野球のスタンド割は、一般席の他に学生席があり、応援はそこでなされます。応援指導部(いわゆる応援団)、メジャレッツ(いわゆるチアリーダー)、吹奏楽団(ブラスバンド)が主導して、華やかな応援を繰り広げます。

(※3)慶應が大量得点を重ねたときに歌うものです。他には「スリー慶應」というものもあります。

(※4)慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパスのこと。環境情報学部と総合政策学部があり、ここの学部生は基本的に藤沢のキャンパスで4年間の講義等を受けたりします。

(※5)有名な老舗の洋菓子屋さん。詳しくはこちらへ。

5/13放送のETV特集 シリーズアジアと明治日本 アジア留学生が見た日本を見て

書くと言っておきながら放置してしまっているお題目です。

今まで自分は、なぜ明治日本が日露戦争の勝利でアジア各国の青年から希望の星と見られたという記述は数多く見られるのに、その後逆に敵扱いになってしまっていったのか疑問に思っていました。
今回の番組はその答えのヒントをくれたような気がしました。

アジア各国の青年たちは、日本の成功を見て素直に感心し、我々も頑張らねばと思った。そしてその成功の要因は西洋文明を受け入れたからだと捉え、自分たちがその学問を学ぶには地理的にも近く文化的にも近い日本に留学するのが一番と考え、日本に来たとのこと。つまり、日本に対するあこがれと言うよりは日本を通して西洋を見ようとしたわけです。

当然、どこの国でもよそ者に対する偏見という物は多少はあります。しかし、やってきた留学生は日本を少し先に行った仲間と考え、少なくともあこがれとは抱いていない分、そういった偏見に対してもナーバスになっていたようにも見えます。

また、日本の方もアジア云々よりは西洋列強にいかして伍していくかが課題となっていたため、西洋の立場からアジアに接しようとします。(もっとも番組では触れられていませんでしたが、明治初期は一緒になって立ち向かおうとする機運が高かったようですが、それに対する相手側の反応があまりにも鈍く、また従来の中華的秩序から来る西洋化しようとしている日本に対する侮蔑的態度もあり、何度も失望した結果とも言えますが・・・。)

すなわち、搾取をおこなうということです。

こういったことが重なり、やがて彼らは日本に対する失望を抱いて本国に帰っていくことになったようです。

こういったボタンの掛け違いが、今に至る歴史問題を引き起こしている遠因とも言えるのでしょう。

結局はお互いが相手方の気持ちを忖度するとともに、個人個人の間で交流を深め、お互い理解し合うことが何より大事なのでしょう。

今、日本にもたくさんの外国人がいます。日本人として真心で接し、彼らにはいい思い出を持って本国に帰って貰えれば、きっと今よりもっと国際交流が進むんだろうなあ。

貯め込んだ記事

書こうと思うネタがすでに3つあるのですが、時間が取れないかPCトラブルのためなかなか書けません。
一応タイトルだけでも・・・

「5/13放送のETV特集 シリーズアジアと明治日本 アジア留学生が見た日本を見て」
「六大学野球と母の日」
「ゴルフ」

さて、明日にでも書き上げてみたいものです。

世界が変わる?

昨日(正確には一昨日だ・・・)いつものかかりつけの医者に行きました。

この前いつもは眼鏡をかけていなかったのに、そのときだけかけていたので「どうしたのですか?」と聞いたら、LASIK(視力矯正手術)を受けるためには目を休めなくてはいけないので、1ヶ月ほどコンタクトを外しているんだとのことでした。

今回もう眼鏡はしていなかったので「手術はどうでしたか?今はどうですか?」と聞くと、先生曰く「手術はあっという間に終わった。今では本当によく見える。まるで世界が変わったかのようだ。」とのこと。

その中の「世界が変わった」の言葉がずしんときました。最近一連のローテンションの中、ここから抜け出したいと思っていたので、なんかそんな言葉に希望を託してみてもいいかなと。

安くなったとはいえ、保険適用外のため、まだまだ高価なんですがね・・・。

というわけで今度の説明会、とりあえず聞きに行ってみようと思っています。本当に世界が変わればいいなと思って。

何も変わらない

中途半端にしか壊していない。

意志の弱い自分・・・。

どうすればいいんだかさっぱりわからん・・・。

いつまで・・・

どうしようもないことを書き連ねている最近の当ブログ。

落ち込んだとき、今まではとりあえず一番下まで気分を持って行くと自然といつか底を打って、上昇できるような気がしていた。

今、とりあえず大事だと思っていたものをわざと壊したりしてみている。(物ではない)。すごくもったいないというか悪いなと思えることをしている気がするんだけど、それがやがて新しい何かを産み出すかも知れないので。

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